有難うございました。
今思えばおかしな事が多すぎた。もう少し冷静に考えれば解った事なのだが、俺はそれを出来なかった。いや、やらなかった。
本当は質問すべきことが沢山あったんだ。でも、その所為であの非常識的な日常を壊していくのが怖かったから。勝手に互いの間に干渉線を引き、一定の距離以上は踏み込まないようにしていたんだ。
ずっとあの毎日が続くって思い、疑わなくて。まだ沢山やってあげたいことがあった、一緒にやりたい事があったんだ。
全てを知って、大切な日常失った俺は、独り居間でただぼんやりとテレビを眺めている。
今日はお笑い番組の後にクイズ番組のある日で、毎週楽しみにしていた。
先週までは、大して面白くない芸人のコントを見ても、隣で抱腹絶倒状態、虫の息になっている霧雨のお陰で、何倍も面白く感じていた。
だが、今は何回見ても吹き出してしまうようなコントを見ても、何一つ腹の其処から湧き上がってこない。
感情が冷めてしまっている、という自覚が自分でもあるのだから、他人の目に映る俺は相当やばいんじゃなかろうか。
テレビを眺めながら俺は、思い出すのが何度目になるか解らないほど思いかえした、あの日の事をまた思い出す。
そして、俺は後悔する。何でもっと上手く別れの言葉を掛けてあげられなかったんだろう、と。
何度思い出しても、何度考えを振り切っても、俺はあの日に縛られている。
「お、お師匠様っ!?」
桜花はそう言うと、驚きふためいてその場に平伏する。その光景に俺は驚いて桜花に問いかける。
「桜花、お師匠様って……まさか忍者の?」
自分で問いかけておいて何だが、忍者の桜花の師匠がシェフとかだったらそれこそ何を目指しているのか解らない。
「桜花…いえ、美紀さん。もう十分でしょう、上からのお達しで試験は終了しました。十分な結果を残せました、あなた方の結果は十組中、上位に入れるほど良い結果でした」
「いえ、私は……」
チラリと俺を見て申し訳なさそうな視線を向ける桜花。
そんな事よりいつも手前、手前と時代を感じさせるような一人称だったのだが、急に歳相応の喋り方になった桜花にただ戸惑うばかり。
「高坂 忍さん、貴方は十分に試験者として、十分すぎる実績を残せました。これでこのプログラムが動き出す目処もつきましたし、本当に有難う御座いました」
「ちょっと、なんだよ、それ……」
言っている意味が少しも解らない、試験、実績、プログラム、目処?
「美紀さん、貴方が桜花として、最後の仕事ですよ。高坂さんに説明を」
そう言うと、忍者のお師匠さんは立ち話も難ですから、と居間の方に視線を投げて、移動を促す。
「はい、わかりました」
桜花は俯いたまま辛そうにそれだけ呟くと、俺の真正面に座る。
「……」
なかなか喋りだせない桜花。十分間、無言の時間が続く。これほど十分が長く、苦しいものだとは思わなかった。
「忍さん、まず始めに貴方に謝らなければなりません。私は桜花という忍者修行中の身ではなく、株式会社ネクストジェネレーションという会社の社員です」
本当に申し訳なさそうな表情を浮かべ、桜花は続ける。
「で、でも私、幼そうに見えても、実は今年で二十歳になるんですよ?」
無理をした笑顔、いつもの笑顔とは程遠い笑顔。
俺は桜花の説明も何処か上の空で、しっかりと聞く気になれない。
騙されていたんだ、利用されていたんだ。あの笑顔も、あの毎日も、全て偽りのものだったんだ。
「で、でも、桜花は忍者で、壁抜けの術や、霧雨や秋桜だって忍術で出したじゃないか……それは一体どうやって説明するんだよ……」
そう、桜花は最初のあの日、鍵の掛かっている玄関のドアをすり抜けてき来た、そして一枚の紙から霧雨を出したし、秋桜だって。
「まず、霧雨ですが……」
桜花はなにやら懐からライター程度の大きさのリモコンを取り出すと、霧雨に向け、ボタンを押した。
『……』
ガクリと糸の切れた人形のようにその場に倒れる霧雨。
「お、おい!?」
慌てて霧雨を抱き上げようとすると、もう一人霧雨そっくりな人が姿を現した。
「拙者、霧雨の声の橘 彩子と申す」
と、霧雨と同じ声、同じ顔の人が俺の目の前に立つ。
「まー私が霧雨やってたから、自分のケリは自分でつけるよ。じゃ、コーサカいい?」
と橘さんは俺のやや右正面に座り、力の抜けた霧雨を手の平に乗せる。
「まず、このちっこい私は、小さいけど高性能ロボットで、私はこのちっこいののモニターを見て、声を出すの。いくら高性能ロボットって言っても、流石に完全自律型なんてまだ作れないからね」
と橘さんは三度、力の抜けた霧雨の身体をいとおしそうに撫でた。
「でも、術で霧雨が出てきたんだ……それはどう説明……」
「コーサカは紙がこの子になるの見た?」
「それは……」
そう、気が付いたらテーブルの上に霧雨が居たんだ、俺は紙が霧雨になるところを見ていない。
唇をかみ締める。元から小さい式神の霧雨なんて居なかったんだ。
「でも、秋桜の場合は俺はちゃんと見た!」
ずっと黙り込んでいた秋桜が口を開く。
「そうですね、高坂さんは私の姿を見ましたが、紙から私に変わる瞬間を見たわけではありませんよ」
「そんなはずは無い! 俺は覚えている、桜花が九字を切って、紙を投げて煙が巻き起こり……」
其処まで言って気が付いた。
俺は煙で視界を遮られ、視界が晴れたら其処に秋桜が居た。
「そう、あらかじめ待機しておいた私は煙で視界が遮られているときに出てきたの。そして、一度外に出て部屋に戻ったのはその証拠を隠したりする為」
「でも、桜花と秋桜の姿は一部分を除いて全く同じじゃないか!」
駄々をこねる子供のように、俺はずっと真実だと思ってきたことを守りたくて、一つ、また一つと言い訳じみた理屈を並べる。
「それもそうですよ、私と鈴村 真紀と桜花…いや、鈴村 美紀は双子なんだから。まぁ、私の方がミキより……ね」
と桜花を一瞥して笑う。
「マキちゃん……またそれで笑う……」
桜花は秋桜と言わず、マキと呼び、拗ねたような表情を見せる。
「俺が桜花が忍者だって思ったのは、最初のッ!」
「すいません、忍さん……」
カチャリと家の鍵を机の上に置く。
「今回のプロジェクト、高坂 刃さんの協力も得て、予め合鍵を貰ってました……」
全てが壊れていく。俺の日常、俺の大切な全てが。
「そんな……」
俺はただ呆然と自分の手を見つめた。
真っ白で、血の気の無い手。多分顔はそれ以上に血の気が引いているだろう。
「説明としては六十点」
桜花……いや鈴村 美紀の上司たる女性はそう言うと、お茶をすすり、口を開く。
「まず、このプログラム…現在日本では家族同士の会話も無く、非常に由々しき事態です。実際、今の日本の子供の居る家庭は沢山ありますが、その中で家族として楽しくやっている家は限られてきます。とは言っても、家庭の事情で子供と接する時間がなかったりとか子供のアルバイトで中々一緒に食事する事の出来ない家も含まれて居ますが、それはその家の形なんですからしょうがないと言えばしょうがないのです」
「だから、そのプログラムってッ!」
「まぁ、落ち着いてください、高坂さん」
俺を嗜めるように上司さんは二度手を下に振る。
「今全国の家庭相談所には家族、子供との接し方が解らない、家族との溝が深いなど、様々な相談が持ちかけられている現実です。その家などによってそのような相談が出ること事態はそう珍しくも無いのですが、如何せんその件数が異常なのです。そこで、私達ネクストジェネレーションは、そんな悩みを抱える家庭に社員を派遣し、色々なシチュエーションをもって、親や子、兄や弟などが自然に接していける架け橋となりたいのです。ですが、新しく事を始めるには何度もシミュレーションをし、いかなる場合でも対応できるようにしておかなければなりません」
「……」
色々聞きたいことがあるはずなのに言葉にならない。いや、もう全てが面倒なんだ。
「解った。要するに、俺はその様々なシチュエーションにおける、シミュレーションのサンプルなんだな。で、其処に居る鈴村さんや橘さんが俺に掛けた言葉は、全てはマニュアルとか、そんなんに沿った偽りの言葉だったって訳か」
違う、こんな事が言いたいわけじゃないのに。
「はは、俺は馬鹿だよな。そりゃそうだよな、実際に考えれば忍者なんてもんは何百年も前に滅んじまってるしよ。普通に考えれば今まであった摩訶不思議な事なんて、テレビのマジックみたいに仕掛けがあってよく考えれば解ることだったよな」
俺の口からは自分を慰めるためか、それとも、ずっと俺を騙してきた鈴村さんらに対する恨み言なのか、自分でも何を喋っているのかよくわからない。
「こうさ……」
「もういいだろ、帰ってくれ。十分データは取れただろうし」
「こうっ……」
「美紀さん、これ以上は……」
気が付けば真っ暗な部屋の中、独りで俺は天井を見つめていた。
もう、全て忘れてただ眠ろうと目を閉じても、最初に出会った日から今日までの色んな出来事を思い出して、忘れられない。
「騙しただけじゃ足りないってのかよ……」
布団に包まるように横を向き両手で頭を抱え、目を瞑る。
本当に睡眠が取れたのかわからない。
全てが億劫で、学校にも行きたくない。が、一日中家に居たら余計に考えてしまいそうで、なるべく考えないようにするべく、学校に行くことにした。
朝、公太郎と会ったのだが、何を話したかはよく覚えていない。
休み時間、馬場も加わって一緒に飯を食べたのだが、味が全くしなかった。
放課後、なんかエミリーが騒いでいた気がするが、何について騒いでいたか解らない。
毎日がとても長く感じる。カレンダーを見て、あの日から一ヶ月は経っただろうと思っていたのだが、まだ十日ぐらいしか経ってない。
親父から電話が来ていたのだが、全て無視を決め込んだ。
色あせた毎日はただ面倒だ。
うざったいと思えるほど、俺を心配し、アレコレと話しかけてきた公太郎や馬場も、いつも間にか俺と一歩距離を置くようになり、俺の周りは静かだった。
「ちょっと、高坂君いい?」
委員長が俺の名前を呼び、誰も居なくなった隣の教室に俺を連れてゆく。
「何……委員長?」
「最近どーしたの? ハム太郎や馬鹿ともあんましつるんで無いようだし、それに何をするにもうわの空で、何にも周りを見てないって感じがするの……」
「そう思うんだったらそうだろうね……」
「な、何か悩み事とかあるなら聞くよ、話して?」
「別に無い……」
それから何度も委員長に質問されるたのだが、俺が抱えていた事を誰かに話す気にもなれなくて、差し伸べられてきた手を何度も振り払っていた。
「馬鹿ッ!」
ぱちんと教室の中に乾いた音が響く。
一瞬自分が何をされたのかわからなかったが、委員長が手を庇うように立っていた事、自分の頬が熱く焼けるように痛かった事で、頬を張られたんだな、と理解した。
「もう、なんで、なんで少しも話してくれないのよ……高坂君がおかしくなって、みんな何処か変わってきちゃってる……もう嫌よ、そんなの!」
委員長はそう叫ぶとその場に崩れこんだ。
「あ……」
委員長のその姿を見て俺は後悔する。
「その、ごめん」
取り乱す委員長。俺と距離を置いた公太郎や馬場。全て俺がその原因を作っていた。
「あの……さ、一つ聞きたいんだけど……急に変な事聞いて、困らせちゃうかも知れないけど、ヤッパリ一人で考えるのはちょっと辛い」
「……」
委員長は何も答えてくれない。が、俺はそのまま続ける。
「もし、自分だけ何も知らされて無くって、ある日突然、実は……って本当の事話されたら委員長はどう思う?」
これだけじゃ解らない。
「そうだ、自分一人がおとぎ話の中に居るってわかんなくてさ、周囲の奴は皆知ってるの。それでも楽しく笑ってやっていた。でも、ある日突然、真実を聞かされるの。それは……どう思う?」
「本当の事を知れたんだから良いんじゃない…?」
少し冷静になった委員長はそう告げる。
「うん、俺も真実を知れて良かったんだと思う、けど……」
「けど?」
「真実を知った後、委員長がその自分だったら、周囲の奴の心が全くわからなくなってしまわない?」
「心って言うと……周囲の人の考えていた事?」
「うん、本当に心から笑っていてくれていたんだろうか、無理して自分に合わせていたんじゃ無いんだろうかって」
委員長は考え込む。俺はそれをじっと見つめる。
「高坂君は楽しく笑うときってどう笑う?」
「楽しく笑うとき……?」
「うん、楽しく笑うとき、高坂君は心の中でどんな風? 凄く悲しかったり、凄く怒ってたりする? 違うよね、楽しいときは楽しいから笑うんだよね。多分、私はその周囲の人たちも楽しくて笑ってたんだと思う。たとえそれが嘘だったとしてもさ、その自分が楽しかったって事は嘘じゃ無いと思うんだ……って、私何言ってるかわかんないね」
と、委員長は恥ずかしそうにはにかむ。
「いや、ありがとう。そうだよね、相手に嘘つかれてたって、自分が楽しかったことには変わり無いよね、それに、ちゃんと真実も教えてくれたわけだし……」
「なんだかわかんないけど、とりあえず少しだけ力になれたかな?」
「うん、とっても」
そうだな、いくら桜花らと過ごした日々がプログラムどおりだって言っても、そこで俺が笑った事はプログラムどおりに笑ったわけじゃない、俺の意志で笑ってたんだ。貰った思い出は確かに筋書き通りに進んだものかもしれないけど、でも楽しかったのは事実だし、そう考えると……。
「ありがとう、委員長。おかげで色々とすっきりしてちゃんと自分なりに答えを出せそうだよ」
「そっか、それは何より」
委員長はそう言うと、にっこりと笑った。
「さて、俺はこれを片付けますか。全て終わった後はまたいつも通りに毎日を過ごせるようがんばるよ」
「うん、高坂君らしい顔つきになりました。まぁ、その全てが終わった後、いつも通りって訳にはいかないかもね」
委員長は何か意味有り気に笑うと俺の背中を叩く。
「私がここまで力貸したんだから、ちゃんと納得のいく答えを出しなさいよね!」
「痛い、痛い。ま、ヤッパリ委員長はツンデレだったということです」
と、冗談を言うと、委員長は呆れたような笑顔を見せる。
「もういい加減、そのネタ離れなさいよね」
委員長に礼を行って、教室を後にする。
「がんばって」
委員長が何か口を開いたが、よく聞き取れなかった。
そのまま俺は学校を出て、携帯で親父に連絡をする。
「あぁ、親父? 俺だけど。んだよ、もういいんだよ。それよりも……あぁ、そうしてもらえると助かる、また連絡してくれ」
用件だけ言うと俺は通話を切る。
翌日、俺は学校をサボり、ファミレスの椅子に腰掛けて、人を待っている。
待ち合わせは十時。まだ二十分ほど余裕がある。
「高坂さん?」
と窓の外を眺めていた俺の背後から声が掛かる。
「あ、鈴村さんに、橘さん。お久しぶりです」
丁重に頭を下げると、三人は驚いたような表情を浮かべる。
「高坂さん……」
美紀さんが申し訳なさそうに俺の目の前の席に座る。
「忙しい中、時間を割いて頂いて有難うございます、今日は今までのお礼と、十日ほど前の事で謝りたくて」
三人とも黙って俺の目の前に座り、俺の言葉を待つ。
「まず、橘 彩子さん。貴方、霧雨にはずいぶんと楽しませていただきました」
「いえ、そんなことは……」
「実際、こんな妹なら居ても良いかなって思うほどでしたよ」
「そ、それはなによりです……」
ばつが悪そうに頬を掻く橘さん。
「で、鈴村 真紀さん。貴方とはあまり接する時間はなかったんで、もう少し何処かに行って遊べたら、なんて少し後悔してますね。もっと、時間があったら、あの時こうしていれば、って色々考える事がありますよ」
「私の方も……」
真紀さんも俺と同じ事を考えているのか、何度も頷く。
「鈴村美紀さん。貴方には一番お世話になりました。今考えてみれば生意気なことや何枚目役者かって思えるような事言っちゃいましたが」
「そんな事ないです!」
「俺、凄く後悔しています、今」
三人の顔を一度見渡し、言葉を続ける。
「あの日、本当の事を教えてもらった俺は、恥ずかしい話、皆さんと別れるのが嫌で、そして家族同然だって思ってた皆さんに置いて行かれていたような気がして、素直に自分の思ってることを言えませんでした。頭の中では皆さんと別れる日が来るって言うことは解っていました。でも、それはまだまだ先の事なんだろうなと、思ってましたし」
「高坂さん……」
美紀さんはポロリと涙を零し、俺を見つめる。
たぶん、美紀さんは忍者の桜花を演じて居たんじゃなく、美紀さんは忍者の桜花だったんだと思う。だからこそ、俺よりも美紀さんの方が自分をずっと責め続けていたのかもしれない。
「皆さんが俺と一緒に居てくれたお陰で、微妙に楽しかった毎日がとても面白かったですよ。俺の我侭ってか、願いとしては皆さんも俺と同じように楽しかったら……」
「えぇ、楽しかったですよ!」
「はい、私も」
「危うく自分の仕事忘れそうになっちゃったし」
美紀さん、真紀さん、彩子さんが俺の質問に答えるように力強く答える。それが今偽りか、真実かなんてもう関係ない。楽しいって言ってくれているんだ。
「それは良かった。それで、今日はちゃんとけじめをつけたいです」
「けじめ…ですか?」
美紀さんが泣きながら質問する。
「はい、まだ俺。ちゃんとお礼を言ってません、それを一人一人に言わせてください」
「そんな、私達はお礼を言われる資格なんて……」
真紀さんの言葉を遮る。
「真紀さん、ペンを拾って渡すとき、純粋に拾って渡そうって思って行動する時もありますし、足元に転がってきたから拾うって色々あると思うんですよ、ペンを拾ってもらった本人は、ついでに拾ってくれた人には礼を言いませんか? それと同じですよ。どんな思惑があろうとも、お世話になった事には変わりないし、俺は皆さんにお礼を言いたいんです」
一呼吸置き、俺はいろんな事を思い出し、胸の奥を締め付ける痛みがこみ上げる。
「真紀さん、不甲斐ない俺の手助けをして頂いて有難うございました」
「そんな……」
ぐすっと鼻をすすり、慌てて真紀さんは下を向く。
「彩子さん、まだ大人になってない俺の話相手や遊び相手になって頂き、有難うございました」
「わ、私も楽しかったし……」
顔を逸らして、表情を見られないように勤め彩子さん。
「美紀さん……貴方にはずっと迷惑をかけてきました。朝ごはん準備してもらったり、買い物手伝ってもらったり。早くに母が亡くなったものですから、俺……誰かに毎日世話してもらうこと……無くて」
最後まで言葉を繋げなくてはならないのに、嗚咽が出てきて、よく言葉を発せない。
「ほんと、ありが…とうござ…い…ました……」
「そんな、そんなこと……」
俺と同じように言葉が繋がらない美紀さん。
「私の方こそ…励ましてもらって、元気を分けてもらって……ほんと楽しい毎日を有難うございました」
四人でテーブルを囲み、それぞれ顔を背け、涙を流した。
「うぉーい、宿題してきたかー!?」
「もっちろん!」
「宿題見せてくりー!」
清々しい朝、教室に入るなり、いつもより早く登校してきていたハム太郎こと公太郎と、馬鹿こと馬場に捕まる俺。
「こーら、ハムタローに馬鹿、いきなり高坂君に頼るんじゃないわよ、ちっとは努力して解きなさいよ!」
俺に縋り付く二人を一蹴するツンデレ委員長。
「だって、委員長に頼んでも見せてくれないじゃんか!」
「そう、エミリーちゃんのはアテにならねーし!」
「オー、ホームワークは日本人もベリー嫌いねー、エミリーもきらいデース!」
「あはは、ごめん、公太郎に馬場。実は嘘。俺もしてきてない。と、言うことで、委員長助けて!」
呆れた表情を浮かべる委員長。
「ちょっと、高坂君まで!? なんで、みんなそんなにやる気無いのよ、来年は進学か就職で忙しいのよ?」
「だって、まだ来年じゃんかよー」
「俺は今を楽しむ!」
「それはともかく、お願い、高坂 忍の一生に一度のお願い!」
「もう、しょうがないわね、今回だけよ?」
委員長は表情を緩め、脇に抱えるように持っていた数学のノートを差し出してくる。
「うぉ、ツンデレ委員長が高坂にデレでる!?」
「くそ、今度から高坂だけデレ委員長に訂正してやる!」
「ちょっと、それ止めなさいよ! 馬鹿、馬鹿!」
朝から視界の端でスプラッタな光景が繰り広げられているが、今はそんなのに構ってる時間は無い。宿題をしなくては!
全てのケリを付け終わった後、俺や公太郎、馬場の距離もいつも通りになり、俺の周囲はいつものように騒がしい。
しばらく経って、鈴村さんらから手紙が届き、仕事の方も順調のようだ。
今回の仕事は流石に忍者のシチュエーションでは無く、住み込み家政婦として、生意気な女子中学生と日々喧嘩しているようだ。
で、妹の真紀さんは、美紀さんらの報告を纏める事務作業に追われてるとか。暇なときには美紀さんと入れ替わったりするのらしい。身体の問題で、その生意気な中学生に弄れるネタを水面下で与えてると真紀さんは書いていた。
彩子さんは、日々暴走する、中学生と美紀さんを嗜める役割だそうだが、はっきり言って想像できない。
こうして、皆それぞれの道を歩んでゆく。
俺もあの日々を胸に仕舞い、へこんだとき、それを思い出して前に進む力に変えている。
三人も俺と同じように、あの日々が大切な思い出になっていると良いな。
こうして、それぞれが自分の長い道を歩みだしたことで、俺と忍者とのおかしな生活は終わりを告げた……。
長かったこの忍者のお話も終わりでございます。
たった十五話書くだけにドンだけ時間かけてるんだって話ですけど、最後までお付き合い頂いた皆さんには本当に感謝しています。
純粋に忍者のお話で無くて、忍者期待していた方々にはとても申し訳ありません。
結局コメディーで貫き通したこの話、実際はラブコメなのか自分でも良くわかりません。
こんな適当な水無月五日の次回の頭おかしい話にもこうご期待ください!
最後に、くどいようですが、最後まで読んでいただいて有難うございました!




