第6話 探索士協会
探索士協会とは、文字通り探索士達の所属する協会である。
ある程度の大きさの街には必ずあるというこの建物は、ラディオンの街では東西と南北を走る二本の大通りが交差する街の中心部にあり、偉容を誇っていた。
というか、昨日ミーシャが言っていた通り、ドラゴンの大牙亭の向かいである。
すなわち大牙亭も街の中心部にある大きな店であった。昨日入ったときは暗くなり始めていて気付かなかったが。
協会の内部はまるで市役所か何かを思わせる作りで、いくつものカウンターや待ち合いの椅子が並べられている。
ファンタジー小説なんかだと酒場が併設されていたり、酒場そのものが協会やギルドだったりするのだが、ここは酒類はもちろん、飲食物の類いは提供していないようだ。
さて、探索士になるための手続きというのはどこでどうすればいいのやら。
「探索士になりに来たんですけど、どこに行けばいいですか?」
「ああ、それでしたらあちらに」
いちいち天龍眼で見るまでもない。
壁際でさりげなく全体を視界に入れている警備員さんに声をかけると、あっさりと目当てのカウンターを教えてもらえた。立ち並ぶカウンターの中でも、一番左端のやつだ。
濃茶色の髪をボブカットに整えた、眼鏡をかけた女性の職員が少し暇そうに座っている。
あ、小さくあくびした。
午前中は協会に足を運ぶ者も少ないのか、協会の中は静かな空気が流れている。おかげで待ち時間なく落ち着いて手続きできるわけだが。
「ぁ……っと、探索士協会へようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」
あくびをする彼女のカウンターに近付くと、彼女はさっとあくびを噛み殺して、見事な営業スマイルで応対してみせた。
シャリア・カラードさん、人間の女性、26才。本人のLvは27、クラスは剣士Lv12……これはグランノート店長も持っていた戦士の二次職だっけ。
元探索士なのだろうか、ドラゴンの大牙亭にいた探索士たちより一段高いレベルだ。
「えっと、探索士になりたいんですが」
「はい、では協会への登録ですね。文字は書けますか?」
登録用の用紙なのだろう、羊皮紙を取り出しながら聞かれた質問に、俺は首を横に振る。
天龍眼のおかげで読むことはできるが、書く方はさっぱりだからな。
しかし、こういうことを真っ先に聞かれるあたり、この世界の識字率はさほど高くないんだなと思わせる。まあ地球でも日本の識字率は驚くほど高いらしいけど。
「では、代筆致しますね。まずはお名前と年齢、種族をお願いします」
種族ときたか。
当たり前のように今まで人間しか見かけなかったが、エルフとかドワーフとか猫耳とかいるのかな。
「阿妻優斗、えっと……19才。人間です」
「はい、アルマ・ユートさんですね」
「……アヅマ、です」
当たり前のように間違えられる名前をスルーすべきかちょっと悩んだが、今朝天龍に言われたばかりだし訂正しておく。
それにしても、この世界の人にとって、阿妻ってそんなに言いにくいし聞き取りにくい名前なのか……?
その他、出身地を聞かれたときは「ニホン王国トーキョウの街」ということになった。
「この辺りでは聞いたことのない国ですね」って言われたけど、まあ異世界だからしょうがないよね。
あとは、身長と体重、利き手はどっちか、などの簡単な質問だけだった。
ちらっと羊皮紙をのぞいてみたが、聞かれたこと以外にも性別や髪と瞳の色などが書いてある。見ればわかることは向こうで判断してくれたということか。
「はい、質問は以上です」
「え、それだけですか?」
身分証明書とか手数料とか、血液型とか現住所とかいらないのか。いや、そのへんは俺も聞かれても困るので助かるけど。
『……血液、ガタ? とは何だ』
……ああそうか、血液型って概念自体がないのかー…… 輸血とかする前に回復魔法使うんだろうなあ。
俺も詳しい説明はできないので、不思議がる天龍は放っておく。
「あとはこれに手を触れていただくだけですね」
そう言ってシャリアさんがカウンターの上に置いたのは、高さ15cmくらいの二つの水晶だった。
片方は六角柱、もう片方は四角柱の形をしている。
天龍眼によると、六角柱は「虹龍晶」、四角柱は「色龍晶」という名前になっている。
だが、名前に反してふたつとも色は黒い。ある程度の透明感があるので水晶だとわかるが、そうでなければ黒曜石か何かかと思ったかもしれない。
「こちらの六角の水晶がレベルカウンター、四角の方がクラスカウンターと呼ばれるものです」
あれ? 天龍眼と名前が違う。
『人間が全てのものの名前を正しく伝えているとは限らぬ。独自の名前をつけていることもあるだろう。
ふむ、しかし、面白いな。どうやら私の天龍眼を真似たもののようだぞ』
「レベルカウンターは、手をかざすとその人の強さを色で表します。
クラスカウンターは、その人のクラス……つまり、探索士としての方向性に応じて違う色になります。
例えば私ですと……」
と、シャリアさんは実際に二つの水晶にそれぞれ手を乗せた。
すると、二つの水晶はみるみるうちに赤く色づいていき、色龍晶は鮮やかな赤色に染まる。
虹龍晶は赤色に留まらず、赤みが抜けてオレンジに、オレンジからさらに明るい黄色になった。正確には、まだ僅かに赤みを残した黄色だ。
「このように色が変化します。
レベルカウンターの色は黒から始まり、強さ……レベルが上がるにつれて、赤、オレンジ、黄色、さらに上は緑、青、となっていきます。
クラスカウンターは、武器を手にして戦う戦士は赤、周囲の探査や罠の解除を行う斥候は黄色、魔法を使う魔法使いは青、いずれのクラスでもない人は初心者の黒、となります。
つまり、私は黄のレベルの戦士、ということですね」
「ふむふむ…… 青よりさらに先、というのはあるんですか?
それに、その4つ以外のクラスは? 例えば……商人とか、調理師とか……勇者、とか」
「青の次は紺色……ですけど、紺色の人なんて国中探しても数人しかいません。
さらに次は紫、そのさらに次もある……らしいですけど、おとぎ話の勇者くらいしかそこまでは行かないでしょう」
お、おう、勇者はいくのか……
そうだよな、成長速度補正・極大とかついてたもんな。きっとレベルもガンガン上がるに違いない。あとは店長も紺色くらい行くかもしれん。
店長が国中に数人のレベルの猛者ということに驚くべきか、あのレベルが他にもまだ数人いるということに驚くべきか。
「クラスの方は……商人や調理師って、クラスというよりお仕事ですよね?
勇者は、そうですね。剣も魔法も超一流、迷宮の罠もものともしないと言いますから、虹色に輝くかも? いえいえ、案外黒色になっちゃうかもしれませんね」
そう言って、シャリアさんは口元に手を当ててくすっと笑った。
とても笑顔が魅力的でどきっとしたが、口元にあてた左手の薬指には指輪が光っている。天龍眼はきっちりその指輪に「結婚指輪」と表示をつけていた。
元探索士といっても、店長のように怪我をしての引退ではなく、この街で結婚して探索士を引退し協会に就職したのだろう。まだ若いし、新婚さんかもしれない。
「では、改めて。こちらに触れてみてください」
シャリアさんが手を離すと、水晶はすっと黒色に戻っていった。
さて、ちょっと緊張するな。
何せ天龍眼で他人のステータスは見放題だが、自分のステータスは見られないのだ。自分がどの程度のレベルとクラスなのかは気になる。
特にクラスは気になる。色龍晶では戦士・斥候・魔法使い・その他しかわからないようだが、魔法使いはないとして、戦士や斥候は出るかもしれない。
俺自身には剣の心得も罠解除スキル――確か店長のクラスを見たとき、これが斥候の条件になってた筈――もないが、今の身体の元の持ち主はどうだろう。そういったスキルは、身体につくのか、中身の俺につくのか。
「レベルもクラスも、あくまで現段階でのものです。鍛えればレベルをあげたり、クラスを変えることもできますよ。
ほとんどの人は、最初は赤や黒のレベル、クラスは戦士か初心者になるものです、まずは気楽にやってみてくださいね」
「じゃあ…… こう、かな?」
恐る恐る、見よう見まねで、シャリアさんがしたようにそれぞれの水晶に左右の手で同時に触れてみた。ひんやりとして少し冷たい。
六角柱のレベルカウンターはゆっくりと赤色がついていって……そのまま、黒みを残した状態で変化はストップしてしまった。赤か黒かで言えば、やや赤に近い、くらいか。
うーん、転生時に得たチートパワーでいきなり紫に! とかなったらどうしようかと思ったのだが、そんなことはなかった。
四角柱のクラスカウンターの方は……
……おや?
「あの、この色」
「レベルは、黒……いえ、赤ですね。悪くないと思いますよ」
「じゃなくて、クラスの」
「はい、クラスは今後の努力しだいで変えることもできます。アルマさんは、戦士と斥候と魔法使い、何になりたいですか?」
「アヅマです。それよりもクラスの色が」
「あっ、でもクラスの変更は早めにしてくださいね!
レベルがあがるほど、クラスの変更は難しくなります。たとえば私が魔法を勉強しても、剣と同じくらい魔法が得意になるまで、カウンターの色は変わらないんです」
「あの、シャリアさん?」
「でも、魔法は習うのに時間やお金がかかるので、注意して……あれ、名前教えましたっけ?」
「そ、そんなことより。……この色は、何のクラスなんですかね」
色龍晶は、眼に優しい緑色に染まっていた。
もしかして何かレアクラス、と思ったがシャリアさんの反応がおかしい。何故かクラスを変える方法の話になってるし。
「緑は、どんなクラスなんですか?」
「み、緑は…………
……が、学士です」
ものすごく言いにくそうに答えたシャリアさんの目は泳ぎ、声は若干震えてた。
「学士ですか。学士は、武器が使えたりは」
「いえ……使えません」
「ならば魔法が使えたり?」
「いえ……使えません」
「では、何か特別な技能が使えたり」
「いえ……使えません」
「学士は何に使えるクラスなんでしょうか」
「いえ……使えません」
使えねーのかよ!? あれっ、これハズレクラスなの!?
「あっ。いえ、えーと、その……
学士は、迷宮や様々な物事に詳しい人がなるクラスです。ただ…… パーティでの役割が、その…… 無いので」
「……役割が無い、ですか」
確かに、ダンジョンを攻略するようなRPGでも、前衛に戦士、中衛に盗賊、後衛に魔法使いや弓使い、といった隊列になりがちだ。
物事に詳しい……となると学者とか、鑑定能力を持った司祭とかがいるが、魔法使いとしての能力も持っているか、さもなくばイベントで一時的に加入するお荷物キャラといったところだ。
魔法が使えない学者はお荷物か…… うん、まさに今の俺である。
天龍眼でなんでもわかっても、それをぺらぺら解説するだけのやつなんて、実際に戦ったり罠を解除したりする他のクラスに比べれば貢献度は無いに等しい、か。
「早い内に訓練して、クラスを変えるのをお勧めします。学士だと、パーティに入るのも難しいので……
剣や魔法の訓練をするお金を稼ぐために、酒場で鑑定屋をする人もいますね」
それ、名前に「かんてい」とかつけられる鑑定専用キャラと全く同じじゃないか。
探索士なのに探索できないとか……!
あまりに涙を誘う学士の現状に、俺もクラス変更を考慮せざるをえない。
戦士か、魔法使いか、斥候か…… 訓練しつつ、こまめにクラスカウンターで測定してみよう。
「ちなみに、クラスやレベルの再測定には手数料として50ダイムを頂きます。登録時はサービスですけど」
お金取るのか! うむむ、今の懐具合では馬鹿にできない……
『ふむ、ユートよ。そう悲観するものでもないだろう。
そもそも、学士というやつがどういうクラスなのかも実際に見てはおらぬ。それにクラスは一人にひとつというわけではないのだ。
極論、お前一人で全てやってもいいのだぞ』
……そういえばそうだった。
色龍晶がひとつしかクラスを表示できないし、シャリアさんもそういうふうに説明するからうっかりしていたが、クラスはいくつでも取得できるのだ。勇者でもなければ。
グランノート店長なんか10個くらいあったし、戦士系のみならず斥候のクラスも確かあった。
それにゲームでも、魔法戦士など複数のクラスの特徴を持った上級クラスがあったりするものだ。
というか俺がシステムデザイナーなら確実にそういうクラスを盛り込む。
学士と魔法使いで賢者とか、そういうのがあってもおかしくないのだ。
「ちなみに、魔法使いになるにはどうすればいいんですか?」
「王都まで行けば魔法学園がありますが…… 貴族でもないと入れないくらい学費が高いそうですよ。
あとは他の魔法使いに教えてもらうか、魔法書で勉強するか…… いずれも、かなりお金はかかりますし、勉強しても魔法使いになれない人も少なくありません。
そのぶん、魔法使いはどこのパーティでも引っ張りだこですけど」
お金かー…… 今夜の宿代も危うい俺にとって、魔法使いを今すぐ目指すのは無理がありそうだ。
ドラゴンの大牙亭で鑑定屋でもしてみるか、やはり迷宮に入って早急に稼がないと、ホームレス一直線だ。
まずは収入と生活基盤を得なければ、という目標を新たにする俺であった。
「やっぱり、まずは稼がないと駄目ですよね。
シャリアさん、このあと迷宮に入ろうと思うんですけれど、迷宮ってどこにあるんですか?」
「えっ」
「……えっ」
「入るんですか、迷宮?」
「えっ……」
……いくら学士だからって、その反応はあんまりじゃないですかね、シャリアさん……!




