辺境の村1
山陽村、日本の辺境に位置する小さな集落で、野生動物の生息地域に隣接していた。まだ魔物の習性があまり知られていない時期は、縄張りの拡大があると恐れられており、それを防ぐために指定された村のひとつであった。魔物が特定の地域から動く気配がないことが分かったあとも、魔物の素材を求めて人が訪れ、最盛期には一万近い人口を誇った。しかし、乱獲により手ごろな素材を持つ魔物が消え、普通の野生動物しか見かけなくなった。さらには、近場に以前より強力な魔物が縄張りを形成したことも弾みとなり、一気に廃れていった。県からの援助も無くなり、廃村を待つばかりのさして珍しくもない、限界集落であった。
弘は先ほど狩り終えたばかりの獲物を担いだまま、休息をはさまずに、一気に村の入り口まできていた。獲物をしとめたのが、比較的村の近くであったため、村の入り口にさしかかるまでさしたる時間はかからなかった。
「にーく、肉、肉、お肉。…………?」
クロはへんてこな自作の歌を口ずさみ、尻尾を振りながら弘の横を並走していた。しかし急に黙り込み鼻をひくひく動かす。
「どうかしたか?」
弘はしきりに何かを探っているクロの方を見た。
「村に知らん人がおる」
「珍しいな、だれか来る予定あったか?」
弘は思い返すも、特に覚えはなかった。
「あっ!」
クロは何かを思い出したのか急に声をあげた。
「なんか思い出したか」
「おう、なんか学生がくるとかなんとかって言っていた」
「学生?」
「そう」
クロはしきりにうなずく。
この手の情報は弘よりクロの方が断然詳しい。近所のじいさんばあさんに、よく可愛がられているからだ。最近は餌のもらいすぎで、若干ぽっちゃりしてきていた。
弘は肉付きのよくなってきた腹部に視線を移した。
「おいおい、俺がプリチーやからって、あまり見つめんなよ」
視線を感じたクロがすぐに反応する。
「あほか、それ以上太るとマジで飯抜きにするからな」
「ひー、横暴」
「じゃあもっと運動しろよ」
いくら狩猟になれた弘も、お供に肥満体形の狩猟犬を選ぶほど、狩りをなめたりはしない。
「だって、外さむい、炬燵あったかい」
弘は一度ため息をつくと、
「俺も付き合ってやるから」
そうクロに言った。
「ほんと?約束やよ」
クロは尻尾を振り、弘の足下にじゃれついてくる。
「分かっているよ」
「絶対な。もし約束やぶったら、弘の布団にマーキングするからな!」
「やめろ!マジでやめろよ。ふりじゃないからな!」
二人でさわぎながら歩いていると、小屋のすぐ近くで、近所の爺さんが話しかけてきた。
「おう、弘やないか相変わらず元気やな。それに、なかなかの大物や」
畑仕事の帰りか両腕に袋にはいった野菜を持っていた。
「こんちは、畑仕事の帰りですか?」
「おうよ、一服もかねてな」
そう言うとポケットをたたく。おおかた、煙草とライターでも入っているのだろう。
「あんまり吸いすぎるとまた、怒られますよ」
「はっはっはっ、俺は太く短く生きるのよっと。ちょうどよかった、これ、おすそわけだ」
片方の袋を弘に手渡してきた。
「ありがとございます。うまそうな人参ですね」
弘は会釈をしながら受け取った。
「だろ、爺さんによろしく言っといてくれ」
「分かりました」
「そうだ今村に珍しい二人組が来とるわ。何と言ったかな、ふぃーるどなんちゃらをするためらしいぞ。」
「フィールドワークですか」
「そう、それだ」
弘の言った言葉があっていたらしく、肯いている。
「へー、珍しいこともあるのですね」
村の過疎化が始まった辺りから、その手の人間もだんだんと少なくなってきていた。それも仕方のないことだ、研究対象の魔物がいなくなったのではどうしようもない。
さらに奥地、新たにできた強力な魔物の縄張りまで行けばいるかもしれないがリスクが高すぎた。金や功名心に駆られた適応者や研究者もいたが、成功した者はいなかった。
「そうそう、わしも最近はおぼえがないぞ。しかも年も若くて、そうだな……お前さんと年も一緒ぐらいじゃないかな」
「若いですね」
「ああ、しかも、片方はえらい整った容姿をしていたぞ」
「そうですか」
返答に困り、弘は当たり障りのないセリフと愛想笑いを浮かべてごまかした。
「若いな。じゃあ爺さんによろしくな」
爺さんは何か納得したように頷いていた。
寒くなってきたのか、一度身を震わすと爺さんは足早に帰って行った。
見送った後、弘は扉を開けるために荷物をすべて地面に置くと、
「おれ、野菜見はっとくわ」
クロは野菜が詰まった袋の前にすばやく陣取る。
「ああ頼むは。じゃあ何かあったら呼んでくれ、すぐ終わらす」
「おう」
弘は猪を再び担ぐと小屋の中に運び込み扉を閉めた。
鏡彩夏、武田信玄は世間一般で言う天才に分類された。
二人が通う高校は日本に三校しかない適応者のみで編成された高校である。
ひと学年の定員は百二十人、全校生徒三百六十人。三校とも同じ定員数だ。さまざまな理由で人数は前後するが、増える場合はせいぜい数名程度だった。
毎年その枠を巡って、全国から優秀な適応者が受験者に押し寄せる。合格基準が恐ろしく高いため倍率こそ十倍に満たないが、集まる才能の純度はけた違いだった。ただし、受験で百二十人決めるわけではない。基本的に受験で決まる人数は九十人で、二組から四組に均等に割り振られる。
のこりの三十人、つまり一組の枠は、専門のスカウトが全国から選りすぐってくる。ごく稀にスカウトに漏れた人材が一般受験で発見されるが、めったに無いことだった。
一組は全員が特別待遇学生、俗に言う特待生だった。
鏡才華、武田信玄も例にもれずスカウトで一組にきたメンバーである。
だが一般人が想像するエリート像とは異なっていた。
二人は迷うこともなく村長の家にたどりついた。軽く自己紹介を済ますと、客室に案内された。今客室に案内してくれたのが、村長の孫である佐山夏奈だった。小柄で小動物を連想させるような雰囲気を持っていた。
「もう、動きたくない」
信玄はバックパックを床に置き、大の字で寝転がると、恥も外聞もなくのたまった。
駅から村までは、一般人なら自動車、最低でも自転車で移動する距離がある。
基礎体力に優れる近接型の才華はまだしも、遠距離型の信玄には少々厳しかった。しかも、才華は信玄が付いて来られるギリギリのペースで村まで移動していた。
「バカやってないでとっと起きろ!新入生の前よ」
才華は、畳に寝転がる信玄の尻を横から蹴りあげた。
信玄は、うげっ、と声を上げた。
「いや、自業自得だけどさ、もうちょっと、休みたいかな」
信玄は上半身を起こし、言った。
「えっと、村の案内なら、後でも出来ますし、二人の話を先に聞きたいかなーなんて」
はにかみながら、夏奈は言った。
「まかせて、なんでも話しちゃう」
思わぬ援護射撃に、信玄は勢いよく夏奈の方に振りかえり、顔をほころばせた。
「ほんと調子いいわね」
才華はため息をつき、呆れた顔で信玄をみた。
「じゃあ、飲み物持ってきますから、ちょっと待っていて下さいね」
夏奈は静かに襖を開け、部屋から出て行った。
「思いっきり気を使わせてどうするの」
夏奈の足音が聞こえなくなると、才華は信玄につっこむ。
「いや、だってさ、この足見てよ」
信玄は言うやいなや、学生ズボンを一気にまくり上げる。
細身だが筋肉質な足が、プルプル、と震えているのが才華の目に留まる。
「貧弱ね」
「お前みたいな野生動物と一緒にしないでくれる?」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。その間二人はお互いに見つめ合ったままだった。
「よかった」
才華か微笑みながら言う。
「なにが?」
「だって、それだけの減らず口が叩けるほど回復しているもの…………」
才華は信玄のすぐ近くにまで移動した。
「落ち着け、話し合えばわかる」
信玄に裁きが下されようとする瞬間、才華は夏奈の気配を感じ取り素早く元の位置に戻った。
直後、計ったように襖が開いた。
「お待たせしました」
器用にお盆を片手に持ち夏奈が部屋に入ってくる。
「ありがとう、本当にありがとう」
「えっと?」
いきなりの言葉に加奈は戸惑いの表情をうかべた。
「気にしないであげて、たまに壊れるから。都会にはこういう人もいるのよ」
才華は戸惑う夏奈にフォローを入れる。
「前々から思っていたけど、俺のことバカだと思ってない?」
「ええ」
「ええ、じゃないよ!」
信玄は即答した才華に突っ込みを入れた。
「どうぞ」
夏奈は飲み物をそれぞれの前に置いた。
「ありがとう」
二人は軽く会釈をする。
「二人とも仲いいのですね」
座布団に腰を下ろし、夏奈は言った
緊張のためか、身体が若干強張っていた。それも無理もない話だ、祖父母から、適応者の中でも、選りすぐりのエリートだと聞かされていたのだから。しかも、才華の方は、全国高等学校適応者選手権大会、一年の部で優勝をしていた。名実ともに高一で最強だった。
「そうね、結構付き合い長いし、相性はいいと思うわ」
「まあな」
信玄は、合槌を打つと、ジュースに手を伸ばした。
つかんだ手から冷気が伝わってきた。
缶には四ツ矢サイダーと印刷されていた。
才華も続けてジュースを手に取った。
最後に夏奈が手に取り、缶の開く小気味よい音が部屋に響いた。
三人がジュースで喉を潤おし一息つくと、信玄が話を切り出した。
「夏奈ちゃんは、何か聞きたいことある?なんでもいいよ」
「えっと、…………」
夏奈は言葉に詰まった。
「資料に書いてあることとかでも全然いいから、どんどん聞いてね」
才華が夏奈にやさしく言った。実際、資料に書いてあることでも、直接在校生から聞いた方が分かりやすかったり、イメージしやすかったりすることを才華は理解していた。
「えっと、どうして二人はこの学校を選んだのですか?」
夏奈はおずおずと言った。
「強くなりたかったから。適応者同士なら女が男に勝つなんて、珍しくもなんともないことだからね」
才華は夏菜の目をまっすぐ見つめ、できるだけ簡潔に言った。
適応者同士の戦闘では男女の差など簡単にひっくり返る。実際、適応者の犯罪を女性の適応者が取り締まることはありふれた話だった。
必要なのは努力と才能。そして、才華は見事にその二つを兼ね揃えていた。
「スカウトが来たから、とりあえず入ってみた。学費も免除されるしね」
信玄の答えは才華とちがい主体性が乏しかった。しかし、この年頃の少年少女なら一定数はある答えだった。
驚いている夏奈を見ながら信玄は続けて言った。
「あー……、驚くかもしれないけど、そう言う生徒もいるよ」
世間ではエリート校だと言われているが信玄のような生徒は少数だがいた。
「テレビとはずいぶん印象が違うから驚いちゃいました」
「ちなみにどんな印象?」
「えっと、学生同士で切磋琢磨していて、真面目で精悍で頼りになる印象でした」
夏奈は信玄のことを気遣っているのか、おずおずと言った。
「そう言う生徒も、ちゃんといるから安心していいよ」
うんうん、と頷きながら信玄は言った。
「いえ、武田さんのことを頼りないとか思っているわけではなくてですね」
加奈は首を左右に振りあわてて否定した。
「気にしなくていいわよ。少なくとも精悍には絶対見えないから。もし見えたら感性がずれているわよ」
才華は一切の迷いなくなく言った。そこには少しの遠慮もなかった。
「いや、まあ、そうだけどさ。そこまで言うことなくね」
「よし、次の質問言ってみようか」
いじける信玄を黙殺し、才華は話を進めた。
「回復系適応者以外のスカウトされるかたって、どんな人達ですか?」
緊張が解れてきたのか、先ほどよりスムーズな口調だった。
「能力とかってことでいいよね?」
「はい、あまりそう言うのは、詳しく書かれていなかったから」
夏奈はすぐにくいついてくる。調べても今一要領がつかめなかったのだろう。夏奈は興味心身だった。
それには訳があった。適応者は自分たちの能力を詳しく書かれるのを基本的に嫌う。自分の情報を隠しておけばそれだけ戦闘が有利に運ぶからだ。特に特殊技能はできるだけ隠し通そうとする傾向があった。
そのため在校生なら手に入る情報も、不特定多数の人物が閲覧できる記憶媒体には書かないのが暗黙の了解だった。
「まあ、能力を知られるのを嫌う人が多いからね」
「そうなのですか?」
「ほら、秘密の多い男はかっこいいだろ」
信玄の戯言を聞き流しながし、才華は話を続ける。
「そうよ、能力のことは親しくなかったらあまり詳しく聞いちゃだめよ。その辺は入学したらわかると思うけど。概要ぐらいなら問題無いわよ」
同じ学校に通う者たちに、能力の概要まで隠し通すのは至難の技だった。それにクラスメイトなら、お互いにどんなことができるかが何となく分かる。
「そういうこと」
信玄が言うと同時に入口の襖が音を立てて揺れる。自然に揺れたのではない、明らかに人為的な揺れだった。
いきなりの出来事に夏奈が身体を、ビクッ、と震わすと恐る恐る、襖の方を見た。
「これが俺の能力!!」
得意げな顔で信玄が言った。
「すごいです!離れている場所の物をうごかせるなんて」
日常ではありえない出来事に夏奈は目を輝かせる。
「だろ。手品と違って種も仕掛けもないぜ」
信玄のやったことは正確に言うと、遠距離の物体を操ったのではなく、遠距離にある自分の霊力を操ったのである。
適応者ならだれしもが持つ霊力は生み出した本人から切り離すと減衰していくが信玄の場合はこれがほとんど起こらなかった。
「まあ、こんな感じで霊力を媒介にして遠く離れた物に干渉できる。一キロ以上はいけるよ」
信玄はこともなげに言った。
「簡単に言っているけど、普通の適応者は遠距離型でも一キロいかないからね」
才華が補足説明を入れる。
一般的にプロの適応者でも道具を使わず一キロを超えることはまずない。それが可能なのは信玄と同種の特殊能力もちか、専用の道具を使った適応者のみだ。しかも信玄は道具を利用すればさらに距離を延ばすことも可能だった。回復系適応者ほどではないにしろ、希少な能力だった。
「その分戦闘力が微妙だけどな」
信玄は話を締めると才華の方を見た。
「私は信玄みたいに特殊能力があるわけじゃないの。単純に強さでスカウトの目に留まったから」
才華は自分に特殊能力はないと言った。しかしその凜とした表情は、自分のもつ強さに絶対の自信を持っている証だった。
「その強さがとんでもないけどね」
信玄がひきつった表情で言う。これまでに訓練の一環で二人は何度か組み手をしたが、信玄の勝利は一度としてなかった。
才華にとっては試合と言うよりは指導のつもりだった。それほどまでに二人の実力に開きがあった。
「まあね、一対一の戦闘に関しては学年でトップよ」
誇らしげに才華は言った。
「すごいです!」
才華を見る夏奈の表情には尊敬のまなざしが浮かんでいた。
「ちなみに、才華に勝てるのは同じ学校なら、三年の上位陣ぐらいだけどな」
「二年生の方たちは?」
「特待生クラスなら戦闘になるけど、才華に分があるな。というか武器ありなら、二年生でもまず勝てないな」
信玄は才華の戦闘を間近で見たことがあるため、一切の迷いなく言った。
才華も信玄の評価を当たり前のように受け止めていた。
「相手の方も武器を使うのですよね?」
夏奈が不思議そうに首を傾げる。夏奈の疑問も、もっともな話だった。同じ条件なのに武器の有り無しでこうも勝率が変わるのだから。
「そうよ、でも私は障壁張れるから」
「すごいです!」
夏奈の声が興奮のあまり上ずる。まるで憧れの野球選手を目の前にした少年のようだった。
「障壁触ってみる?」
「お願いします」
夏奈は即答した。
「じゃあ、ちょっと待ってね」
障壁を張るには触媒の助けを借りるのが一般的だ。触媒を使わずに張ることもできるが、触媒使用時よりもさらに長い訓練時間を必要とする。触媒の有無で障壁の強度が変化するわけではないため、障壁を張れる適応者の大多数は基本的に触媒を使用していた。
才華はバックパックの横につけていた布を解いた。中から百八十センチ余りの金属製の棒が出てくる。これが才華の触媒だった。表面はきれいに磨かれており金属特有の光沢を放っていた。無骨な武器であるからこその美しさが、そこにあった。
「うわぁ……、すごくきれいですね」
横から覗きこんでいた夏奈が感嘆の声を上げた。そこには社交辞令などは一切含まれていなかった。
「ありがとう。」
才華は少し頬を染めながら言った。
「じゃあ、いくわよ」
ごく自然に棒を握りしめる。それと同時に才華の全身を霊力が覆い尽くす。
霊力障壁あるいは障壁と略されて呼ばれる力場。一部の適応者のみが使用できる強力な防壁だ。
これを纏えることが上位適応者の最低条件だった。
もちろん強さにピンキリがあるが、最低ランクの障壁でも拳銃程度なら完璧に防ぎきる強度があった。それどころかライフルでもほとんど意味を成さない。同じ霊力からの干渉以外に圧倒的な優位性を発揮し、霊力が続く限り何度でも再生する最高の防御手段だ。
「いつでもいいわよ」
才華は夏奈の目の前に片手を差し出した。
おずおずと伸びてきた夏奈の手が才華の手に触れる寸前に止まった。
「さ、さわりますよ」
夏奈は一度深呼吸してから、目の前に差し出された手をそっと握った。
夏菜は確かに才華の手を握っていた。しかし、両者の手の間には障壁があり、お互いの手が触れるのを阻んでいた。
「どう?」
「不思議な感触です」
夏奈は才華の手を握ったり摩ったりしながら、感触を確かめていた。
ひとしきり触った後に手を放すも、少し名残惜しそうだった。
「ありがとうございました」
夏奈は、ペコリ、と頭を下げながら言った
「いえいえ」
「もしかして、初めてだった?」
成り行きを見守っていた信玄が口をはさむ。
「はい。イベントとかに行く機会がなかったですから」
少し残念そうに夏奈が言った。
毎年、適応者と触れ合うイベントは各地で開催されていた。大きなイベントには障壁を張れ適応者も呼ばれていた。しかし、開催地は人の集まりやすい都市部がほとんどだったために、参加する機会がなかったのだ。
夏奈の子供の頃――十年ほど前は、村も適応者でにぎわっていたのだが、障壁を張れる適応者基本的にいなかった。ごく稀に村に訪れることもあったが、四六時中障壁を張っているはずもなく、才華に出会うまで触れる機会がなかった。
「まあ、そう言う人もけっこういるよ。俺もそうだったし」
「そうなのですか?」
「こいつの場合は、ただ単に面倒くさがっていただけよ」
才華は呆れたように溜息をつく。
「だってさ、この手のイベントって夏とか冬の長期休みに多いじゃん」
「そうね」
相槌をうちながらも、才華は信玄の次に言うセリフがまるで予知能力者のごとく予想できた。そして信玄は予想通りの答えを言った。
「夏は暑いし、冬は寒いから家から動きたくなくなるのよ」
「言うと思った」
「親もそうだし、基本的にうちの家系の特性かもしれん」
「遊びに連れて行ってとか、ねだらなかったのですか」
遊びに連れて行って、とねだるのは大抵の人が経験したはずだ。
「仕事で疲れ切っている姿を見ると、あまり言いだせないしな」
「その気持ち分かります。私もおじいちゃんが疲れているのを見ると、言い出しにくいですから」
「だよね」
「わりとまともな理由もあったのね」
才華は興味なさそうに呟いた。
「まあね、それと話戻すけど、夏奈ちゃんもっと大胆にやってみない?」
「大胆にですか?」
「そうそう、おもいっきり殴ってみるとか」
「えっと……」
夏奈は戸惑いの声を上げた。信玄の言っていることは、明らかに普通のコミュニケーションを逸脱していたからだ。しかし、ここではこれが正解だった。ライフルですらほとんど意味を成さないのだ、一般人の打撃がきくはずもない。
イベントでは子供が、適応者に攻撃をしてみる機会がある場合もあった。もちろん子供が怪我をせぬように分厚いグローブをはめるなどの対策をしていた。
「イベントとかではあるらしいよ。いっちゃいなよ」
信玄は夏奈が遠慮しているのだと思い込み進める、ご丁寧にシャドーボクシングのまねごとまでしていた。
「確かにいいけど、あんたが言うのはなんか違う気がする」
「いいのですか!」
「いいわよ」
才華は事も無げに言った。
才華の言葉を噛みしめたのちに、
「やっぱり、遠慮しておきます」
夏奈は少しだけ申し訳なさそうに断った。
大丈夫と分かっていても他人を攻撃するのに抵抗を示す人は普通にいる。
「イベントでも女の子はあんまり参加しないから気にしなくていいわよ」
才華は夏菜の雰囲気からなんとなく攻撃してこないことを察していた。
「やっぱり、男の子が多いのですか?」
「そりゃ勿論、小学生ぐらいが一番多いわよ。その分おバカなことする子もいるけどね」
才華は言いながら横目で一瞬だけ信玄を見る。小学生の中にはとんでもないことをする子どももいた。男性の急所を攻撃するのは可愛い方で、箱いっぱいに詰めた虫をぶつけるという猛者もいた。箱いっぱいに詰まった虫は害はなくても精神的にきついものがあった。
「ねえ、最後のセリフの時俺の方見なかった?」
信玄は才華の視線を目ざとく感じ取っていた。疑問と言うよりは半ば確信から出た言葉だった。
「いえ」
才華は素知らぬ顔でごまかす。
「絶対嘘だゾ。俺のことバカにしているゾ」
二人のやり取りを、ほほ笑ましそうに夏奈は見ていた。身体から強張りも消え緊張がほぐれているのが見て取れた。
三人が話を交えていると、襖の向こう側から声が聞こえた。夏奈の祖母が食事に読んでくれたのだった。




