5: 微笑みの裏側
翌日。おずおずと教室に足を踏み入れたリリアナに、クラスメイトたちが勢い良く群がってきた。
「リリアナさん、おはようございます!昨日はその、大変でしたわね?」
「もうお加減は大丈夫ですの?ご無理なさらないでくださいね」
「あの、今までの非礼をお詫びしたいと思っていて……」
次々に言葉をかけにくるクラスメイトたち。リリアナは恐る恐ると……しかし、笑顔を見せて返事をした。もちろん“申し訳無さそうに”だ。それは、誰の目にも疲労し衰弱しているが、健気に頑張っている。そんな令嬢の姿に見えた。(そう見えるようにした)
「ご心配して下さりありがとうございます。昨日はお恥ずかしい所をお見せしてしまったみたいで……私ったら、本当にダメな子ですぐに婚約者様を怒らせてしまうんです……。しかも貧血で早退するなんて、情けないですわよね。これでは淑女失格だと、《《また》》叱られてしま───────うっ……あ、違うんです!ごめんなさい……泣くつもりなんてなかっ……ご、ごめんな、さい……」
リリアナは最後は消え入るような声になり、つらいことを思い出したかのように涙を浮かべた。そして、ポロポロと真珠のような涙が頬を伝う。
これでは、まるで《《あのようなことがいつもある》》かのように聞こえただろう。クラスメイトたちのざわめきはさらに大きくなる。
「あの、みなさん。みなさんの前で泣いたなんて恥ずかしいので……今のは聞かなかったことにしてくださいね?私……泣き虫なのをなんとかしたいと頑張っている最中なんです」
恥ずかしそうに頬を染め、涙を浮かべたまま首を傾げて“お願い”をするリリアナの姿に……男女全てのクラスメイトが「きゅんっ」としたとかしなかったとか……いや、した。つかみはバッチリである。なにせこのために昨夜は鏡の前で猛練習したのだ。タイミングも完璧なはずだ。
「でも、リリアナさん!さすがに昨日のことは見過ごせませんわ……!」
「お願いします。……私、ジェット様にこれ以上嫌われたくなくて……。それに、家にご迷惑をかけるわけにはいかないのです。その、昨日のことは……私が至らないばかりに皆様にご不快な思いをさせていたのなら、本当に申し訳ありません」
リリアナは今度は深々と頭を下げた。下手に大事にして家同士の繋がりに亀裂を入れるわけにはいかないと……婚約者の面子を守るためなら自分が犠牲となり頑張ればいいのだと……。
紳士淑女としてはまだまだ勉強中で、親から厳しく言われたことだけを守っているクラスメイトたちにとって、その姿はまさに理想的な淑女の鑑のように見えた。つい先日まで「たかが男爵令嬢」だと侮っていた相手が、実は貴族としてこの場にいる誰よりも強い意志と覚悟を持っていたのだと知ったのだ。それでいてこんなにも儚げで、今にも散りそうな花の妖精のようにも見える。昨日から積み上げられていたイメージも重なり、その想いは爆発的になって────クラスメイトたちの心はひとつになった。
ちなみに、言うまでもなく“中身”はリリアナ本人ではない。その本人の意識は体の内側で自分だったら絶対やらないようなあざとすぎる演技に恥ずかしいやらなんやらで言葉にならない叫びを発しながら絶賛悶え中だ。そして、なぜこんなにもわざとらしい演技にクラスメイトたちが簡単に引っかかっているのか意味がわからないと頭を抱えていた。
そんな“リリアナ”の様子を、演技をしているリリアナが気にするはずもない。クラスメイトたちの反応にご満悦だ。
そして、ひとりの令嬢が我慢ならないとばかりに口を開いた。
「そんな……!不快だというならば、リリアナさんではなくあの最低な婚約者────子爵令息の方ですわ!」
「そうだ!君が頭を下げる必要なんてない!大勢の目がある前であんな事をするなん貴族として……いや、男として失格だ!君がそこまで言うのならこれ以上は何も言わないが……くそっ!同じ男として情けない!」
「リリアナさん……今まであんな婚約者に苦しめられながらも頑張っていらしたのね。なんて健気な方……ワタクシ尊敬します!大丈夫ですわ、あなたの意思はちゃんと尊重いたしますから!」
「悔しいよ!あんなクズより、俺の方が君を幸せそうにできると思うのになぁ!」
「リリアナさんのような令嬢と結婚出来るあの方は幸せ者ですわね。せめて少しでも早く態度を改めてくれることを祈りますわ。リリアナさんを応援させていただきますわね!」
「み、みなさん……っ!ありがとうございます!」
リリアナは、目を細めてにっこりと微笑みを浮かべる。それは、クラスメイトたちからの激励を心から喜んでいるように見えた。その目が本当は笑っていないことになんて誰も気付かないのだ。
────だって、リリアナの手を取って励ますように声をかけてくれたこの令嬢は……ついこの間までリリアナを「男爵令嬢のくせに生意気だ」とイジメてきていたひとりだった。わざと足を引っ掛けて転ばせたくせに、“リリアナ”が覚えていないとでも思っているのだろうか?
その隣でジェットを罵る発言をしているどこかの令息もだ。“リリアナ”の記憶では、休み時間に勉強していた“リリアナ”に暴言を吐き花瓶の中身を浴びせてきたこともあった。やはり、「男爵のくせに」と。流れに便乗して“リリアナ”に告白まがいの発言をした男も同じようなものだ。このクラスの奴ら、全員。
……本当に、その時の“都合”によって“都合良く”動く奴らだなぁ。と、浮かべる微笑みとは別の笑みが込み上げてきそうになった。
まぁ、それが長生きする秘訣なのかもしれない。《《話し合い》》ではよくあることだ。
内心ではそんな事を思いつつ、リリアナは儚げな笑みを浮かべ続ける。
以前のリリアナなら、ここまでの同情や関心は得られなかっただろう。だが、この瞬間に全てはひっくり返ったのだ。
“「水面下の努力なんて馬鹿馬鹿しいわ。この世界の人間は、美しくて健気で儚い者に惹かれるのよ。見た目と印象が全てなの。わたくしのようなね」”
これは《《あの女》》が、昏睡状態で指一本動かせないでいるオレの顔を覗き込みながら言った言葉だった。
あぁ、本当にその通りだ。それは認めるさ。おかげでこんなに上手くいったよ。お前がそうだったように。
だから、《《オレ》》は《《お前》》の真似をするんだよ。
オレに毒を飲ませて、殺そうとした婚約者の真似を────。
そうオレは、オレの婚約者────ミレーユ・ルーベン公爵令嬢の真似をした。それだけだった。




