22話 幕間 午前二時の学級会
今回は、史実ではないとされるあの史実から、日本編の序章スタートです。
今回のゲバラ視点で物語は進みます。
【1959年 ハバナ / 臨時政府庁舎】
深夜二時。
俺は、猛烈な睡魔と戦いながら、椅子の背もたれに深く沈み込んでいた。
軍帽を目深に被り、腕を組んで目を閉じる。
傍から見れば完全に寝ているように見えるだろう。だが、意識は起きている。
耳元で、ラウルの甲高い声と、カストロの野太い声が飛び交っているからだ。
「……いいか兄貴。バティスタは追い出したが、この国の手足にはまだ『鎖』が食い込んだままだ」
ラウルが机を叩く音がした。
「鎖、か」
カストロが重く唸る。
「ああ。表の世界はCIAとユナイテッド・フルーツ社が、インフラと農地という鎖で国民を縛り上げている。そして裏の世界はマイヤー・ランスキー率いるマフィアが、カジノと麻薬という鎖でハバナを飼いならしている」
俺は帽子の下で、密かに眉をひそめた。
(……その通りだ、ラウル)
この国は、二重の支配構造にある。
表玄関はアメリカ企業が押さえ、勝手口はマフィアが固めている。
俺たちが命がけで勝ち取ったのは、今のところ「首輪のついた自由」でしかない。
「表と裏。二つの勢力が、この国の喉元をガッチリと握ってるんだ。追い出そうとすれば、経済という首輪を締め上げられる」
「……で、ホワイトハウスの反応は? 俺たちの勝利宣言を聞いて、少しは態度を変えたか?」
「いいや。アイゼンハワー大統領は、今日もご機嫌でゴルフだそうだ。彼にとって我々は、裏庭で騒ぐ野良“猫”程度にしか映っていない」
「クソッ、無関心が一番堪えるな」
カストロが苛立ち紛れに椅子を軋ませる。
俺は、瞼の裏でその光景を想像し、冷めた思考を巡らせた。
これは、ただの「学級会」だ。
先生のいない教室で、ガキ大将たちが「明日からどうする?」と頭を抱えているに過ぎない。
革命の理想は美しい。だが、現実は見えない鎖との戦いだ。
数字、利権、外交。
俺の最も苦手とする分野だ。
俺はゲリラでいい。いや、革命家って自分では言ってみたい。
(……帰って本が読みたい)
意識が半分、夢の淵に落ちかけていた、その時だった。
カストロの大声が、鼓膜を直接叩いた。
「誰でもいい!経済だ!
この国を縛る鎖を解き放てる、優秀な『エコノミスト』はいないのか!?」
ん?
今、あいつはなんて言った?
いや、俺の耳には確かにこう聞こえた。
『コムニスタ(共産主義者)』はいないのか、と。
(……鎖を断ち切るには、それしかない)
この部屋にいる連中は、まだ日和見主義者ばかりだ。
アメリカの顔色をうかがい、CIA やマフィアの報復を恐れている。
腹の底から革命を信じ、鎖を引きちぎる覚悟のある「本物の共産主義者」は、祖国がキューバでない俺くらいしかいない。
奴らは祖国への愛が強すぎる。
(……やれやれ。誰も手を挙げないのか)
俺はあくびを噛み殺しながら、スッと右手を挙げた。
俺がいるだろ、カストロ。
ここに、筋金入りの「コムニスタ」が一人。
すると、部屋の空気が凍りついた。
気配でわかる。カストロとラウルが、信じられないものを見る目で俺を見ている。
「……ゲバラ?お前、やれるのか?」
「ああ」
俺は短く答えた。
アメリカの鎖?
CIA??
マフィアの脅し?
そんなもの、覚悟さえあれば断ち切れる。『祖国か、死か?』俺は後者担当だ――
「よし決まりだ! 今日からお前が国立銀行総裁だ。頼んだぞ!」
……は?なに?国立銀行??
共産主義関係なくねぇ??......
翌日。
俺は、国立銀行の総裁室で、自分のサインを紙幣に書き殴っていた。
『Che』
ただのあだ名だ。
お偉い銀行家たちが卒倒しそうな所業だが、知ったことか。
俺はエコノミスト(経済学者)じゃない。
あの時、俺はとんでもない聞き間違いをしたのだ。取り付け騒ぎで銀行は大忙しらしい。
だが、引き受けた以上はやるしかない。
「鎖」を断ち切るには、これくらいの荒療治が必要だ。
札束なんてものは、所詮ただの紙切れだ。俺たちの革命を、ドルの奴隷にはさせない。
窓の外を見る。
ハバナの空は青いが、どこか息苦しい。
この街はまだ、見えない鎖に繋がれたままだ。
俺は胸ポケットから、愛用のカメラを取り出した。
ニコンS2。
ずっしりとした金属の冷たさが、心地いい。
いや、でも、これ作り話としても面白いですよね。
実際取り付け騒ぎあったみたいですしね。
次回は、2016年の安部元首相のキューバ訪問。そしてカストロの回想。
お楽しみに。
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