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ゲバラとカストロ(仮)  作者: 相馬ゆう
『歴史は私を無罪とするだろう!』
7/11

第6話 カストロの語り

◆ゲバラの話の後の酒場


「野球が好きだった」


俺がそう言った瞬間、ゲバラの目がほんの少しだけ動いた。驚きじゃない。否定でもない。

ただ、“続きを待つ”目だ。

この男は、話の飾りを嫌う。飾りを嫌うから、こちらも飾らないで済む。


「高校の頃は、努力すれば結果が変わると信じられた。」


そう言いながら、俺は自分の掌を見る。掌は、思っていたより硬い。

硬いのは筋肉じゃない。癖だ。握りしめる癖。歯を食いしばる癖。負けたくない癖。


「悔しさが、まだ清潔だったんだ。」


清潔。


その言葉は似合わないのに、今夜は必要だった。

あの頃の悔しさは、殴り返せる悔しさだった。勝てば終わる。負ければ次がある。次があるというだけで、人は走れる。


「負けても、次があると思えた。次があるってだけで、呼吸は楽になる。」


ゲバラが小さく頷いた。

頷くたびに、咳を一つだけ飲み込む。

飲み込むのが上手い。上手すぎて、こっちが腹を立てる。痛いなら痛いと言えばいいのに、と。

だが言わないのがこの男だ。弱さを見世物にしない。だから俺も見世物にしない。


「それで法学に行った。拳じゃなく、言葉で殴れると思った。」


俺は笑わない。笑うと軽くなる。軽い話じゃない。


「ルールは武器になる。……武器は持つ者を選ばない。」


武器は、誰が持つかで意味が変わる。

だが、武器そのものは冷たい。冷たいからこそ、正しい顔をして人を刺せる。


ゲバラは言葉を挟まない。

挟まないから、俺は続けられる。


「弁護士になって最初に分かったのは、国の中に国があるってことだ。」


国の中の国。

それは法律の外側にある。法律の外側にあるのに、法律を利用できる。

矛盾だ。矛盾は、いつも金の匂いがする。


「“この国のこと”なのに、決めるのは向こうだ。金で線を引く。線の外の人間は、呼吸が苦しくなる。」


呼吸。

俺が呼吸という言葉を使うと、ゲバラの視線が一瞬だけこちらに来た。

気づいたのだろう。俺も呼吸の苦しさを知っている。

――別の意味で。


「やつらは国境を持ってない」と俺は言った。

「だが線を引ける。

線を引けるってだけで、国は作れる。

……嫌な話だろ。」


ゲバラが小さく頷く。

頷きが、肯定じゃなく“同意”に見える。

同意は、孤独を薄める。孤独が薄まると、人間は立てる。


俺はグラスに触れる。冷たい。

冷たさは、熱を誤魔化す。

誤魔化さないと、今夜は壊れる。


「で、お前は動いた?」


とゲバラが言う。


その声は問いじゃない。確認だ。

“お前は、見てしまった側だな”という確認。


「動いた。」


俺は頷いた。


「―― 一度、早すぎた。」


ゲバラは短く言う。


「モンカダか?」


「そうだ。」


固有名詞を言うだけで、胃の奥が重くなる。

モンカダの夜は湿気が多かった。湿気が多い夜は血の匂いが残る。残る匂いは、あとから人間を刺す。


「俺は、正しい順番を選べると思ってた。」


正しい順番。

法律は順番が好きだ。書類は順番が好きだ。

だが現実は、順番を裏切る。


「選挙だの、議会だの、裁判だの。順番を踏めば変えられる、と……。

でも、踏めない順番がある。踏んだ瞬間に、踏み潰される順番がある。」


俺はゲバラの手元を見る。吸い口。薬。

医者は順番を守る。症状、診断、治療。

だが病気を生む“距離”は順番を守らない。ゲバラがそれを知っているのが分かる。


「俺は順番を飛ばした。

飛ばしたから、失敗した。

失敗したから、捕まった。

捕まったから、紙の上で裁かれた。」


ゲバラが咳を一つだけ飲み込む。

俺は何も言わずに水を彼の前に寄せる。

彼は礼を言わない。礼を言わないまま、指先だけでグラスを引き寄せた。


その指先の動きが、妙に“同じ側”の動きだった。

それだけで、今夜ここに来た意味が少しだけ確かになる。


「……お前は、怖くなかったのか?」


ゲバラが言った。

声が低い。低いから、冗談じゃない。


俺は答える前に、少しだけ間を置いた。

間を置くのは飾るためじゃない。嘘を混ぜないためだ。


「怖かった。」


そう言うと、ゲバラは瞬きを一回だけした。

驚いたわけじゃない。

“怖いと言える男”を、確認しただけだ。


「でも、腹が立った。」


と俺は続ける。


「腹が立つと、怖さは後ろに押しやられる。怖さが後ろに下がると、足が前に出る。」


ゲバラは小さく頷き、言った。


「……分かる。」


その二文字が、妙に重かった。

分かる、は簡単に言える。

だがこの男の“分かる”は、見てしまった者の分かるだ。


俺は言う。


「今夜、お前の話を聞いて

――確信した。敵は共産とか自由とか、そんな看板じゃない。

帝国主義者だ。支配の側だ。

……あいつらだ」


ゲバラは笑わない。

ただ、呼吸を整える。整える呼吸の音が、俺の鼓膜を打つ。


「だから俺は、次は順番を間違えない。順番を間違えないために、まず仲間が要る。仲間を集めるために、言葉が要る。」


ゲバラがじっと俺を見る。

その視線は医者の診察じゃない。

“人間を見る”視線だ。


「……それで、お前は何を言うつもりだ。」


とゲバラが聞いた。


俺は即答しなかった。

言葉は軽い。軽い言葉は裏切る。

裏切らない言葉を選ぶには、少しだけ沈黙が要る。


そして俺は、言葉を探しにいく。

この夜の最後に、あの合言葉へ繋げるために。

本日から、新章『歴史は俺に無罪を証明する!』が始まります。意志ゲバラに対して、弁護士カストロが気がついた、こ世界の仕組み。そのために彼は行動する。


以下告知です。

私のメイン作品、ゲームチェンジャーが絶賛連載中です。

本日更新なので、プロフィールから覗いていただければ大変嬉しいです!

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