13話(幕間)葉巻とカストロ
年始最初のゲバラとカストロです。
キューバに12人のみの生存で革命を起こすことになったカストロ。カストロは葉巻タバコ。ゲバラも喘息もちなのに葉巻。
なんかこへんあひそうてますけ。
1986年のカストロの回想からキュー危機にもどります。
m26 第3話 幕間:ジャングルの夜
一九八六年。
机の上の葉巻の箱が、やけに近い。
医者は淡々と言った。
「フィデル、肺が弱っている」
「このまま吸えば、あなたは先に倒れる」
先に倒れる。
腹が立つほど現実的だ。俺は笑いそうになって、咳になった。咳は止まらない。止まると胸が痛い。胸が痛いと昔が戻る。
俺は指で机を二回叩いた。癖だ。
頭の中が散らかったときにやる。
「禁煙する」
そう言うと医者が少しだけ目を丸くした。
「国のためだ」
俺は付け足した。言い訳みたいになるのが嫌で、すぐ続ける。
「……だが本当は、違う」
医者が黙る。続きを待つ黙り方。説教しない黙り方。
「昔、あいつが言った」
俺は言う。
「『虫にはこれが一番だ』ってな」
葉巻の箱が遠くなる。
窓の外は静かだ。静かすぎて、耳の奥が勝手に音を探す。探して――見つける。
湿った葉の匂い。
泥の匂い。
血の匂い。
ジャングルの夜。
焚き火は小さかった。小さくないと見つかる。
でも小さいと寒い。寒いと眠れない。眠れないと判断が鈍る。俺たちは眠れないほうを選んだ。
濡れた枝は煙を吐く。煙は目にしみる。
目を閉じると暗闇が牙になるから、閉じない。
ラウルが膝を抱えて座っていた。抱き方で分かる。痛みをごまかしてる。痛みってのは、見せた瞬間に負けると思い込むやつがいる。弟はそのタイプだ。
「……大丈夫だ」
ラウルが言った。こっちが聞く前に言う。そういう言い方は危ない。大丈夫じゃないやつの言い方だ。
俺は返事をせず、薪を一本足した。
返事をすると“弟”になる。今夜は“弟”を前に出したくない。
少し離れた場所で、ゲバラが背中を木に預けていた。
吸い口を握ってる。薬だ。喘息だ。
出せば楽になるのに、出さない。こいつは弱さを見せない。弱さを見せないまま、弱い。
「吸うのか」
ゲバラが言った。
俺は葉巻を出した。葉タバコじゃない。匂いが強すぎる。
葉巻は雑だ。雑で、現実に向いてる。
「虫が来る」
俺は短く言った。
「蚊ってのは、兵隊よりしつこい」
ラウルが小さく笑って、すぐ咳き込んだ。
笑うと痛い。痛いのに笑うのは、まだ折れてない証拠だ。
ゲバラは吸い口に指を添えたまま、俺を見た。
目だけが冷えてる。冷えてるのに、人を突き放さない。そこが面倒で、そこがいい。
「喘息だろ」
俺が言うと、ゲバラは短く返した。
「知ってる」
知ってるだけで終わらせるのが、この男だ。
俺はタバコを一本、ゲバラのほうへ差し出した。
押しつけない。引っ込めない。触れるか触れないかの距離に置く。
ゲバラはすぐ取らない。
取らないで、俺の指を見る。
医者の視線じゃない。人間を見る視線だ。
「……虫にはこれが一番だ」
軽く言って、ゲバラは取った。
軽いのに、胸にくる。こういう軽さはずるい。
火を貸す。火が移る。
ゲバラが一口だけ吸って、すぐ咳を飲み込む。出さない。出せない。出さない。
俺は言った。
「十二人だ」
チェが頷いた。ラウルが目を伏せる。
数字は、口に出すと重くなる。重くなったものは扱い方を間違えると潰れる。
「十二人で国を相手にする」
俺は言う。
「無理だと思うか」
ゲバラは少しだけ間を置いた。嘘を混ぜないための間。
「無理じゃない」
ゲバラが言った。
「……だが順番を間違えたら今度は間違えなく死ぬ。」
「順番?」
俺が問うと、ゲバラは煙を吐きながら言った。
「敵を間違えるな」
「目の前の兵隊を敵にしたら、兵隊の数に負ける」
「鎖を見ろ。鎖を握ってる手を見ろ」
鎖。
昼の会話の続きだ。紙が来て、名簿が来て、村が死ぬ。撃たなくても死ぬ。
「バティスタは番人だ」
俺は言った。
「椅子に座ってるだけの王様だ」
ゲバラは頷く。合図みたいに速い。
「鎖の先は」
ゲバラが聞く。
俺は答える。短く。説教にしないために。
「金だ」
「ちんけな利益だ」
虫がまた耳元で鳴った。
チェが眉を寄せ、煙を強く吐く。虫が少し離れる。
「……医者は、病気と戦えばいいと思ってた。」
ゲバラが言った。
「違った。病気を生む距離と戦わないと負ける。」
その言い方に、俺の腹の底が熱くなる。
こいつは自分の肺を抱えたまま、世界の肺まで守ろうとしている。馬鹿だ。だから隣に置きたい。
遠くで枝が折れた。
音が硬い。人間の音だ。
俺たちは黙った。
火を落とす。煙を殺す。呼吸だけを揃える。
ラウルが小さく囁く。
「……来る?」
ゲバラが吸い口を握り直す。
咳を飲み込み、目だけで俺を見る。
決めろ。
その目が言っている。
俺は唇だけ動かした。声は出さない。
声を出したら、恐怖が形になる。
形にしないまま、だまる。
そして不完全なまま、俺達は朝を迎える。
「さらに南へ行く。」
俺は言った。
「村へ。顔を見に行く。」
ゲバラが頷いた。
頷きが、返事の代わりになる距離だった。
街を見つけました。
このあたりはかなりフィクションです。
なのでキューバ革命に対するカストロと、ゲバラの違いをんじてもらえたらと今ふで滑らせてます。




