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プロローグ

 雪が降り積もった山中で一人の男と猪が対峙している。

 男の名は山中(やまなか)(ひろし)、かなりの巨漢だ。身の丈百九十センチを超え、二メートルにもとどかんと言う巨体、さらにはそれに見合う筋肉を持っていた。引き締まった身体は服で隠れているが、そのたたずまいからも一般人とは一線を画すことが容易に想像できた。

 野生の動物と対峙しているにもかかわらず、緊張のかけらもなく、全くと言っていいほど自然体だった。

 対して猪の方は、体長百三十センチ程度。体重は軽く百キロを超える。猪の中ではとりわけ大きい部類ではないが、牙もしっかりと生えており一般人だと勝ち目はまずない。

 背中の毛は逆立ち、今にも襲いかかろうとしていた。

 弘が一歩足を踏み出す。それが合図となり恐ろしい速度で、猪は突進してくる。百キロを超す野生動物が鋭い牙をむき出しで襲いかかってくるのに、弘は全くと言っていいほど萎縮せずに油断なく猪を見据えていた。猪がぶつかる寸前に側面に回り込むと頭部をサッカーボールのように蹴りあげた。

 ボグォ!

 弘の足に肉の潰れる感触が伝わると同時に、猪の頭部が斜め上に跳ね上がる。脳を盛大に揺らされ、ふらつく猪にすぐさま飛びかかり首に腕を回すと、抑えつけるように地面に押し倒す。猪が暴れるのを力ずくで抑え込み、首を一気にひねりあげた。地面と弘の身体に挟まれ身動きが取れなくなった猪の首があらぬ方向に曲がった。首の骨が折れる鈍い感触と同時に猪の抵抗が無くなった。

「クロ」

 弘が立ち上がり声をかけると一匹の犬が姿を現す。黒と白のツートンカラー、シベリアンハスキーと言われる犬種と同じカラーリングだ。しかし身体は小柄でせいぜい柴犬程度しかなかった。

 クロと呼ばれた犬は、猪の方を一瞥すると駆け寄ってくる。

「さすが弘!」

「おう、今日は牡丹鍋かな」

 弘は駆け寄ってきたクロをしゃがんで撫でてやる。そうすると尻尾をふり嬉しそうに纏わりついてきた。

「肉増し増し、野菜少なめで」

「わかった、じゃあとっとと小屋に運び込むか」

 弘は立ち上がり、先ほど仕留めた猪を苦もなく持ち上げた。落とさないようにがっちりと両手で固定すると、ちょうど丸太を脇に抱え込むような形となった。歩くのをサボろうと飛び乗ってくるクロを振り払いつつ、弘は動き始める。

「子犬の猟犬になんたるしうち!」

「いや、もう成犬だろ。十年近く付き合っているけど、変わんないじゃん」

 弘はクロを適当にあしらいつつも足早に進んでいった。


 一九七三年の八月、世界規模で震度四程度の地震が発生した。地震大国であった日本は大規模な被害は発生せず、さしたる混乱もなかった。しかし、普段地震とは無縁の地域にある国家は混乱の渦に飲み込まれた。被災した諸外国の経済は失速し、日本の経済もそれに巻き込まれる形となった。同年十一月、一九五四年から十九年続いた高度経済成長期は、ついに幕を下ろした。

 だが、各国の混乱はそれだけでは済まなかった。世界各地で今までに見たこともないような生物……俗に言う空想上の生物が世界中で発見され始めた。

 総じて高い戦闘能力をもち、さらには自然現象を操るなどの特殊能力をもつ個体もいた。その新しい地球の住人たちを、畏怖の念をこめ魔物と呼ぶようになった。

 大多数の魔物が人のいない辺境の地に出現したため、問題はさほど起こらなかった。しかし、ひとたび人間の生活圏に現れると、恐ろしいほどの混乱が生じた。魔物が暴れると警察の装備程度では歯が立たず、軍隊が出動するまで被害が拡大しつづけた。

 その状況が覆されたのが、地震発生からちょうど一年後だった。人類……いや、より正確に言えば、元から地球上に存在した生物たちから、魔物と同じような能力をもつものが現れ始めた。同じ種族たちと比べ、異常ともいえる身体能力や特殊能力を所持していた。眠っていた能力が目覚めた、魔物に適応して進化したなどと根拠のない推論が飛び交った。その魔物に対抗できる能力を持った生物を適応(てきおう)個体(こたい)、その中でも人間は区別され適応者(てきおうしゃ)と呼ばれた。

 もともと魔物たちは特定の場所に集まる性質があり、時たま町中に出没しても適応者のおかげで以前より容易に対処できることから、情勢はしだいに落ち着いて行った。


 世界規模の地震が落ち着いてから四半世紀、人類と魔物の生存圏の境目にある村で物語は始まろうとしていた。


 村に続く道を駆け足で走る、ひと組の男女がいた。二人は、バックパックを背負っており、男の方はさらに鞄まで手に提げて歩いていた。女の方の名は(かがみ)(さい)()。男の方の名は武田(たけだ)(しん)(げん)。適応者ばかりを集めた高等学校に通う者たちだ。二人とも、学校の制服に身を包み、雪道を歩いている。制服に運動靴、手袋こそ着けてはいるものの、氷点下を下回る気温の中で活動するとは思えないような服装だった。

「いやー、何とか昼すぎには付きそうだな」

 信玄は軽い口調で才華に言った。

「そうね、あなたが忘れ物をしなければ、もうついていたと思うけど」

 才華は冷めた口調で信玄に言った。

 一日に二本しかないバスに乗り遅れたのは痛恨の極みだった。しかも、間の悪いことにタクシーも見当たらなかったため、二人は徒歩での移動を余儀なくされた。

「マジで悪かったって。今度なんかおごるから」

 信玄は手を頭の後ろで組み、バツが悪そうに愛想笑いをうかべた。

「まあ、期待せずに待っておくわ」

 才華の口調が幾分柔らかくなった。

「おお。でもさ、居るとこには居るもんだよな」

「回復系適応者?」

「そうそう、十万人に一人ぐらいだっけ?」

「ええ、需要に対して供給がすくないから、どこに行っても引っ張りだこよ」

「将来安定か、うらやましいね」

 おどけた口調で信玄は言った。

 実際回復系適応者は、学校の成績がどんなに悪くとも、職にあぶれるということはまず無い。極論、中学までの義務教育を終わらせさえすればすぐにでも就職ができ、定年退職まで問題無くやっていけるのだ。しかし、様々な理由から義務教育が終わってもすぐに働き始めるものは少ない。人それぞれ理由はあるが、大多数が進学を希望する。

「そう?自分の人生が半ば決まっているのは窮屈に感じるけど。それに回復系適応者でも将来に対する不安ぐらいあるでしょ」

「まあ、そうだけどさ。やっぱ、就職率百パーセント、って言うのはうらやましいよ」

「隣の芝生は青いのよ」

「そんなもんかな」

「そんなものよ。後思ったより多いわねそれ」

 才華は信玄が手に提げている鞄を見て言った。

「ああ、これ?勧誘用の資料も入っているからな」

 鞄を軽く持ち上げながら言った。

「勧誘用?」

 才華はかるく首をかしげた。

「おう、いい人材がいたらついでにスカウトしてこいだって」

 信玄は溜息をつきながら首を振った。

「スカウトって?あの村ほとんど人居ないわよ。確か今年度で廃村になるはずよ」

「そうだな。まあ、それでも、あんな辺境に最後まで残るってことは気合入っているか、何かしらの能力があるのでは?とか思ってんじゃないの?」

「ふーん」

 才華は興味がないのか気の抜けた返事をした。

「まあ、駄目もと前提じゃね?」

「でしょうね」

 二人が、とりとめもない会話をしているうちに、目的地の村が見えてきた。時刻は正午すぎ、まだ太陽は真上に近い位置にあった。

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