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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
引き裂かれる星条旗【後編】~肌とベトナム~
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134/214

133,それぞれの1968年春

事実は一つでもそれを受け止める人の背景や生き方、考え方により全く違う物語になってきます。

今回はベトナムをめぐるいくつかの物語を紹介します。

一九六八年、春。


現実は、一つだった。


爆弾は落ちた。

人は死んだ。

土地は奪われた。

徴兵通知は届いた。

政府は嘘をつき、若者は怒り、家族は息子の帰りを待った。


だが、その現実の見え方は、人によって違っていた。


人は、何も持たずに世界を見るわけではない。


育った土地があり、信じてきた神がある。

失った家があり、守りたい家族がある。

受けた屈辱がある。

恐れている未来がある。

そしてそれぞれが、背負っている国がある。


背景が、現実の見え方を変える。


見え方が変われば、意味が変わる。


意味が変われば、人はそこに物語を作る。


そして物語は、人を束ねる。


祈る人々を束ねる。

怒る人々を束ねる。

失った人々を束ねる。

見捨てられることを恐れる人々を束ねる。


一九六八年のアメリカと世界は、政治だけで割れていたのではない。


外交だけで割れていたのでもない。

経済だけで割れていたのでもない。


物語で割れていた。


※※※※※※※※※※


ジョンソンは、机の上の草稿を見ていた。


和平。

北爆。

責任。

国民への説明。


彼には、国家をまとめ直す物語があった。


貧しい者に手を伸ばす。

黒人に投票権を与える。

老人に医療を届ける。

南部の貧しさを、連邦の法律で押し返す。


彼は、それを本気で信じていた。


北部の理想家ではない。

テキサスの政治家だった。


議会の腕力も知っていた。

南部の反発も知っていた。

白人の怒りも、黒人の屈辱も、貧しい家の食卓も知っていた。


だからこそ、法律を通せた。


だが同じ手で、彼はベトナムを大きくした。


国家を一つにするはずの大統領は、国家を二つに割る戦争の顔になっていった。


ジョンソンは悪人ではなかった。


けれど、死者の責任から逃げられるほど小さな男でもなかった。


※※※※※※※※※※


マクナマラは、別の机に移っていた。


国防総省ではない。

世界銀行だった。


春、彼は戦争の机を離れ、貧困と開発の机に座った。


そこにも数字はあった。


人口。

食料。

教育。

融資。

道路。

水。

飢え。

乳児の死亡率。


かつて彼は、数字で戦争を見ようとした。


今度は、数字で貧困を見ようとしていた。


同じことだったのかもしれない。


あるいは、まったく違うことだったのかもしれない。


ただ一つ、違っていたことがある。


その数字の向こうに、彼はもう死者を見ていた。


ベトナムで失われた命。

説明できなかった判断。

止められなかった戦争。

押し切れなかった大統領。

自分が信じた合理の限界。


彼は、それを声高に語ったわけではない。


世界銀行の仕事は、懺悔室ではなかった。


だが、貧困を減らすこと。

飢えを減らすこと。

開発という言葉で、世界の別の傷に手を伸ばすこと。


そこに、彼なりの贖罪が混ざっていなかったとは言い切れない。


一九九二年、彼はハバナでカストロと向き合うことになる。


一九九五年、彼はベトナムについて、自分たちは間違っていたと書くことになる。


だが、一九六八年の春、その言葉はまだない。


ただ、マクナマラは国防総省を去った。


そして、世界の貧しさという、別の戦場に向かった。


※※※※※※※※※※


キングは、教会の空気の中で同じ戦争を見ていた。


彼の背後には、黒人教会があった。


バスに乗る権利を求めた人々がいた。

投票所の前で追い返された人々がいた。

殴られても、祈りながら歩いた人々がいた。


彼の言葉は、ただ黒人だけに届いていたわけではない。


反戦の学生にも届いた。

貧しい白人にも届いた。

戦争に息子を取られた母親にも届き始めていた。


彼にとって、ベトナムの爆弾は遠いアジアだけに落ちているのではなかった。


貧しい街にも落ちていた。

黒人の家庭にも落ちていた。

削られていく福祉予算にも落ちていた。


戦争と差別と貧困は、別々の問題ではない。


同じ国の、同じ傷だった。


だから、彼は反戦を語った。


それは、兵士を憎む言葉ではなかった。

アメリカを捨てる言葉でもなかった。


自由を語る国が、貧しい若者を戦場へ送り、遠い国の村を焼き、自分の街の貧しい者を置き去りにしている。


その矛盾を、彼は見ていた。


非暴力は、弱さではない。


殴られない道ではない。

殴られても、殴り返さない道だった。


その道に、人々は集まった。


苦しみを、憎しみに変えずに立つために。


一九六八年四月四日。


キングは、メンフィスのロレイン・モーテルで撃たれる。


撃った男は、白人の怒りと逃亡生活の果てに、その場所へたどり着いた。


キングの物語は、そこで終わらなかった。


撃たれたことで、さらに大きな物語になっていった。


※※※※※※※※※※


ビリー・グラハムは、聖書を開いていた。


彼は、アメリカの福音派を代表する伝道者だった。


その声は、教会の中だけに届いていたわけではない。


ラジオに乗った。

テレビに映った。

大統領の耳にも届いた。


白人中産階級の家庭にも届いた。

兵士を送り出した母親にも届いた。

日曜の礼拝に座る人々にも届いた。


彼もまた、祈る男だった。


兵士のために祈った。

家族のために祈った。

アメリカのために祈った。


彼の目に映る共産主義は、単なる政治思想ではなかった。


神を否定するもの。

家族を壊すもの。

自由を奪うもの。


そう見えていた。


だから、遠いベトナムの戦争は、信仰の外側にある問題ではなかった。


神なき共産主義との戦い。


その言葉は、複雑な地図より分かりやすかった。


誰が南ベトナム政府を支えているのか。

誰が土地を持ち、誰が奪われたのか。

どの村がどちらを恐れているのか。


そうした複雑さよりも、日曜の説教に近かった。

母親の祈りに近かった。

星条旗の前で頭を垂れる家族の姿に近かった。


だから、人々に届いた。


届いた言葉は、やがて票の空気も作っていく。


一九六八年十二月。


グラハムは南ベトナムへ向かう。


クリスマスの日、戦場の兵士たちの前で祈るために。


彼は政治家ではなかった。


だが、祈りの言葉が政治の外にあるとは限らなかった。


※※※※※※※※※※


ロバート・ケネディは、遅れて痛みに近づいていた。


彼は、最初から反戦の聖人だったわけではない。


兄の政権の影があった。

キューバをめぐる工作の記憶もあった。

冷戦の強硬な言葉とも無縁ではなかった。


それでも彼は、変わろうとしていた。


一九六八年三月、彼は民主党の大統領予備選に出る。


ジョンソンに挑むことは、簡単ではなかった。


遅すぎると言う者もいた。

便乗だと言う者もいた。

反戦票を割るだけだと言う者もいた。


それでも彼は、出た。


黒人の怒りを聞いた。

貧しい白人の家に入った。

移民の子供たちの顔を見た。

戦争に疲れた若者たちの声へ近づいていった。


彼の物語は、やり直しの物語だった。


アメリカはまだ変われる。

痛みに近づけば、もう一度まとまれる。

兄の死で止まった未来を、別の形でつなげられる。


その物語は、反戦の若者を引き寄せた。


黒人の一部を引き寄せた。

都市の貧困層を引き寄せた。

移民を引き寄せた。

理想を捨てきれない白人リベラルも引き寄せた。


彼は、勝利だけを語ったのではない。


喪失を語った。

傷を語った。

それでも国はやり直せると語った。


だから、人々は彼に未完成の未来を見た。


だが、その物語も長くは続かなかった。


一九六八年六月五日。


カリフォルニア予備選の勝利演説を終えたあと、彼はロサンゼルスのアンバサダー・ホテルの厨房通路で撃たれる。


撃った男は、パレスチナに生まれ、ケネディのイスラエル支持への怒りを、自分の銃に込めた。


アメリカの物語は、また別の遠い土地の物語と衝突した。


ロバートのやり直しの物語は、そこで止まった。


けれど、止まったからこそ、失われた未来として残った。


※※※※※※※※※※


ウォレスの集会には、熱があった。


怒号。拍手。笑い。

罵声。旗。


そこにいた人々は、自分たちが悪だとは思っていなかった。


彼らは、置き去りにされたと感じていた。


北のエスタブリッシュからは南部は笑われている。

連邦政府が踏み込んでくる。

大学生が秩序を壊す。

リベラルが田舎を見下す。

黒人ばかりが優遇されている。


そう信じていた。


ウォレスは、その怒りの言葉を知っていた。


貧しい白人の悔しさ。

南部の屈辱。

都市暴動への恐怖。

ワシントンへの反感。


それらを、彼は一つの物語にした。


自分たちの国を取り戻す。


その言葉は、南部白人だけに届いたのではない。


北部の白人労働者にも届いた。

秩序を求める家庭にも届いた。

テレビに映る暴動に怯える人々にも届いた。

連邦政府の言葉を、自分たちへの侮辱として聞く者たちにも届いた。


怒りは、敵の名前を得た瞬間に票になった。


黒人。連邦政府。

リベラル。大学生。

ワシントン。


彼らは、ウォレスをポピュリストであり陽動政治家という。

現実はもっと複雑だった。


貧しい白人もいた。

貧しい黒人もいた。

連邦政府がなければ守られない命もあった。

連邦政府によって傷つく誇りもあった。


だが、複雑さは演説会場では勝てない。


ウォレスは、最初から怪物だったわけではない。


貧しさを知り、選挙を知り、地方の人間がワシントンに抱く反感を知っていた。


けれど、彼は怪物の言葉を選んだ。


一九六八年、彼はアメリカ独立党の旗を掲げる。


共和党でもない。

民主党でもない。

第三極だった。


その旗の下に、怒りが集まった。


南部の白人保守が集まった。

北部の白人労働者の一部が集まった。

治安を求める人々が集まった。

連邦政府への反発を抱く人々が集まった。


そしてその年の秋、彼はカーチス・ルメイを副大統領候補に選ぶ。


第二次世界大戦の空爆を指揮し、空軍参謀総長を務めた男だった。


ルメイの名は、ウォレスの物語に別の硬さを与えた。


秩序。

力。

軍事。

ためらわないアメリカ。


ウォレスの怒りの物語は、ルメイの強硬な軍事の物語と結びついた。


一九六八年十一月。


ウォレスは大統領選に敗れる。


だが、敗れたと言い切れるほど小さな結果ではなかった。


彼は第三極の候補として南部を奪い、四十六人の選挙人を得る。


彼は勝たなかった。


だが、無視できない物語を残した。


一九七二年五月十五日。


ウォレスはメリーランド州ローレルでの遊説中に撃たれる。


撃った男は思想家ではなかった。

有名人を撃てば、自分も物語の中に入れると信じた若者だった。


ウォレスは一命を取り留める。


だが、彼の体には銃弾の結果が残った。


そして、彼が束ねた怒りの物語は、そこで終わらなかった。


※※※※※※※※※※


フロリダには、キューバから逃れてきた人々がいた。


食卓には、島の料理が残っていた。

壁には、古い写真が残っていた。

引き出しには、もう戻れない家の鍵をしまっている者もいた。


彼らは、みな同じではなかった。


農園を持っていた者がいた。

店を持っていた者がいた。

専門職だった者がいた。

政権に近かった者がいた。

ただ、家族を守るために海を渡った者もいた。


だが、多くの者に共通していたのは、祖国を失ったという感覚だった。


彼らにとって、カストロは祖国を奪った男だった。


土地を奪った。

店を奪った。

家族を分けた。

戻る場所を奪った。


それは本当だった。


だが、その祖国は、革命の前からすでに傷ついていた。


アメリカの金。

砂糖。

カジノ。

軍事。

土地をめぐる不公平。


キューバは、カストロが現れる前から、誰かの利権に巻き込まれていた。


彼らは反革命だったのか。


それとも、革命の前から始まっていた奪い合いの、別の被害者だったのか。


彼らにも、彼らの物語があった。


失った祖国を取り戻す物語だった。


その怒りは、海を渡ったあとも消えなかった。


※※※※※※※※※※


ハバナでは、カストロが別の孤独を見ていた。


彼には、彼の物語があった。


キューバを、もう誰かの裏庭には戻さない。


アメリカに押し潰されたくない。

ソ連の駒にもなりたくない。

この島を、自分たちの手で動かしたい。


それは、若い革命の誓いだった。


だが、現実はきれいではなかった。


小さな国が二つの大国の間で立とうとすれば、片方に寄らずにはいられない。


選べるようで、選べなかった。


そして、ゲバラは死んだ。


革命は世界へ広がるはずだった。

国境を越え、貧しい者たちを立ち上がらせるはずだった。


だが現実は、国境と軍事と外交の中に押し込められていった。


カストロは失望した。


それでも、誓うしかなかった。


この国は、自分たちでやる。


たとえその自由が、別の不自由を連れてくるとしても。


彼にとって、それは独裁の物語ではなかった。


少なくとも最初は、小国が生き残るための物語だった。


そしてその物語もまた、長く残る。


島を越え、海を越え、怒りと憧れの両方を連れて。


※※※※※※※※※※


サイゴンの役所では、南ベトナムの役人が書類に判を押していた。


彼は大統領ではない。

将軍でもない。

歴史の本に名前が残る人物でもない。


だが、彼の机にも戦争は来ていた。


村の名簿。

道路の修理。

米軍との会議。

警察への連絡。

避難民への対応。


紙の上の仕事は、どれも小さかった。


だが、その一つ一つが、自分と家族の命につながっていた。


彼は、アメリカの理想を信じ切っていたわけではない。


自由。

民主主義。

反共。


そうした言葉を、まったく信じていなかったわけでもない。


だが、それ以上に彼は知っていた。


共産側が来れば、自分も家族も無事では済まない。


だから、アメリカと共にやってきた。


会議に出た。

通訳をした。

名簿を作った。

命令を伝えた。

米軍の車を迎えた。

アメリカの言葉を、ベトナムの村へ運んだ。


アメリカにとって、彼は防波堤の一部だった。


南ベトナム政府の腐敗を批判することは簡単だった。


実際に、腐敗はあった。

無能もあった。

アメリカの都合に寄りかかった部分もあった。


それでも、その中には生活している人間がいた。


防波堤にも家族がいる。


ワシントンが疲れれば、海の向こうの同盟国は帰っていくかもしれない。


だが、自分たちは帰れない。


アメリカと共に歩いてきた時間は、記録に残る。

名前も残る。

顔も知られている。


もしアメリカが手を離した時、自分たちは誰の国に残されるのか。


彼の物語は、自由の物語というより、見捨てられないための物語だった。


その不安もまた、この国だけのものでは終わらない。


※※※※※※※※※※


アメリカ兵の手には、徴兵通知があった。


彼は戦争を始めていない。


北爆を決めていない。

地図に線を引いていない。

和平交渉を遅らせていない。


ただ、通知を受け取り、訓練を受け、海を渡った。


祖国は自由を守れと言った。

上官は任務を果たせと言った。

家族は無事に帰れと言った。


彼は、その全部を背負ってジャングルに立った。


誰かの物語の最後の場所に、自分の体が置かれている。


そんなことを、最初から分かっていたわけではない。


ただ、目の前には任務があった。

隣には仲間がいた。

遠くには帰りたい家があった。


それが、彼の世界だった。


彼もまた、悪人ではなかった。


だが、悪人ではない若者の手にも、銃は握らされた。


※※※※※※※※※※


ベトナムの村には、農民がいた。


彼はドミノ理論を知らなかった。


封じ込め政策を知らなかった。

ワシントンの選挙も、モスクワの思惑も、北京の計算も知らなかった。


知っていたのは、田の水だった。

家族の顔だった。

先祖の墓だった。

夜に聞こえるヘリの音だった。


アメリカには、自由の物語があった。


グラハムには、信仰の物語があった。

キングには、貧困と反戦の物語があった。

ロバートには、やり直しの物語があった。

ウォレスには、奪われた国を取り戻す物語があった。

キューバ移民には、失った祖国の物語があった。

カストロには、小国の主権の物語があった。

南ベトナム政府には、見捨てられる恐怖の物語があった。


だが、彼には家があった。


それだけだった。


そして戦争は、その家の上にもやって来た。


※※※※※※※※※※


現実の衝突だけなら、まだ交渉できたのかもしれない。


土地。

金。

軍事。

安全保障。

選挙。

徴兵。


それらは重くても、まだ形があった。


だが、そこに物語が重なった。


自由を守る物語。

神を守る物語。

国をやり直す物語。

奪われた国を取り戻す物語。

祖国を失った物語。

自分たちの国を自分たちでやる物語。

見捨てられないための物語。

家族のもとへ帰る物語。

ただ家を守りたいだけの物語。


物語は、人を立たせる。


同時に、人を引き返せなくする。


みんな、自分の物語を信じていた。


だからこそ、誰も簡単には降りられなかった。


みんな悪くなかった。


けれど、誰も無関係ではなかった。

物語は平和を生み、時には憎悪を生みます。

アメリカ編も佳境です。


※更新は、月・木・土曜日(朝・夜)二回の週4話です。

次回は、木曜日の夜、投稿予定です


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。


改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)


改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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