27.エピローグ
ノリスがゼントラントに帰って、ひと月が経つ。
もうすぐミュジカが、この屋敷にやって来る予定だ。
「ハヤテさん〜!もう!昨日は早めに休むって仰ってたじゃないですか!」
ロッテが櫛を持って追いかけて来る。
「いや、やり始めたら止まらなくて……」
「“睡眠不足はパフォーマンスが落ちる”は何処行ったんですか!今度から私が寝かしつけますよ!子守唄でも歌いましょうかっ?」
シャツを着たところで捕まって、伸びた髪を乱暴にワシワシと梳かされる。
本当は切ってしまいたいが、伸ばして整えた方が社交界でのウケが良いらしく、ロッテの好きにさせている。
「ミュジカ様とは、“ランチミーティング”で良いんですか?」
「ああ。あの人、食べながらの方がよく喋るから」
オレとカイは側近試験の後、ノリスとミュジカの処遇について話し合った。
「側近試験が終わったのに、どうして宿題を持ち帰ってるんですか……?」
帰った途端執務室に篭ると、メイド達からはドン引きされてしまったが、あまり時間もなかったため仕方ない。
ノリスについて考えるに当たって、判断に影響しそうな要素をまた短冊状の紙に書き出すところから始めてみた。
そしてグループ分けをして、矢印を引いて。
そんな整理の先で、自然とオレ達の答えは一致した。
「もう少し、ノリス様のことを知りたいです」
「話をちゃんと聞きたいな」
ノリスについて、噂でしか知らないことも多かった。あの人のことだから、散々ブラフもばら蒔いている事だろう。
長く王宮に不在だった、第三王子。彼が抱えるモノは彼だけの問題だ、と単純に切り捨てる気にはなれなかった。
何故なら、カイも同じくこの国の王子なのだから。
「本日はお招きいただき光栄です」
相変わらず胡散臭い感じで、ミュジカが笑う。
「お二人ともお変わりなく……と言いたいところですが、ハヤテさんは精悍になられましたね?」
「ハハ……側近になってから、鍛えられてるモンで」
正式な側近となってからは、今までの見習いと同じではいられなかった。
公示されたことで、学内でも王宮でも“第四王子の側近”として見られる。しかも、平民出身なのもバレている。
クラスメイトや生徒会なんかは今更大して変わらないが、広がった先で憶測を含めた噂は当然、良いものばかりとは行かない。
オレのための警護を山盛りに置く訳にも行かず、『力こそパワーだ!』という感じでオレ自身が強くなった方が早い、という結論までは直ぐだった。
「それで、ノリス兄様からの報告は?」
「ええ。まとめた物がこちらと……あと、先ほどメイド長さん達にトランクを渡してます」
控えていたマーベルが、荷物を示した。それなりに大きいもので、こう見えてミュジカも結構鍛えているのかも知れない。
「今更ですけど、ハーパールド商会に本気で首を突っ込むつもりですか?面倒臭いですよ、とっても」
カイがパラパラと報告書を捲り、隣のオレに幾つかのページを見せて来る。
ミュジカはマイペースに、出された前菜を食べ始めていた。トマトが嫌いなのか、丁寧に避けながら。
「ノリス様に任せておけないので、オレ達がやるしかないじゃないですか」
「見ないフリした方が楽だと思いますけどねえ」
食事中、マナー違反なのは百も承知で、オレは席を立ってトランクの中身を覗く。カイも後ろに付いてホスト側が離席した状態だが、ミュジカは全く気にしていない。
「……明らかに、質が違うな。ゼントラントの物じゃない」
「織物だけじゃなく、宝飾品まで……ですか」
報告書と現物を検めて、ある程度“確からしい”ことを確認すると、漸くオレとカイもフォークとナイフを手に取った。
ヒアリングの結果、元々ノリスはヒーリスの王政が気に食わなかったらしく、留学先のゼントラントで商人然としてやり直そうとしていたらしい。
そんな中、ゼントラントでも有数のハーパールド商会に入り込んだ所気付けば幹部近くとなり、きな臭い話まで耳に入る立場となった。
ここで得た情報をどう使ったものかと思案している内に、ヒーリス側の貴族や商人にも根深く関係しそうだということが分かり、彼方此方に仕掛けを進めて来た。
その一つが、断罪イベントもとい、学内裁判に繋がったらしい。
「――――ってことにしておけば、呑み込みやすいか?」
ノリスは話の最後に、そう茶化していた。
言い分をそのまま受け取る訳にも行かないが、虚実が入り混じっているのでは、という感覚だけは一致した。
「謹慎が短かったお陰で、ノリス様は今も向こうでご活躍ですよ。向こうの王宮のことは、マリオール様が戻ればもう少し情報も得られるかも知れませんね」
「逆にノリス様が“ヒーリス王国のために”と言い張っていたら、オレはともかくカイ様は信じたと思いますけど……」
「フフッ、たしかに。……でも、言わないでしょうね。ノリス様は、ヒーリスがお嫌いですから」
ノリスに破滅主義との葛藤があるのか、あるいはそれを超えた場所で思考を巡らせているのかは、理解出来なかった。
『いっそのこと、おれの王位継承順位を下げるって決めても良かったんじゃないか?せっかく国王陛下サマの責って話なんだから』
王子という地位への執着の無さも、彼が見えている世界に近付かないと理解は出来ないだろうと思った。共感は出来なくてもいい。せめて理解くらいは、と。
だからオレとカイは、決めたのだ。
「軍事演習が終わった後、年が明けたらゼントラントに行く」
王立学園の冬休みを利用して、オレ達はゼントラントで過ごすノリスに会いに行くことにした。
ノリスとミュジカの関係者を全員捕まえて話を聞くとか、せめて使者を立てて探らせるとか、そんな案も出てはいた。
けれど、それでは見えない物、聞こえない事があるだろう。手間を惜しんでトレードオフとなる程の公務もない、今の時期にしか出来ない事だと結論付けた。
「船は、シシェロゼッタ家が用意してくれるんでしたっけ?」
「はい。ネリィ様とサラサも、ゼントラントの視察に行きたいらしくて。ディノも一緒なので、引率がてらヴォイド先生も付いて来てくれるようです」
「まあ精々、学生さんには学びになると良いですね」
「ミュジカにも同行してもらうから、そのつもりで」
「心得てますよ。どうせ私もスラー家には戻れない身ですし、ノリス様がこうなった以上、カイ様に恩を売ることは吝かじゃありません」
「……ほんと、全部言うんですね」
「ええ。私は“気が変わる”ことが多いだけで、“嘘吐き”じゃありませんから。信じてもらって良いですよ」
ミュジカの言い分につい、カイと目を見合わせて苦笑いした。
ノリスが彼を側近にした際にも一悶着あったと言うが、然もありなん、という感じだ。
+++++
ミュジカが帰った後、オレとカイは執務室に荷物を広げた。
「ハヤテ……先程から気になっていたことを聞いても良いか?」
「なんでしょう?」
「ゼントラント行きに、何か不安でもあるのか?」
「……いえ、そんな大したことではないんですが……」
オレには最近、頭に思い浮かんでは、考えないようにと思っていたことがある。
しかしいい加減意識の外に置いておけなくなっており、さて……と思った所で気付かれてしまった。
「ゼントラント行きも、前世での夢で見たことがあるんです」
そう。
出来れば気のせいだと思いたかったが、ネリィに話が伝わった辺りから流れが変わった。
主人公サラサが、ゼントラント行きの船に乗ってしまう。船上や港でのスチル絵が、幾つも思い出せてしまう。
「追加ディスクっぽいなぁ、と……」
ゼントラントの王子が新たな攻略対象となるあのルートに、近付いているのかも知れない。
「追加……ディスク?」
「いや、まあ細かいことはアレですが……夢では、カイ様は船に乗らないんです。だから、大丈夫かと不安になってしまって」
「夢と違うことをしているから心配……か」
「はい」
カイは暫く、黙って考える仕草をした。
こんな中途半端な話をされても困るよなあ、という気持ちで一杯だが、言わない訳にも行かなかった。
「俺は、ハヤテが夢で見たのと違う行動を選べるなら、そちらを選びたい。だって夢では、俺はハヤテと出会っていないんだろう?」
「……ええ、そうです」
「それならハヤテと一緒に決めたゼントラント行きを、これから“正しい選択”にして行けばいい。――――今までみたいに」
カイは、自分で決めたルートを踏み締めて、前に進むと決断する。それなら側近であるオレも、カイを信じて従うだけのこと。
「分かりました。――――うん、楽しみですね」
地図を広げて、ピンを打つ。
次の旅を前に、オレ達の準備が始まった。
+END+
+後書き+
最終話までお読みいただき、有難うございました!
転生したビジネスマン:ハヤテの、最下位王子:カイの側近を目指すストーリーはこれで終わりです。
書きたかったシナリオや設定はたくさんあったので、番外編や続編を考えてしまう気持ちもありつつ......。
まずはピリオドを打つことが出来て、嬉しいです。
オリジナルで30万文字弱書き上げられたこと、とっても自信になりました。
初連載で至らないことも多かったと思いますが、反応をいただけたお陰でここまで辿り着けました。
応援いただき、ありがとうございました。
今回積んだ経験を活かして、『ララブ』の話をまた別で書けたらいいなと思っています。
何処かでお目に掛かれる日を祈りつつ。
感想や評価など、忌憚なくいただけますと励みになります。
ありがとうございました!




