第7話 革命失敗
ゲバラが俺を見つめる。それは合図だ。モンダカの出来事の真実を彼は知っている。でも、それ以上は聞かない。聞かないからこそ追い詰められる。そして伝えたくなる。コイツなら託せると感じ、俺は、『失敗』――、いやここにいる訳を話始めた。
※※※※※
革命の準備は静かだった。130人がいた。でも、熱い決断ほど、声を潜める。
仲間の顔は若い。若さは罪じゃない。だが若さは、死に近い。
夜の中で、俺たちは名前を呼び合わない。名前を呼べば、そこに“家”が生まれる。家が生まれた瞬間、人は帰りたくなる。帰りたい場所を作らないために、俺たちは互いを肩で押し、目で合図し、呼吸だけで揃えた。
武器は足りなかった。弾も金も足りない。足りないものばかりだ。
足りないからこそ、心が揃うことがある。揃うのは希望じゃない。欠乏だ。欠乏が人間を同じ線に並ばせる。
誰かが銃の金具を弄って、音を立てそうになる。
俺は指先で止めた。たったそれだけで伝わる。言葉はいらない夜だった。
最初の一発が鳴ったのは、予定より早かったのか遅かったのか。今でも分からない。分からないが、分かることがある。
予定が崩れた、という事実だ。戦いはいつも、事実のほうが先に来る。
床が滑った。誰かが転んだ。転んだ音がやけに大きい。
大きい音ほど、敵を呼ぶ。敵は音で集まる。敵は匂いで集まる。敵は恐怖で集まる。
俺は走った。走った理由は一つじゃない。勝つためでも、逃げるためでもない。
“終わらせないため”に走った。
角を曲がった瞬間、味方の顔が見えた。見えたから、次の瞬間に見えなくなるのが分かる。
この手の夜はそうだ。見えたものから消えていく。
「――っ」
声が喉まで出かかった。名前が出かかった。
だが俺は飲み込んだ。名前を呼べば、別れになる。別れを口にした瞬間、仲間は本当にいなくなる。
だから俺は呼ばない。呼ばないことで、まだ“いる”と嘘をつく。
銃声が重なった。重なる音は、音楽みたいに聞こえる瞬間がある。
その瞬間がいちばん危ない。音楽に聞こえたら、人はリズムで動こうとする。リズムは美しい。美しい動きは撃たれる。
俺は泥に膝をついた。土の匂い。汗の匂い。鉄の匂い。
血の匂いだけは、まだ薄い。薄いから、これから濃くなる。濃くなるのが分かる。
散る、という言葉が現実になった。散った先に、戻る場所はない。
戻れる場所がないなら、俺は“くそったれな現実”を受け入れるしかなかった。
手錠を掛けられるとき、金属は冷たい。冷たさは平等だ。英雄にも臆病者にも同じように冷たい。
冷たいからこそ、そこに“人間の意思”がないのが分かる。それは制度ってやつだ。
意思がない制度は、いちばん残酷だ。
独房は音がない。音がないから、初めて分かる。
戦いの音より怖いのは、仲間の気配がないことだ。
気配がないと、想像が勝つ。想像は現実より残酷になれる。
俺は壁にもたれ、呼吸を整えた。呼吸を整えると、負けたことが分かる。負けたと分かった瞬間、次に何をするかだけが残る。
この失敗を終わりにしない。
そう決めた。決めることが、次の武器になる。
外で鍵の音がした。
鍵の音は未来を開けない。閉じる音だ。だが、本当の未来は、閉じられるほど柔らかくない。
柔らかいのは俺たちの肉だ。未来は肉じゃなかった。
多くの仲間を失ったことは、あとで知った。130人いた未来は、あの夜80人分なくなった。
ゲバラより一足早く革命を起こし、失敗したカストロ。仲間の死。生き残ったカストロはどんな運命に巻き込まれ、酒場にたどり着いたのでしょうか?次回もお楽しみにしてください。
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