第7話 初遭遇(魔物)
ラディオンの街から乗り合い馬車に揺られて一時間、平野に広がる様々な恵みをもたらす森林地帯。
それがラディオンの森である。
豊富な恵みは豊富な魔力を生み、迷宮の生まれやすい土地としても知られる。
迷宮は様々なものを生み出す。
迷宮で手に入るアイテムはもちろん、迷宮に渦巻く魔力そのものも、家電製品を電気で動かすごとく魔法製品を魔力で動かすこの世界にとっては重要だ。
特に、この森の迷宮は生まれやすいが魔力も散りやすく、駆け出しの探索士でも十分に攻略できる程度のものがほとんどであった。
森の入口手前には、様々な建物やテントが建ち並び、木の柵で囲われていて、その入口に乗り合い馬車の停留所が設けられている。
ちなみに俺はここまで2~3時間かけて歩いてきた。馬車代片道100ダイムも今の俺には馬鹿にできないのだ!
『馬車代くらいの金は使っても良かっただろう。別に金などなくなっても困るものでもあるまいに』
困るよ! 超困るよ!
天龍の感覚では、野宿して狩りや採集で食べていけるつもりなのだろうが、中身が現代っ子の俺に野宿は無理だ。死ぬ。
まあ100ダイムを節約したところで、今夜の宿代を払うと明日はもう宿無しって事実に変わりはないんだが……
ともあれ、今日のうちに明日を生きていくぶんのお金くらいは稼がねばならないのだ。例え仲間がいなくても!
「確かに迷宮には入れますけれど…… 一人で? 学士が?」
それは今から三時間少々前のこと。
探索士協会への登録を済ませた俺に、シャリアさんは呆れたようにそう言った。
「確かに仲間はいないですけど…… 一人じゃダメですか」
「協会では、適正な迷宮に少なくとも三人以上のパーティを組んで入ることを推奨しています。
……一人で入ることもできますけれど、そういうのは実力のある戦士や斥候のすることで、駆け出しの、しかも学士では……」
そんなに学士ってダメなのか……
協会の窓口であるシャリアさんがこう言うってあたり、学士への風当たりの強さを感じる。
やはり俺も学士脱却を目指して剣士になるべきでは……?
「戦士としての最低限の装備はあるようですけれど、きちんと剣の訓練をして、仲間を集めて、それから迷宮に入るべきだと思います。
……迷宮を軽く見て、入ったまま二度と出てこない新人も少なくはないんです」
協会の受付として多くの新人探索士を見てきたであろうシャリアさんが言うと、流石の俺も緊張感を得ざるをえない。
ゲームのような話だが、ゲームではないのだ。復活の呪文はないしセーブもロードもありはしない。
死んだら二度目はないと思え、と天龍にも言われた。
だがしかし、今日にも迷宮に入らなければならない理由があるのだ。
主に俺の懐に。
「実はお金がもうなくて…… 今日か、明日までには稼がないと、宿にも食事にも困る有り様でして。
どうにか一人でも稼ぐ方法とかないですかね」
ああっ、シャリアさんの視線が侮蔑と諦観に満ちていく……!
なんかもうこいつだめだ、みたいに思っているのだろうか。
まあ俺だってそう思う。ギャンブル漫画に出てくるクズ一歩手前みたいなこと言ってるよね俺。
「………………仕方ありませんね」
はぁ、と溜め息と共に言って、シャリアさんは諦めたように……というか実際諦めたのだろう。カウンターの裏から地図や宝石のようなものなどを取り出した。
「では、一人で迷宮に潜る方法を教えます……が! いつまでも一人でやっていけるほど探索士は甘くありません。一日も早く仲間を見つけること!
それと、教えたことは必ず守ってください。必ずですよ、無視して死ぬのは他ならぬアルマさんですからね? わかりましたか?」
シャリアさんの眼鏡の奥の瞳がきらりと光る。
心なしかいきいきしているような気がする。この人、高校教師とか合っているんじゃないだろうか。
何やら青春時代を思い出しそうで、結局名前がアルマになっているのも気にならない。
「はいっ、よろしくお願いします!」
こうして、数十分に及ぶシャリア先生の個人授業のおかげで、俺も立派な探索士デビューを果たしたのであった。
『まあ、いざ死んだとしても、封印の中での話し相手が増えるだけだからな、気楽にするがいい』
気楽になれないよ! それ天龍と一緒に消滅するまで百年くらい何もないところに二人っきりってことだろ!? やだー!
そんな励ましとも脅しともつかないやり取りに渋い顔になりつつも、町に入る。
町とは言っても、離れた場所ではあるがここもラディオンの街の一部だ。
迷宮に挑む探索士が何度も行き来するうち、拠点が作られ、商人が集まり、柵が作られて馬車が通うようになった門前町である。
立ち並ぶ露店には武器や防具、ビンに入れられた水薬や羊皮紙の巻物といった雑貨が売られているが、残念ながら買い物に興じている余裕はない。
食べ物を売っている屋台や食堂からは美味しそうな匂いもしているが、あいにくお昼は少し前、安くて美味くて量の多いグランノート店長のお弁当を頂いたところだ。
すっかり店長の手料理に胃袋を掴まれた俺であった。
そんなこんなで様々な店をスルーして抜けると、そこはついに森の入口。
燦々と照らすうららかな太陽の陽射しを木々の梢が遮り、爽やかな木漏れ日を投げ掛けている。
「えーと…… 大樹の迷宮は、あっちか」
森の入口は早々にいくつにも分岐していたが、木切れに墨で書いた、何度も消しては書き直したとおぼしき手書きの看板が道を示していた。
これは、あちこちに迷宮ができては消えていくラディオンの森ならではの光景だ。
新しく生まれた迷宮に探索士が行き来して道が生まれ、魔力が尽きては消え、また新たに迷宮が生まれる。
その度に誰かが看板を書き換え、あるいは増やし、減らしていく。
これは街の行政や協会がしていることではなく、探索士たちが自分で始めたことらしい。
先人の有難い好意に感謝しつつ、「大樹の迷宮」と書いてある道へと進んでいく。
大きくカーブした道を抜けた先に、それは突然表れた。
「おお、でっけぇ……!」
森の向こうに見える、天を貫く巨大な樹。
あまりの巨大さに、天辺の方は雲に覆われて見ることができない。
幹の太さは何百メートルあるだろうか、かの有名な名前も知らない気になる樹の何十倍もあるような巨木だった。
――誓って言うが、この樹は突然表れた。
こんな樹があったら森に入る前どころかラディオンからでも見えただろうに、今さっき、カーブした道を抜けるまで、あんな巨木は影も形も見えなかった。
『凝った魔力で空間が歪んでいるのだ。地続きに見えてはいるが、そこから先は本来のこの森ではない。
魔力で形作られた泡沫の異世界――迷宮だ』
そう、ここが俺の初めての迷宮――通称、大樹の迷宮だった。
ちなみにこの迷宮の内部はすでに探索し尽くされている。
あの巨大な樹の根本が最深部で、内部の魔物も危険なものが少ない。ここに潜るべし、というのがシャリア先生の教え・その1だ。
門前町には地図も売っているらしいが、魔物が出て危険な迷宮内部の地図は高い。
安くても数百ダイムはする上、質の悪いものは書き写しに書き写しを重ねて伝言ゲームのように内容が変わっていることもあるとか。
なので、地形を覚えながら、すぐ逃げられるよう入口付近、走って数分以内の距離より先には進まないこと。
シャリア先生の教え・その2である。
そのあたりをうろうろしながら迷宮の手応えを感じつつ稼ぐ、それが今日の目的である。
「……よし、行くか」
入る前に腰に下げた剣の位置を確かめ、俺は足を踏み入れた。
とは言っても、大樹の迷宮の内部はほとんど外のラディオンの森と変わらない。
どこからでも見えるあの大樹がなければ、迷宮に入ったことも気付かないだろう。
だがしかし、ここはれっきとした迷宮の中。その証拠となる存在が、果たして俺を待ち受けていた。
第一魔物の発見である。
見た目は……でかいキノコ。
だが普通のキノコは俺の腰ほどの高さはないし、根本が短い足になっていて歩き回ったりもしない。
そいつは道の真ん中でぼーっと突っ立って木漏れ日を浴びていた。
そして俺はやおら剣を抜いて襲いかか――る前に、天龍眼で周囲をサーチ!
『魔物がいれば魔力がある。その反応があれば、草むらに隠れていたところで見つけ出すのは可能だ』
という天龍のお墨付きは頂いている。
魔物は人間と同じ道を通るとは限らない。相手が一体だと思っていると、すぐそこにもう一体いて不意打ちを受けるかもしれない。
相手が一体だけであることを確認してから戦うべし。
シャリア先生の教え・その3だ。ちなみに二体以上なら逃げろとのこと。
とりあえず、天龍眼で確認できる範囲に他の魔物はいないようである。
それを確認してから、今度は歩くキノコのステータスを確認する。
あるきのこ 魔物 性別なし Lv2
植物系 無属性
うむ、まさにザコ、といわんばかりのレベルである。
細かい能力値やら耐性までは見る必要はないだろう。剣の物理攻撃しかできないし、ただのキノコが物理耐性とか持っているとも思えない。
というか、名前「あるきのこ」て。歩くキノコで或るキノコ、てか。ダジャレかよ。
では、満を持して。
すらりと――実際はちょっとつっかえながら――剣を抜き放ち、一気にダッシュで近付いて斬る!
死ねい!
「おりゃあああぁぁぁ!!」
相手はキノコなので、果たして俺の声に驚き怯んだかどうかはわからない。
だがもたもたとキノコが蠢いているうちに、俺の剣はキノコの笠をばふんと叩いた。
叩いた。まさに鉄の棒でゴムの塊でも叩いたかのような手応えである。
笠は少し抉れ、キノコ自体は大きく揺れたものの、大きなダメージを与えたようには思えない。
思ったほどの手応えがないことに怯みつつも、剣を振りかぶってもう一度ふりおろす!
シャリア先生の教え・その4、連続攻撃で一気に畳み込め!
俺の剣がもう一度キノコの笠に叩き込まれた瞬間、ぼふんっとすごい勢いでキノコの胞子が飛び散った。
「げふぉっ!? ごふ、ごほっ、ごほっ!!」
なにこれすごい苦しい!
胞子を僅かに吸い込んだだけで、身体が勝手に肺の空気を全部吐き出す。
思わずひざまづいて動きを止めてしまいそうになるが、なんとかよろめくように後ろへ下がる。
シャリアさんの教え・その4の続き、攻撃したらすぐ離れろ、を実践していなければ、遠心力をつけてぶおんと振るわれたキノコの一撃を食らってしまうところだった。
その衝撃でさらに胞子が飛んで、吸って、行動不能になったところにまた当たって……
あれ、無限ループって怖くね?
歩くキノコに殺されるとかちょっとシャレになってなくね?
「げほ、ごほっ、ごほっごほっ……!」
幸いにもキノコの足は早くなく、根っこのような脚をのたのた動かすが、俺は咳き込んで涙目になりながらも、簡単に距離を取ることができた。
新鮮な空気を吸い込んで胞子を吐き出し、やっとのことで呼吸が楽になってくる。
しかしキノコはまだ戦意満点で、遅くはあるが俺に向かって接近してきていた。
だが、もはや種は割れた。
息を止めて胞子に気を付けて攻撃し、適宜に離れて息をつければ、ずっと俺のターンだ!
『いけ、そこだ、やれ! おおっと危ない、右に避けろ! カウンターだ、カウンター!』
天龍のうるさい声援を受けながら剣を叩き込むこと十数回、キノコはついに笠もぼろぼろになり、後ろに倒れ伏した。
そのまま起き上がることはなく、ぼろぼろと急速に全体が崩れて消えていく。
「ぜえ、ぜえ……か、勝った?」
息を止めたり夢中で剣を振ったりしたものだから、俺はすっかり汗だくになって、ぜえぜえと呼吸を荒げていた。
肺が痛い。途中から胞子も品切れになっていたからいいものの、そうでなければ窒息していたかもしれない。
息を止めながら戦うなんて全然できていなかった。剣振るの超疲れる!
『ふうむ、なんとも泥臭い低レベルの戦いながら、久々に原始的な興奮というものを感じさせてもらったぞ。よくやった』
な、なんという天龍の上から目線……!
くっそ、戦うのは俺だと思って言ってくれるものだ。
『低レベルなのは事実だろう。今の戦いも、相手が二体、三体といれば負けていたな』
「む…… それは否定できないな……」
一体の相手を狙って戦わなければ、最初に胞子を受けたままキノコに囲まれて殴り殺されていたおそれもある。
それもこれもシャリア先生のレッスンのお陰だ。ありがとうシャリア先生!
そして、忘れてはいけないドロップアイテム。
魔物は倒れるとアイテムを残すのだ。どういう理屈かはさておきそういうものなのである。
あるきのこが消えた後にも、手のひらに乗るくらいの大きさの白っぽいかけらが残っていた。おそらくキノコの幹の一部だろう。天龍眼では「きのこ肉(ランクF)」と書いてあった。
……肉……?
『魔物の肉体は魔力でできている。死ねばその肉体を維持できずに魔力に戻るが、魔力が濃縮された部分は実体として安定し、その場に残るのだ。
残るのは牙や爪など、魔物にとって象徴的な部分であることが多い。それがドロップアイテムと呼ばれるものの正体だな』
ほほう。ドラゴンの大牙亭に飾ってあるグランドドラゴンの牙も、そういった魔力の物質化したものなのだろう。
『だが、実体化する部分が大きくなればなるほど、必要な魔力量は絶大になる。
今のきのこ一体を丸々物質化しようとすれば、ふむ、きのこ百体ぶん以上の魔力が必要となろう。
あの牙の持ち主がどれほどの魔力の塊だったかは……想像を絶するな』
そんなグランドドラゴンを倒して牙をゲットしちゃう店長すげえ! 超かっけー!
と、店長への尊敬を新たにしつつ、きのこ肉をバックパックにしまいこむ。
これも大事な収入源、ドロップアイテムは必ず回収、これがシャリア先生の教え・その5だ。
ちなみにこのバックパックは協会で売っているのを250ダイムで買わさ……もとい買った。かなり痛いけど必要な経費である、むしろ良心的価格。
とシャリア先生が熱弁してた。
「……うーむ」
さて、戦い終わってドロップアイテムも回収して、あとは剣を納めて探索の続きをするだけ……なのだが。
その剣を手にして、俺は考え込んでいた。
『どうした、ユート』
「いや、さっきの戦いだけどさ……」
剣。剣である。剣には刃がついており、相手を斬ることができる。
いや、何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、思い出してほしい。さっきの戦いでキノコに何回も剣を降り下ろして、笠を砕いてぼろぼろにしたのだが……
……切れてないじゃん! ダメじゃん!!
剣が悪い、ということではない。自分の目で見ても、天龍眼で見ても、ごく普通の何の変哲も異常もない、斬れるはずの剣なのだ。
これがどういうことかというと、だ。
『それは単にお前の腕が悪いだけではないのか?』
「ですよねー」
剣なんて、真っ直ぐ振り上げて真っ直ぐ振り下ろせば斬れるものの筈。何も難しいことなどない。
ところが、その単純なことが意外に難しい。
さっきは初めての戦いということもあって力が入っていたのもあるのだろうが、無造作に振るとすぐに「真っ直ぐ」ではなくなるのだ。
振り上げた剣が左右に振れて、真っ直ぐ上を向かない。握りが甘くて刃が真っ直ぐ前を向かない。剣筋がぶれて真っ直ぐ下へと振り下ろせない。
振れた剣、寝かせた刃、ぶれた剣筋、三拍子そろうと……
「……あー、なるほどな、こりゃ斬れないわ」
ぶおん、という風切り音と共に、剣の腹を叩きつけるような形になる。しかも力がきちんと相手に伝わらない。
両手で握った剣の左右の力の入り方が偏ることでこうなるんだな。
これはちょっと直さないと、次の戦いでは負けるかもしれない。すなわち死ぬ。
両手だから偏るんだ、と思って片手で持とうとすると、ショートソードとはいえ長い鉄の塊、意外に重くて持ちにくいし、刃をきちんと立てるような握り方は難しい。
真っ直ぐ振り下ろすのも、振り上げるのも、両手とはまた違ったコツがいりそうだ。
「うーん、こんな感じで……」
どうせ初心者なんだから、まずはしっかりと両手で握って、真っ直ぐと。剣道の素振りのように、何度も剣を振ってみる。
両手で振り上げる……というよりも、右手で振り上げつつ、左手で振れないように補正しつつ。剣の向きを意識して。左右均等な力で、前に一歩踏み出しながら振り下ろす。
ヒュォンッ!!
「おっ!」
今までとは明らかに違う甲高い風切り音を鳴らして、鋭く素早い一撃が振り下ろされた。
なるほど、こういう感覚か……
つかんだコツを手放さないよう、同じように何度か剣を振って、剣を振る感覚を覚えておく。
うーん、剣道なんてやったことなかったけど、うまくできるとやっぱりなんだか楽しい。
振り下ろしだけじゃなくて、片手での攻撃や、横薙ぎ、咄嗟の一撃でも、意識せずにいつでもこの振り方ができるようにならないとな。
『……おい、ユート。いつまで剣を振っているつもりだ? こんなところで悠長に練習している場合ではないだろう』
おっと、そうだった。
ここは迷宮の中なのだ、剣の練習に夢中になってて魔物に不意打ちされて死にました、では話にならない。
ひとまず剣の練習はここまでにして、改めて剣を鞘に納めて再び歩き出す。
練習は帰ってから、ゆっくりやればいいだろう。今日一日で剣を極められるというものではないし、毎日少しずつだ。
今はともかく、生きて街に帰る。それだけが目標である。
「……ところで、さっきので剣スキル上がって戦士を取得できてたりしないかな?」
『馬鹿を言うな。たった一回の実戦と数分の素振りでスキルが身に付くような簡単なものなら、誰も苦労などしないだろう』
ですよねー。




