36。笑って
玉は、月との連絡が取れないことを心配し華楽軍を公開練習場方面へ向かわせた。
ひとり皇室へ向かう。
皇室の入り口にアルタイア軍が数名居るのが見えた。
皇室敷地入り口にある壁ぎわで、様子を見ながら手持ちの3丁の銃をそれぞれリロードしておく。
(ジルは、皇室のどの辺りにいるんだろう。…ん?誰か近づいてくる。)
「……杏、なんでこっちにきたの?」
後ろを振り向かなくても歩く音と気配だけで、その人物が誰だかわかった。
「よく分かったね。私だって。」
「何年一緒にやってると思ってるの?それぐらい当然でしょう?」
後頭部についた珠かんざしがシャラッと音を立てて、玉は振り返った。
「あらあらぁ〜?大事なお顔を怪我したの?」
「杏も怪我して……それより、先導してもらいたいんだけど。頼める?」
「後援は、よろしくね?」
「任せて!」
杏が玉の言葉を合図ととり、頭を少し下げた前傾姿勢で走っていく。
気づくのが遅れたアルタイア軍は、杏によって殲滅させられる。
「さっ、中に入るよ〜」
いつもの柔らかい言い方のまま、顔はキリッと見てるこちらが身が引き締まるような表情で前を見据えていた。
その顔はもうすでに日が登った太陽に照らされている。
(杏は、やらないといけない。っていう場面での切り替えがすごいなぁ)
中に入ると、アルタイア兵と龍元軍が衝突していた。
ドンドンドンッーー
玉は、ノアがいつもいる執務室へ伸びる道にいる兵を撃っていく。
「玉様!ジルは、ノア皇帝の元にいます!お急ぎください!」
「わかった。」
杏が剣を鞘から抜き、左から右に振り道を切り開いていく。
前からから来る剣を握る人を玉が胸を打ち抜く。
「……玉?執務室ってことでいいよね?」
「そこしかないと思う。」
そうして、どんどん上へ進み一番奥の部屋に着く。
ノアの執務室だった。
中からは、銃声音が聞こえる。
(ここだ。ノアもジルもここにいるはず。)
杏と玉は、顔を合わせて玉がアサルトライフルを構えた。
杏が扉に蹴りを入れて開ける。
その瞬間を狙ってスタングレネードを投げる。
大きな音ともに目の前が白い煙に包まれる。
そんな状況でも玉の目はクリアに見えていた。
「ノアは机の裏、ジルがその前にいる。」
杏は、"あえて"名前を呼ばれなかったことを理解して返事をしなかった。
「ジル。昨日ぶりね。ようやくを終止符を打てる。
最後に私たちに言うべきことがあるはずじゃ?」
「何を言っているんだ?死ぬのは君だ。玉。君たちの師匠は、半分死んでいるよ。
それに、スノードロップを作り出した生みの親であるルーク前皇帝はもう亡くなっているんだ。この戦争は無意味なものだ。」
ちらっと周りを見ると雲嵐が、ひどい怪我をしているのが見えた。
いくら世界最強レベルと言われた人でも年齢には勝てないようだ。
一方のジルは、返り血なのか出血なのか頬や服に血液はついている。
しかし、特に変わった所はなさそうだった。
煙が消えきる前に、アルトライフルをくるりと回して背中側にする。
リボルバーを2丁取り出す。
パンッ、パンッー…
当然のことながら、煙の中で見えていないはずなのに綺麗にかわされる。
「そういえば、玉…君に伝えて置くのを忘れていたんだ。」
「なに?やっと、言うべきことを思い出した?」
「スノードロップからこちらに来た奴隷達は、使えると思えるもの以外はすべて殺しておいたよ。」
「………」
「使えないものは、生きている価値がない。
君たちスノードロップは、殺しのプロなはず。それなに、僕たち以下の仕事をするんだ。当たり前だろう?それに、君たちは戦闘兵器だ。人間扱いを受ける資格はない。」
「……あなたの考え方は、今も昔も変わらないのね。
これで心置きなく殺せるね。」
「……死ぬのは君だ。」
――ドンッドンドンッ…
狙って撃っているが、華麗にかわしてくる。
かわすだけで銃を撃つこともせず、終いには銃をホルダーに戻した。
「私たちは、ものじゃない。兵器じゃない。
生きて考え感情を持つ、人間なの!…人権を守るための戦争なの。それを認めないということは、同罪ということなの。」
「人権を守る、ねぇ。もしそれを認めたとして、君たち、特に君はもう人間として生きていくことはできない。」
霧が晴れてジルの視界も良好となり、やっと見えた玉に向けてタタタッと小走りをする。
胸元から取り出された短刀を振りかぶる。
それを玉は、右手で手首を掴みふわっと腕の下に潜り込みしゃがんで投げ飛ばす。
そして、銃をジルに向けた。
後頭部に銃口を突きつけられる感覚がした。
「………なぜ?人間として生きていけないっていうの?」
(まずい。ノア皇帝の存在を忘れていたし、戦いに参戦してくるとは思ってなかった。)
内心冷ややかで冷静でいられないのを悟られないように、表情には出さないようにつとめた。
「簡単なこと。何人殺した?その手は何色で染まっている?……"戦闘兵器"それ以外に自分を示せる言葉はないだろう?」
「……」
(私、何人殺した?………戦闘、兵器。違うって否定ができるの?)
「………あなたは、銃を頭に突き付けられているというのに、会話を続けるんですか?この状況なんてなんということもないんですね。」
「戦場は慣れていますから。……さて?
戦場慣れをしたいない皇帝は、どんな要求を?」
「要求、かぁ。そうだなぁ。まずは、銃を下ろそうか。そしたら、おれに殺されるか。ジルに殺されるか。選ばせてやる。」
「………第3の選択肢は?」
「そんなものはない。……あぁ、でも強いて言うなら。もう少し2人がやり合ってあるところはじっくりと見ていたいかな。杏もいるから、杏とジルがやり合うところを見るというものに変えてもいいが。」
「……ひとつ良いことを教えてあげます。銃の方向が間違ってますね。その角度では即死はないです。その場合、私があなたを殺せるチャンスを産むことになる。
それでもいいんですか?」
「こんな至近距離で外さない。角度というが、被弾距離ゼロ距離。角度が少し違ったところでなんだという。」
「関係あります。無知とは恐ろしい。」
玉は、銃を下ろさず立ち上がる。
銃口はそのまま後頭部にある。
立ち上がったところで杏が、ジルの方へ剣を握りしめてゆっくりと近づいてきた。
玉は、さっと身を翻した。
そして、玉は左腕をノアの左腕に絡ませ背中側に周り引っ張る。
倒れ込んだノアが顔を上げたところで眉間に銃口を当てた。
「頭を狙う時は、脳幹を狙うんですよ。
眉間からなら喉に向かう角度にするんですよ。
まあ、今知ったところで使う時は永遠に来ませんけどね。……さようなら。」
ーバンッーー
玉は、ジルと杏の方を見た。
足元には、血で水たまりを使っている。
ジルが短刀を持った右手を下ろすと、杏が倒れる。
「杏!!!!!」
ジルが短刀を投げ捨てて、リボルバーに持ち替えた。
「ちゃんと僕の話した、リボルバーを必ず待つこと。という言いつけを守っているんだね、玉。嬉しいよ。」
「……」
(杏……まだ、呼吸をしている。肩が動いてる。大丈夫。)
ジルが玉を撃ち始めた。
それを、しゃがんだり前転をしたりしてかわした。
右肩と左足に一弾ずつ受けた。
前転をして床に足をつけた状態で心臓をめがけて撃った。
ジルも同じぐらいのタイミングで撃ってきたので、相打ちのような形になる。
先に弾丸が届いたジルは、そのまま急所にあたりばさっと倒れた。
「玉〜〜〜〜!!!!!」
と言って、目の前で倒れていた杏がジルから飛んできた弾丸を玉の代わりに受けた。
ハァ、ハァ。どんくん。どくん。と自分呼吸音と心臓の音が部屋に響いているように大きな音を立てる。
「し、しん。杏………だめ。死なないで。」
「ぎょ、く。………」
フルフルと首を緩く振った。
「梨那。」
「もう、喋らないで。」
涙が止まらなかった。
「なか、ないで。わたし。
……梨那には笑っていて、ほしい、から。」
「だったら、このまま船にある医局へ行く。当たった角度からして、今なら問題ない。まにあう。だいじょうぶ!」
「いい。もう、まにあわない。………それに、こんな戦場、だよ?……ねぇ。それより、梨那。叶果って…よんで?」
「きょ、ぅか……」
「――ありがとう。りな。ありがとう。私が生きてこれたりゆう。は、……2人がいたから。
ーーあず、さも、ごめん。あ、りが。とう。って伝ぇ、てーー。
…………たましぃ、…はね。きっと。
ふたりの側にいる。ずっとーーー。」
そう言い残して、梨那の腕の中で叶果は目を閉じた。
"ねぇ、だから私は梨那に笑っていてほしい。
あなたが生きていてくれる、それだけでいい。
ーーこんな歪んだ世界を、自由のある世界に変えようとした。そんな強いあなたはとても美しい。"




