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04.招待!第四王子とその事情③

「カイ様には、同い年の子供が居なかったんですか?」

 本来居るはずの側近が不在だという理由が気になり、尋ねてみる。

カイは、首を振った。

「一緒に育った者が三名いたが、公示が出る直前から徐々に、皆王宮を去ってしまった」

「え。マジですか」

「全員、理由は言わなかったし、タイミングは少しずつ違っていたが、結局この屋敷に移るまでにな」

 公示があったのは、入学の少し前のことだったはず。王子の側近になるために育った十四、五歳の人間が、そんなに思い切った行動ができるだろうか。

あるいは、それをさせるくらい、王位継承順位の変更は意味が大きなことなんだろうか。

「そんな訳だから、急に側近を別から用意する訳にも行かなくて、警護の二人が俺の身の回りの様子まで見てくれているんだ」

 本来物理的な危険を排除するのが役目である警護担当なのに、直接的に危害を加えてくる訳じゃないが意図を持って近付く人間まで警戒させるのは、確かに難しそうだなと感じる。学内平等を掲げているあの中で、制服姿の生徒に対して事前に危険かそうじゃないかを見分けるのは不可能に近いだろう。

 王子と育ち、専門の教育を受けて横に立つ側近は、警戒するにも角を立てず、クッション役となって諸々対応し、スムーズな学園生活を送れるようサポートするんだろう。

 思えば教室で、王子相手に何をどこまで言っていいのか、やっていいのか、迷っているクラスメイトは多かった。

オレは無遠慮に振る舞っていたが、これはたまたまカイが良い奴だから成立したに過ぎない。カイが不快に思ったなら、王族として非礼に対して罰することはできるのだ。

その辺の境界線を上手いこと調整し、円滑なコミュニケーションが出来るようにお膳立てするのも側近の仕事なんだろう。

「それなら本当に、マシュウさんとエリクさんには悪いことを言いました。後で謝らせてください」

 事情も知らずに軽率なことを言ってしまい、後悔しかない。プロとしての仕事をオレみたいな若造にとやかく言われて、さぞやムカ付いたんじゃないか。

カイの言う通り、クラス内で騒ぎが起こることもなく過ごせてきただけで、二人は十分な働きをしていたと言える。

 何処かでまだ、キャラクターとしての側面だけで簡単に判断してしまっていたのかもしれない。

オレの記憶は曖昧だが、カイやそれ以外の誰にも、この世界で積み上げてきた時間があり、事情がある。

「俺は怒っていないし、二人とも、先程話してきた」

「着替えてきた時ですか?」

「あぁ。」

 二人との会話を、カイは断片的に語る。


「オレ達の仕事は、間違っていたんでしょうか」

「ハヤテさんに言われて、正直ドキッとしたんです。隠しても仕方ないから言いますが、ジブンはシズル様付きだった頃の感覚のままやっていて、しっくり来ないと感じてたので」

「カイ様にも、伝わっていたんですよね」


「ーーーーお二人は、元からカイ様の担当じゃなかったんですか?」

「あぁ。側近がいない状況で学園生活を送る以上、学園内に詳しい警護が必要ということで、シズルが取り計らってくれたんだ。ただ、側近がいない状態の警護なんて二人はやったことがないのに、俺はそれを任せきりにしてしまっていた。どうするべきか、きちんと相談できていなかったのは俺の落ち度だ」

「無茶振りされて、キツかったでしょうね」

 突然転勤を言い渡された先で、上司の方針が違ったり、チームの構成が違うのに、上司からは好きにやって良いと丸投げされる、みたいな感じだろうか。

 素直にマシュウとエリクに同情すると、カイは一瞬意外そうな顔をして、笑った。

「え、何か変なこと言いました?」

「ハハ、いや、ハヤテはやはり面白いなと思って」

「どちらかと言うと、つまんない奴だと言われてきた方ですが」

 前世では、という言葉を飲み込みながら答える。

「俺は最初会った時から、ハヤテのことは面白いと思っていた。ハヤテは、気にせず色々話してくれるだろう?」

「まあ、そういう無礼なところがあるのは認めます」

良い風に受け取られていて何よりだが、ただ単にどう振る舞って良いのか、感覚が分からないに過ぎなかった。

 隣の席で同じ授業を受けているのに、王子様相手にどう気遣うべきかが分からず、まだ知り合ったばかりの同僚に話しかけていた感じで良いかと諦めたのだ。

マシュウもエリクも、得体の知れない平民が距離を詰めて来るものだから、カイの警護として気を揉んでいたに違いない。

悪いことをしたなと苦い気持ちになる。

「俺はクラスの皆とも、ハヤテとするみたいに、なんでも話したいと思う。王宮では、メイドや執事と親しく話すには制限があった。でも、聞いてみないと分からないことが多いだろ?」

「まあ、それは確かに」

「王立学園で過ごすのは、色々な人を知ることも目的の一つのはずなんだ。だから……」

 そこで不意に、躊躇うように言葉が途切れる。でもオレには、分かる気がした。

「早く、側近なしでも、クラスメイトと話せるようにしていきたい?」

「ーーーーああ」

「カイ様は、公示のことは気にしてないんですね」

 問うと、静かに頷くように、カイは目を伏せた。

噂で聞いていたより、カイは王位継承順の変更で落ち込んだり怒ったり、あるいは妬んだりと言った負の感情はなさそうに見える。

ただ、その影響に振り回されているだけなのだろう。

「カイ様、良い言葉があります。人の噂も七十五日。二ヶ月ちょっとで忘れられるんで、あとひと月くらいですよ」

「そうなのか?」

「大体そうです。人は良くも悪くも移り気なので、カイ様がクラスで普通に過ごしてたら、段々周りが変わってくると思います」

 根拠はないが、言い切りたくなり、真っ直ぐに伝えた。

ゲームの外では人気最下位でも、ゲームの中のカイには、クラスでイジメられるとか、無視されるとか、そんなエピソードはなかった。

 何より、うちのクラスには主人公がいる。

担任がヴォイドであるうちのクラスで、サラサがそんな不条理を許すとも思えない。

「ハヤテはやはり、面白いな。メイド達だったら、もっと怒るべきだとか、強気な態度に変えるべきだとか、そんなことを言っていた。ただ普通にしていれば大丈夫、なんて」

「そりゃ、人によりますよ。単に、カイ様の良さは変わらなさだと思うので」

「変わらなさ……」

「カイ様が今の状況でも、誰にでも同じように接するっていうのは、ちょっと凄いことだと思います。だから、思うまま自然に過ごしてれば、多分周りが理解を改めるはずです」

 諺なんかじゃなく、オレは前世で覚えがあった。

突然成績を上げたり、下げたり、急な変化があった時に、どうしたって周りは色眼鏡で見てしまう。

その変化に理由を付けることで、自分の身に置き換えて考えることが出来る分、自分には起こり得ないことだと整理ができるから。

けれど本当に凄い奴は、周りの反応に一喜一憂せず、泰然としているものだった。

 ポカンとするカイを置いて、オレは席を立つ。

「ちょっと用を足してきます」

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