04.招待!第四王子とその事情⑤
部屋に戻ると、気にしていた様子のカイがこちらを見た。
「すぐ分かったか?」
「え?――――あぁ、トイレか。ハイ」
メイドを呼べば良かったのにと言われ、そう言うものなのかと思う。
客人が勝手に廊下をウロウロしていて、二重の意味でマーベルを驚かせてしまっていたのか。
「手が足りてないように見えていたら、申し訳ない。側近のこともだが、うちの屋敷は少し人数が少ないんだ」
先ほどシズル側との比較を聞いたばかりだから、そうかと納得しそうになるが、いやいや、と否定しておく。
「オレは寮生活なんで、色々手伝ってもらうのが逆に申し訳ないっていうか、くすぐったいです。メイドさん達、明るくて親切ですね」
「あぁ。皆が親切な分、俺は王宮にいた時と感覚が変わらないところがあるみたいだ」
「何かまずいんですか?」
「屋敷の主人としての自覚や、指導力のようなものも、本当は必要なんだ。今はマーベルに任せきりになっていて……」
マーベルは、見たところ三十半ばは超えてそうなベテラン感がある。
自分なら倍以上の年齢の女性が仕切っている所に、十五歳で口を出すのはなかなか厳しいんじゃないかと感じるが、王子ともなるとそうは言ってられないんだろう。
カイの悩みは分かる気がしたが、先ほどのメイド達の様子を見ただけに、モヤモヤした気持ちになる。
「分かってるだけでも、十分だと思いますけどね。下にいる人間が上司に求めるのって、カリスマ性だけとは限らないんで」
カイが理想として描いているのは、もしかしたら生徒会長のシズルのようなイメージなのかもしれない。
しかしメイド達は、カイの感情が読めないことに困惑しているようだった。その上で、自分たちの役割としてカイの期待することに応えられているのかを不安に思っている。信頼や安らぎがあるのなら、もっと学校での様子が漏れて聞こえる筈なのに、と。
オレも、ゲームでのキャラクターを知らなければ、何を考えているか分かりにくいと感じていたかもしれない。
公示のことを聞けば尚更、よく分からないからこそ、何か腹に一物あるんじゃないか、なんて穿った見方をした可能性もある。
カイは、ゲーム通りなら裏があるような人物ではないはずで、その前提から見ると、ただただおっとりした性格なんだな、と感じた。
良いも悪いも、口に出さないと伝わらないことがある。そしてカイがそれをいちいち口にしないのは、気付かない訳じゃなく、気付いた上での配慮が多分にあるんだろう。
今までは、もしかしたら側近達がそれを言語化してくれていたのかもしれない。
「それなら、メイド達は何を求めていると思う?」
「言葉、じゃないですか」
「言葉……」
「オレだったら、上司が何に怒って、何に喜ぶのか、まずはそういうのを知りたいですけど」
前世の職場では、上司が変わることはよくあった。急な退職や人事異動は日常茶飯事で、そう言う時に上司を当たりだと思えたケースは、大抵上司が自分の価値観を伝えてくれるタイプかどうかだった。
その上で気分で態度を変えず、指示にも理由や背景が明確だと、仕事がし易かった。
また、自分が考えを言語化することを大事にしているタイプは、部下の声も聞こうとしてくれる。
オレは自分の感情や状況を言語化するのが苦手なタイプだったから、新卒の頃は苦労したなと思い出す。
「マーベルさんも、他のメイドさんも、よく気付いてくれて親切ですよね。だからカイ様も、任せて何も言わないんだと思いますが、信頼して任せてくれてるのかどうかなんて、言われないとわからないです」
「そうか……そうだな」
カイの気遣いも、思慮深さも、王族であり公示があった立場というだけで、こんなにも見え辛くなってしまうのか。
身分制度があるだけに、距離を詰めることがただ単にコミュ力だけの問題では済まない、というのは理解できる。
「側近って重要なんですね。――――当然知っていただろうに、全員一気に居なくなったんですか?」
「ああ。王位継承順が変わる直前、三人は突然王立学園への入学を辞退し、王宮からも去ってしまった。違和感はあったのに、あの時俺が少しでも動けていたら何かが違ったのかもしれない」
「それは、公示より前に、全員一緒に?」
「ああ。同じ日ではなかったけど、ほぼ同じ時期だ。俺の王位継承順のことで、彼らに影響を与えたのが申し訳ない気がして」
「本当にそうですか?」
「?」
「俺だったら、それだけで急に判断するなんて、できないと思って。だって、仕事って食うためのものでしょう?カイ様が明日から平民になるから解雇されるって話ならともかく、変わらず王子様じゃないですか。何より、カイ様より先に公示のことを知ってたことになる。オレには王宮のルールが分からないけど、何か理由があったように思う。それが得なのか損なのか、意味があるのか、きっと考えて決めたんでしょう」
「それでも、第五王子の婚約についてはもっと前から話があった。俺の将来に元々絶望したと言うことじゃないのか?」
「それもあり得るだろうけど……だとしたら、急な気がするって話です。公示があって、此方へ移るまでの間に、雇われてる側がそんないきなりは動けないでしょう。転職活動は時間が掛かる」
「てんしょく活動?」
「いや、まあ、とにかく。此処のメイドさんや庭師さん見ても思ったけど、カイ様のこと慕ってる人も多そうだし、そんなに悪い主人じゃないんだと思います。だから、いない人のことより、今いる人とか、足りないところをどう補うかを考えた方が良いんじゃないですか」
カイは、やはり噛み締めるように静かに頷く。
この世界のことは、ゲームで切り取られていた断片的な部分しか知らないし、平民暮らしとは違う貴族社会のことも分からない。
それでも分かったような口を利いてしまって、少しの後悔はある。
"ひと言遅い”というのは、ゲームにもあった設定だ。
カイのゆったりと考える癖に、主人公が苛立つシーンがあった気がする。
でも実際に目の当たりにすると、軽はずみに――オレのように――話さず、熟考している様子に誠実さを感じられた。
「持論ばかりで、テキトー言ってすみません。でもオレは、」
「いや、分かってる。ありがとう。一人で想像してみても、自分の無力さに後悔するだけで進歩がなかった。確かに今の俺にも、使用人は皆親切だし、学友にも恵まれている。出来ることは、まだあるな」
静かに、しかしキッパリと、カイは何かが吹っ切れたような顔でそう言った。




