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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
二人の英雄の友情と別れ(前編)
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270,フルシチョフ書記長への手紙

フルシチョフ書記長屁の手紙は1990年にカストロ自ら公開されます。

この危機が当時の憶測より深刻だったことが明らかになります。

今回はその手紙の背景をみてみます。

後に、アメリカ人はそれをアルマゲドン・レターと呼ぶことになる。


だが、一九六二年十月二十六日深夜から二十七日未明にかけてのハバナに、そんな名前はなかった。


それは、世界の終わりに酔った文書ではない。破滅を願う者の叫びでもない。キューバで書かれ、モスクワへ送られた一通の手紙だった。


フィデル・カストロから、ニキータ・フルシチョフへ。


同盟国の指導者へ宛てた手紙。


戦争を望まない男が、戦争が避けられないかもしれない夜に書いた手紙。


国家を守るための言葉が、書けば書くほど、国家の外側へ、平和の外側へ、そして人間の住む世界の外側へ近づいていく。カストロは、そのことを知らずにペンを取ったのではなかった。


知っていた。


だから、手が重かった。


※※※※※※※※※※


革命宮殿の地図室には、まだ白い紙が置かれていた。


外ではハバナが眠らずに息をしている。港の灯りは落とされず、診療所では献血の列が続き、東からはグアンタナモ米海軍基地の不穏な報告が途切れなかった。


基地内の車両が増えている。夜間照明が消えない。通信量が上がっている。家族の退避らしき動きがある。どれも断片でしかなかったが、断片は同じ方向を向いていた。アメリカはまだ撃っていない。しかし、撃つための姿勢をやめてもいない。


海では船を止め、空では偵察機を飛ばし、東の端には、租借地という名で切り取られたアメリカの軍事基地がある。ワシントンがそれを検疫と呼ぼうが、ハバナから見れば海上封鎖はすでに戦争行為だった。戦争はまだ始まっていないのではない。砲声だけが、ぎりぎりのところで保留されているだけだった。


カストロは椅子に座り、ペンを取った。


「親愛なるフルシチョフ書記長へ。」


そう書いた時だけ、紙はまだ普通の手紙に見えた。宛名があり、礼儀があり、同盟国への敬意がある。だが、その礼儀の下で、手紙はすでに礼儀の外へ踏み出そうとしていた。


「状況の分析と、われわれに届いた報告から判断すると、今後二十四時間から七十二時間以内に、攻撃がほぼ切迫していると考えられます。」


そこまで書いて、カストロの手が止まった。


二十四時間から七十二時間。


軍人や外交官にとって、それは予測の幅だった。断定を避け、可能性を残すための数字だった。だが、紙の上に置かれた瞬間、その数字は島に残された寿命のように見えた。二十四時間なら、明日の朝まで。七十二時間なら、三日後まで。猶予ではない。死が、礼儀正しく幅を持って近づいているだけだった。


彼は続けた。


「考えられるシナリオは二つあります。第一に、最も可能性が高いのは、特定の目標を破壊する限定的な空爆です。第二に、可能性は低いものの、依然としてあり得るのは、全面的な侵攻です。」


可能性が高い。


可能性が低い。


その区別を、カストロは必要としていた。恐怖に呑まれているのではない。彼は、敵が何をするかを分けて考えようとしている。空爆なら、飛行場、港、対空陣地、通信施設が焼かれる。全面侵攻なら、兵士が海岸に上がり、道路を押さえ、都市へ向かい、革命で得た学校、土地、診療所、砂糖工場、旗、名前、そのすべてをふたたび誰かの許可の下へ置こうとする。


可能性が低いという言葉は、慰めではなかった。国が滅ぶ危険は、たとえ低くても、国家元首の机の端へ追いやることはできない。


「いずれの事態になろうとも、われわれが断固として抵抗することは間違いありません。キューバ人民の士気は極めて高く、人々は英雄的に侵略に立ち向かうでしょう。」


英雄的。


その言葉を書きながら、カストロは演説台の群衆を思い浮かべなかった。思い浮かんだのは、診療所の列だった。怖いと言いながら袖をまくった若者、銃は持てないが血ならあると言った老女、鉛筆を握って名前を書き続けるラサロ。英雄とは死を恐れない者ではない。恐れながら、自分の番を待つ者のことだ。


カストロは、その言葉を誇りとしてだけではなく、責任として書いた。人民が英雄的に立ち向かうと書く以上、その英雄たちを無駄に焼かせてはならない。だが、そのために必要な次の言葉は、平和の内側には収まらなかった。


ゲバラは窓のそばに立っていた。


前の夜に背中を押した男は、もう何も言わなかった。煽る役目は終わっていた。ここから先は、二人とも同じ紙の共犯者だった。


カストロは、次の行へ進んだ。


「ここで、私個人の意見を簡潔に述べさせていただきたい。」


その一文を書いた時、部屋の空気が変わった。


ここまでは、国家元首としての分析だった。ここから先は、フィデル・カストロ個人の判断になる。公文書の形を取っていても、その中心には一人の男の覚悟があり、その覚悟は、世界の破滅に触れようとしていた。


「もし第二のシナリオが現実のものとなり、帝国主義者たちがキューバを占領する目的で侵攻してきた場合、その侵略的政策がもたらす危険はあまりにも巨大です。したがって、その時には、彼らが次にソビエト連邦へ核の先制攻撃を仕掛ける機会を持つ前に、その危険そのものを取り除かなければなりません。」


書いた瞬間、紙の白さが変わった。


これは単純に撃てと命じる言葉ではない。そう説明することはできる。侵攻された場合の話だ。帝国主義者に次の核攻撃の機会を与えるなという話だ。自衛の極限として書いているのだ、と言い換えることもできる。


だが、説明は言葉を清めない。


その一文は、世界の喉元へ置かれた手だった。キューバが焼かれるなら、世界も無傷ではいられない。そう書いている。


カストロは、しばらくその文字を見ていた。


そして、さらに踏み込んだ。


「もし彼らが、普遍的かつ道義的な法に背く残忍な行為としてキューバ侵攻を実行に移すなら、その時こそ、最も正当な自衛の行動として、この危険を永遠に排除すべき瞬間となるでしょう。その解決策がいかに過酷で恐ろしいものであろうとも、それ以外に道はありません。」


過酷で恐ろしい。


カストロは、その言葉を避けなかった。避けなかったのではない。避けられなかった。平和を救いたいと願う言葉は、ここで平和の外へ出てしまった。だが、海上封鎖を仕掛け、領空を侵犯し、グアンタナモを動かし、侵攻の準備を進めながら交渉の可能性を閉ざしている相手に、ただ平和だけを願うこともまた、彼には現実逃避に思えた。


彼は、アメリカの行動を書いた。世界世論を無視し、法と原則に逆らって海を封鎖し、キューバの領空を侵し、侵攻の準備を進めていることを書いた。そして、問題の重大さを理解しているにもかかわらず、彼らが交渉の可能性を狭めていることを書いた。


それらは弁明ではなかった。


最後の論拠だった。


アメリカがキューバへ侵攻することは、島一つを占領することではない。ピックス湾の続きでもない。それは、フルシチョフが守ると言ってきた平和への攻撃であり、世界が戦争を避けるために辛うじて残しているすべての約束を踏みにじる行為だった。


カストロは、フルシチョフが平和を望む男であることを忘れていなかった。ソ連が無傷でいたいだけの国ではなく、ナチスとの戦争で血を流し、平和という言葉に重みを持つ国であることも知っていた。だからこそ、この手紙は残酷だった。平和を守ろうとしてきた男に、平和が破られた後の、最も恐ろしい言葉を送ろうとしている。


最後に彼は、ソビエト人民への感謝と、フルシチョフ個人への敬意を書いた。礼儀は最後まで残した。だが、その礼儀の下で、手紙はすでに礼儀の外へ出ていた。


「敬意と友情を込めて。」


カストロは署名した。


フィデル・カストロ。


その名を書き終えた時、手紙は完成した。


彼はすぐに紙を畳まなかった。机の上に置かれた数枚の紙は、見た目には軽く、白く、薄かった。だが、部屋の空気は変わっていた。ハバナの夜が窓の外にあり、診療所の列があり、港の灯りがあり、グアンタナモからの報告があり、海上封鎖の線があり、そのすべてがこの紙の上へ折り重なっている。


カストロは言った。


「これは、俺たちの言葉か。」


ゲバラは、少し間を置いて答えた。


「そうだ。」


「革命の言葉ではない。」


「国家の言葉だ。」


「国家は、ここまで汚れるのか。」


ゲバラは窓の外を見た。ハバナの夜には、まだ灯りが残っている。診療所の列も、港の明かりも、眠れない家々の窓も、外から見れば静かだった。


「汚れなければ、誰かのきれいな計算の中で死ぬ。」


カストロは笑わなかった。


その答えは慰めではなかった。


だが、慰めより役に立った。


※※※※※※※※※※


ソ連大使館の灯りも消えていなかった。


一九六二年十月二十七日未明、夜のハバナで、そこだけがモスクワへつながる別の部屋のように見えた。門を通り、廊下を進むと、外の湿った空気とは違う、紙と煙草と金属の匂いがした。電話が鳴り、低いロシア語が交わされ、誰かが暗号表を抱えて部屋を横切った。


アレクサンドル・アレクセーエフ大使は、カストロの顔を見ただけで、用件の重さを悟った。


彼はキューバの恐怖を知らない男ではなかった。ハバナにいて、港の緊張も、空の偵察も、グアンタナモの重さも知っている。アメリカの圧力が、地図や理論ではなく、この島の窓と血管へ触れていることも見ている。


だから、最初は同情の顔をしていた。


だが、手紙を読み進めるにつれて、その顔から同情が消えた。


外交官の顔になった。


さらに読み進めると、外交官の顔でもいられなくなった。


「これは……。」


アレクセーエフは、そこで一度言葉を切った。


カストロは言った。


「モスクワへ送ってほしい。」


「もちろん送ります。ですが、フィデル、これは非常に重大な内容です。」


「だから送る。」


「侵攻が起きた場合、あなたはソ連に、アメリカへ先に核を使う可能性を考えろと言っている。」


カストロは否定しなかった。


「俺は、キューバだけを焼かせるなと言っている。」


大使はしばらく黙った。


その沈黙の中で、ゲバラは壁際に立っていた。彼は口を挟まなかった。手紙を書かせた者として、送られるところまで見届けるしかなかった。


アレクセーエフは、ゆっくりと頷いた。


「翻訳させます。暗号で送ります。」


手紙はスペイン語からロシア語へ移された。


カストロの筆跡は、タイプされた文字になった。


怒りは構文になり、恐怖は外交文になり、覚悟は通信文になった。それからさらに、言葉は暗号へ変わった。文字が数字になり、数字が群になり、群が送信用の紙に並んでいく。通信士の手は正確だった。彼にとってそれは任務だった。だが、その規則正しい手つきの中で、カストロの言葉は人間の声から遠ざかっていった。


世界を焼く言葉が、数字になった。


送信機の前で、通信士が確認を取る。


アレクセーエフが短く命じる。


電文はモスクワへ向かった。


その瞬間、何かが起きたわけではない。


窓が震えたわけでも、警報が鳴ったわけでもない。ハバナの夜はそのままだった。港の灯りも、診療所の列も、グアンタナモから届く不穏な報告も、何一つ終わっていない。


ただ、キューバの声が、ようやく会話の中へ投げ込まれた。


それが届くのか。


読まれるのか。


理解されるのか。


恐れられるのか。


カストロには分からなかった。


手紙を書いても、キューバはまだ会話に混じれていなかった。


※※※※※※※※※※


モスクワでは、会議が続いていた。


一九六二年十月二十七日の朝、クレムリンの部屋には、いくつもの紙が重なっていた。ケネディへ送ったばかりの長い私信。海上検疫の報告。ソ連船の進路。キューバの基地。現地部隊からの通信。国防省の意見。外務の覚書。党幹部たちの顔。


フルシチョフは、そのすべてを一つの机の上で受け止めていた。


彼はすでに、出口を差し出していた。


キューバから攻撃兵器を引く。その代わり、アメリカは検疫を解き、キューバへ侵攻しないと約束する。ワシントンがそれを受けるかどうかは分からないが、少なくとも世界戦争を避けるための道は示した。威信は傷つくかもしれない。だが、戦争よりはましだった。


その手紙は、降伏ではないはずだった。


キューバを守るための取引であり、アメリカを縛るための条件であり、核の賭けを、まだ外交の言葉へ戻すための出口であるはずだった。


会議室では、強硬派の将校が机を叩いた。


「アメリカは海を封鎖しています。偵察機を飛ばし、基地を晒し、国連で写真を振りかざしている。こちらが引けば、彼らは次も同じことをするでしょう。」


別の男が、低い声で反論した。


「こちらが引かなければ、次は空爆です。空爆の後は侵攻です。キューバだけでは済まない。」


「ならば、アメリカの脅しに屈するのか。」


「屈するのではない。核戦争を避けると言っている。」


言葉は重なり、煙草の煙は天井へ溜まり、机の上の地図には赤い印が増えていった。フルシチョフは黙って聞いていた。彼の頭の中には、ワシントンの返事だけではなく、ハバナの夜があった。


そこへ、通信担当の男が入ってきた。


暗号電文である。


アレクセーエフ大使館から、緊急。


フルシチョフは封を切らせた。


読み始めた男の声は、最初は事務的だった。だが、数行進むうちに声の調子が変わり、会議室の誰もが、紙の中にただの報告ではないものがあると気づいた。


二十四時間から七十二時間以内。


攻撃はほぼ切迫。


限定的な空爆。


全面的な侵攻。


キューバ人民は英雄的に抵抗する。


そして、侵攻された場合、帝国主義者がソビエト連邦へ核の先制攻撃を仕掛ける機会を持つ前に、その危険を取り除かなければならない。


読み上げが終わる前に、フルシチョフは紙を奪うように取った。


彼は自分の目で読んだ。


読めば読むほど、顔の色が変わった。


「馬鹿な。」


誰も答えなかった。


「私は、いま出口を送ったばかりだ。」


フルシチョフの声は、怒鳴り声というより、怒りを抑えようとして失敗した声だった。


「キューバを守るために、アメリカから不侵攻の約束を引き出そうとしている。検疫を解かせ、ミサイルを引き、その代わり島を攻めさせない道を示した。そこへ、フィデルは何を送ってくる。侵攻されるなら核で先に消せ、と言っているのか。これでは、ケネディへ差し出した出口の下で、彼が火をつけているようなものではないか。」


会議室の空気が凍った。


フルシチョフは、カストロを臆病者だとは思わなかった。


むしろ逆だった。


勇敢すぎる。


殉教に近すぎる。


キューバが滅びるなら、その滅びを世界革命の火柱に変えようとしている。フルシチョフにはそう読めた。カストロにとっては、島を交渉札にしないための叫びだった。だが、モスクワの机の上では、その叫びは世界戦争への入口に見えた。


キューバが燃えれば、世界も燃える。


その覚悟は、ハバナでは尊厳に見える。


モスクワでは、制御不能に見えた。


「フィデルは、われわれを墓場へ連れていくつもりか。」


その言葉は、ハバナへは届かない。


カストロは聞かない。


ゲバラも聞かない。


アレクセーエフ大使も、まだその生の反応を知らない。


モスクワの部屋の中でだけ、その言葉は煙草の煙と紙の匂いの中に落ちた。


だが、怒りは長く続かなかった。


怒りが引いた後に、別の感情が来た。


恐怖だった。


フルシチョフは、もう一度手紙を読んだ。


二十四時間から七十二時間。


それは、ただの脅しではないのかもしれない。フィデルは演説のために書いているのではない。ハバナでは本当に、二十四時間から七十二時間以内に攻撃が来ると見ている。グアンタナモの動き、海上封鎖、偵察機、アメリカ軍の準備、その断片を全部つなぐと、彼らにはそう見える。


モスクワの地図では、キューバは赤い印にすぎない。


だが、その赤い印の中に、レーダー室があり、対空陣地があり、港があり、診療所があり、恐怖で眠れない兵士たちがいる。


フルシチョフは、椅子に座り直した。


彼が始めた賭けは、もう彼の机の上だけにはなかった。


「会議を続ける。」


彼は低く言った。


「第一の手紙で足りるのか、それを考え直す必要がある。」


誰も反論しなかった。


カストロへの返事は、まだ書けなかった。


書けば、怒りと説得の手紙になる。彼に、核戦争とはキューバだけが英雄的に滅びる話ではなく、ソ連も、アメリカも、ヨーロッパも、名も知らない都市もまとめて焼く話なのだと書かなければならない。


だが、その前に決めるべきことがあった。


ケネディへ差し出した出口を、そのままにするのか。


それとも、出口に別の値段をつけるのか。


会議室の窓の外で、モスクワの朝は白く曇っていた。


ハバナはまだ遠い。


だが、その遠さは、もう安全ではなかった。


※※※※※※※※※※


ハバナには、まだ何も返ってこなかった。


送信は終わった。


モスクワへ届くはずだと、大使館は言った。


だが、読まれたのか、どう受け取られたのか、フルシチョフが怒ったのか、理解したのか、恐れたのか、カストロには分からない。


革命宮殿へ戻った時、夜はさらに深くなっていた。


カストロは地図室へ入った。ゲバラもついてきた。机の上には、さっきまで白い紙があった場所だけが残っている。紙が消えても、部屋は軽くならなかった。


「届いたと思うか。」


カストロが言った。


ゲバラは窓の外を見た。


「届くだろう。」


「読まれると思うか。」


「読む。」


「理解すると思うか。」


ゲバラはすぐには答えなかった。


「理解はする。」


「それで。」


「理解したうえで、恐れる。」


カストロは椅子に座らなかった。


「味方を恐れさせる手紙か。」


「味方だから恐れる。」


ゲバラは低く言った。


「敵なら、ただ怒る。味方は、こちらの本気を知ってしまう。」


カストロは黙った。


外では、また電話が鳴っている。誰かが報告を持って廊下を走る。グアンタナモ、港、飛行場、対空陣地、診療所。島のあらゆる場所が、まだ何かを待っていた。


手紙を書いても、世界は止まらなかった。


むしろ、動き始めていた。


※※※※※※※※※※


一九六二年十月二十七日の朝が、キューバ東部に近づいていた。


ソ連軍の防空陣地では、兵士たちが眠れないまま機材の前に座っていた。湿気が制服にまとわりつき、レーダー室の空気は熱と汗と金属の匂いで重くなっている。


命令は、何度も確認されていた。


挑発に乗るな。


アメリカ軍を刺激するな。


不用意に撃つな。


だが、命令は紙に書かれている。


恐怖は身体の中にある。


兵士たちは、連日の偵察飛行を見ていた。空から覗かれ、基地の位置を知られ、写真に撮られ、世界の議場で晒される。アメリカの低空飛行は地上の神経を削り、グアンタナモの動きは東の夜をさらに硬くしていた。


誰も、明日もこの陣地が残っていると信じきれなかった。


レーダー手が、画面の前で身を乗り出した。


点が入った。


小さい。


だが、確かだった。


「機影。」


誰かが顔を上げる。


「高度は。」


数字が読み上げられる。


「進路は。」


沈黙。


点は、ゆっくりと近づいていた。


基地へ。


島の内側へ。


彼らが守るべき場所へ。


指揮官は、命令書を見た。


撃つな。


刺激するな。


その文字は読めた。


だが、彼の耳には別の声が聞こえていた。


撃たなければ、明日には焼かれる。


撃てば、戦争が始まるかもしれない。


撃たなくても、戦争はもう始まっているのではないか。


レーダーの点は動き続けた。


まだ、誰も発射命令を出していない。


まだ、空には火柱は上がっていない。


まだ、世界は紙一枚分だけ、こちら側に残っていた。


だが、一九六二年十月二十七日。


のちにブラック・サタデーと呼ばれる、人類史上もっとも長い一日が、静かに始まろうとしていた。

フルシチョフ書記長への書簡の裏側でアメリカとソ連の外交が動いています。当時のカストロはそのことを知りません。

しかし、その後最悪の事態がおきてしまいます。


次回、世界が滅亡に一番近づいたと言われるブラック・サタデーをソ連中心目線で描きます。


※更新は、月・木・土曜日(朝・夜)二回の週4話です。


次回は、月曜日の夜に投稿予定です。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しました。


改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)


改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿です!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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