11.予算?思考を尽くす生徒会室①
昨晩資料作りに励んだお陰でオレもカイもすっかり寝不足状態だったが、気持ちとしては上々で、この日の放課後を迎えていた。
カイは、アドリブが得意なタイプではない。抜け目ないシズル対策として、「なぜ?」で一緒に深掘りをして考える所から始めることにした。
この世界に付箋なんていう便利なものはないため、小さく切った紙を並べて、要素を一つずつ書き起こす。机に散らすように書き出してからグループ化したり、順番通り並べて見て検討したり。
雑多なメモ書きが並んでいく状況にカイは最初不思議そうにしていたが、メモを動かしながら整理を進めると、得心が行った表情となって行った。
「こんなやり方は初めて見た。王宮の教育係もやっていなかったし、ヴォイド先生も知らないんじゃないか?」
「まぁ、直接的にこのやり方ではやらないかも知れませんね」
付箋とホワイトボードを使い、なんならそれすらPC上でやっていた手法だが、道具がないなりに似たようなやり方で考えをまとめている人がこの世界に居ても驚かない。
「ハヤテは前世というところで、教師だったのか?」
「まさか。ただ、先輩や上司に教えてもらったことを、後輩に教えた経験があるだけです」
「教師じゃなくても、教えることがあるのか……?」
「えぇ、まあ。うーん……そうだ。庭師のジャンが、アイシーに仕事を教えてますよね。マーベルさんも、カリナに仕事を教えてたり。そういう風に、一緒に働いてる人に教える場面があるんですよ」
例を出すとやっと、カイも納得したようだった。確かに王立学園には部活動もないし、カイは年下ともあまり交流がないようで、後輩等に何かを教えるということが想像の埒外だったのかもしれない。
オレの特殊スキルだと思われても困るので、
「いずれカイ様も、誰かに教える立場になる日が来ますよ」
とだけ伝えておいた。
オレは正直、前世で資料作りは苦手な分野だった。
どうしても大学時代の資料を投影しながらの発表や、レポート提出を思い出してしまい、点数を付けられるような感覚から抜けさせなかったのが理由の一つ。
大学受験の勉強では、自由解答の内容でも模範解答が用意してあったものだ。丸暗記ではなくても、ある程度事前に答え合わせをした経験則でテストは解ける。
しかし大学生になったら、自分で考えろ、自分で調べろ、自分で表現しろと言われてしまう。少人数ゼミでの発表ならいざ知らず、通常授業では大したフィードバックも貰えないままよく分からずに評価がされるのだ。
後から思えば、評価理由や具体的なフィードバックが気になるのなら自分から教授に聞きに行けば良かったものの、「聞きに来てくださいね」とまで言われないと、そんなことも思い付かない学生だった。
そんなこんなで社会人になったオレは、作り込んだ資料で評価をされることに怯えて、チョロッとした資料しか用意せずに発表に臨むことが多かった。
当然、当時の先輩であるオレのメンターや上司には、真面目系クズのような、扱い難い新卒だと思われただろう。
「この内容、話していた時より薄くなってるのはどうしたんだ?」
「いやぁ、蛇足かなと思って……」
「でも、発表で質問されたら答えてただろ?」
「ハイ……」
「資料に入れる時間や、調査の時間が足りなかった?」
「……ほんと、スミマセン」
「違う違う。別に怒りたい訳じゃないし、詫びなくていい。疾風はさ、アウトプットが下手なんだよ。俺も昔はそうだったから、何処から一緒に考えられるかと思って、確認してるだけだ」
この先輩は割とすぐ転職してしまったが、社内にも社外にも一貫した姿勢と人柄で、“売れる”営業マンだった。正直オレに付き合わせるのが申し訳ないと思うことも多かったが、どんな状況でも前向きな態度を崩すことはなく、いつしかオレも拗ねたり恥ずかしがったりしている場合じゃないな、と目が覚めたのを覚えている。
「資料作りや準備はサボるな。面倒臭いが、手間を掛けた分だけ知識も身に着くし、ちゃんと作ったモノなら先々応用して使い回せる。その場凌ぎの片手間でその都度チョチョッと変な資料作ってる時間も、合計するとなかなかのモンになるからな。しかも肝心の成果は付いてこないし」
中堅となり、営業成績も求められつつ、後輩や部署内のマネージメントも任され始めた先輩は、めちゃくちゃ忙しい人だった。その人が効率を上げるためにやっていたことを、惜しまず教えてくれる。真似出来るわけないだろ、とハナから反発したい気持ちもあったが、やらない訳にはいかないと思わせる熱量だった。せめて、素直に取り組んだ結果として文句を言うべきだと。
先輩と過ごした時間は短かったが、そのお陰で営業資料でも社内のプレゼンでも、オレは少しだけ目線(上司はよく『視座』と言っていた)を上げて、資料の出来より使い方を考えられるようになっていった。
昨夜カイに伝えたことは先輩からの受け売りばかりで、パクリみたいなものではあったが、オレが生み出した秘術ですとは言わなかったので許されたい。




