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ゲバラとカストロ(仮)  作者: 相馬ゆう
モータサイクル・ダイアリーズ
6/12

第5話 焼き印

チェは、“それ”の固有名詞を出す前に少しだけ迷った。

迷ったのは、怖いからではない。固有名詞は、責任を伴う。口にした瞬間に、世界に釘が打たれる。そういう種類の重さがある。


「森に見える場所だった。」


チェは言う。


「でも森じゃない。木が揃ってる。揃えた木だ。

……自然の間隔じゃない。」


並んでいることの暴力。

チェはそれを、説明ではなく“違和感”として差し出す。俺はその違和感を受け取ってしまう。


「綺麗だった。綺麗すぎた。」


綺麗すぎる場所は、誰かが掃除している。掃除しているのが誰か、は大抵見なくていいことにされる。

チェはそこを見てしまう人間だ。


「銃があった。撃たないための銃だ。撃たなくても効く。」


「決めるのための銃じゃないのか?」


俺が言うと、チェは頷いた。

頷き方が短い。肯定が短いとき、怒りは深い。


「帳簿があった。配給があった。前借りがあった。」


紙が鎖になる。

チェは鎖という言葉を言わない。言わないから、鎖が見える。


「支配はそのまま、箱だけが出ていく。」


チェが言う。声が少し低くなる。


「果物を運んでるんじゃない。人の時間を運んでる。」


そして、ようやく固有名詞が落ちた。


「UNITED FRUIT (ユナイテッドフルーツ)」


その言い方は、怒鳴りでも吐き捨てでもない。

ただの報告に近い。報告の形を取っているのが怖い。怒りで壊れたくないから、形に入れている。


「焼き印を見た。」


チェは言った。


「箱にじゃない。人にだ。」


それ以上は語らない。語らないまま、十分すぎる。

俺は一拍だけ黙ってから、問いを置いた。置く、としか言いようがない。投げると乱暴になる。


「チェ。お前はそれを見て、どうしたい?」


チェは俺を見た。目が真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎて、逃げたくなる。逃げない。


「負けたくない... 」


彼は言う。理想ではなく、負けたくない。

その言葉が、俺の中の別の場所を叩いた。そこはずっと、叩かれたがっていた場所だ。


「カストロ――」


チェが俺の名を呼ぶ。今度は迷わず呼び捨てにした。

呼び捨ては距離を詰める。詰めた距離を戻すのは難しい。分かっていて詰める。詰めるだけの理由がある。


「お前は何に腹を立てた?」


俺は、短く答えるしかなかった。長くなると嘘が混ざる。


「おれもだ。やつらに、やられた。」


チェは頷いた。頷き方がゆっくりだ。受け入れたというより、決めたという頷き。

俺は水差しを寄せた。さっきより、ほんの少しだけ近い。気づかれたい寄せ方になったのを自覚して、少しだけ腹が立つ。


チェは礼を言わない。

かわりに、グラスを引き寄せて水を飲む。飲み方が慎重だ。慎重なのに、逃げない。


沈黙が落ちる。

ラジオの音が、やけに遠い。皿の音も、笑い声も、どこか別の国の出来事みたいだ。


「眠れなくなるな... 」


俺が言うと、チェは一度だけ口角を上げた。

合図だ。笑いじゃない。


「最初から眠れてない。」


その言い方が、少しだけ俺を救った。救われたのが悔しい。

悔しいから、俺は視線を逸らさずに言った。


「なら、起きてろ。

俺の敗北を聞け。」


命令じゃない。約束でもない。

ただ、逃げ道を塞ぐ言葉。


チェは咳を畳み、グラスを置いた。

そして、小さく頷いた。返事の代わりに。


次回から

新節

歴史は俺に無罪を証明するだろう!


が始まります。

内に秘めた情熱のゲバラに対する、カストロの過去とは?

私はカストロがタイプです。


以下告知です。

私のメイン作品、ゲームチェンジャーが絶賛連載中です。

本日更新なので、プロフィールから覗いていただければ大変嬉しいです!

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