第4部:日向・《日向》-3
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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それは遠い思い出だ。
「オレはきっと前世で悪いことをしたから、人間界の煩悩の中で、病気持ちのまま、親にまで疎まれて生き長らえてるんだよ、今」
「え?悪いことすると動物で、いいことすると人間に生まれ変わるのよ。何言ってんの」
未だアキラたちに出会う前の小学生の頃、道徳の授業の後に、サキとコメチはこんな会話をしていた。
あの時のカズヤは、サキの気持ちがいまいち理解できず、コメチの気持ちの方が理解できていた。しかし、今ならサキのその気持ちが理解できるような気がする。
カズヤだけは知っていた。細い目に隠されたサキの黒い瞳は、実はいつも哀しみや苦しみで潤んでいたということを。その瞳の美しさを隠す為に、彼の瞼は糸のように細いのだ。
―――そうだ、サキが《夏青葉》だ!
カズヤは今、はっきりと確信した。
サキの超能力は念動と念話だけではない。あの細い目が一杯に開かれて広い世界を見据えた時、別の力が発揮される。あの事件はサキの力だ!
カズヤは思い出した。
あれは小学二年生くらい。カズヤが未だ自分の能力に気付いてもいなかった頃の話だ。
今でこそ暖かくなってしまったが、あの頃の冬はとても冷え、川の水が硬く凍り付いて、スケートなどと言いながらよく遊んだものだ。真冬の間は誰も止めなかったが、親が止めるよりも早い時期から、サキは危ないと言って止めていたものだ。そしてカズヤはそれを無視して、よく氷の上を歩いていた。
真冬も終わりに近付いていた頃、カズヤは例によって氷の上を歩いていた。
「カズヤ、止めろヮ。そろそろ薄くなる頃だっちゃ。危ねぇよヮ」
「大丈夫だって」
あの日もサキに止められたのに歩いて、カズヤは滑って転んだ。暖かくなり始めた緩い陽射しに氷は薄くなっていて、転んだ衝撃で氷は割れ、カズヤは川に落ちてしまったのだ。
カズヤは別に泳げなくはない。しかし冬の凍った川の水はとても冷たく、這い上がろうとして氷の縁を掴めば割れてしまい、陸に戻ることもできなかった。
それでも「救けて」と、カズヤは言うことができなかった。
もし、うっかりその一言を口にしてしまったら、サキは自分の病気のことも忘れて救けに来てしまう。それではサキが死んでしまう。
あまりの寒さに藻掻きながらも、カズヤは這い上がろうと頑張り続けた。
氷水で濡れた衣服はずっしりと重く纏わりつき、カズヤを水底に引きずり込もうとする。冷たさで身体は固くなり、藻掻く手足の動きも鈍くなる。子供心に死の恐怖を感じたものだ。
その間、サキは呆然と立ち尽くしていた。救けを大声で呼ぼうにも、辺りに民家はない。
氷の縁を割り進むように岸辺を目指すカズヤの限界が近付いているのが、サキの目にも明らかだった。
その時、サキは細い目を大きく見開いた。
それは見たことがないサキの顔だった。
瞬間、川の流れはカズヤを優しく包み込み、まるで温水プールのように変わった。氷は冷たくなく、ただのプールサイドのタイルのようになり、割れた氷の縁は鏡のように硬くなり、その上をサキが駆け寄ってきた。
「カズヤ!カズヤ!」
水の中のカズヤに差し伸べられたサキの手を握ると、不思議なことに疲れはたちまち癒され、陸に上がると服は何事もなかったかのように乾いていた。
振り返れば川は元通りになって、サキの目も細くなっていた。
あれは何故だ?今更疑問に思う。
そういえば、三才の時に見た十三才のサキも、目を大きく見開いて仮面の男を吹き飛ばしていたではないか。
別にサキは、自分が何をしたということには気付いていなかったし、カズヤはその後に自分の超能力に気付き、その時の出来事を自分の力の所為だと思って心の整理をつけていて、今の今まで忘れていたのだ。何故、今思い出したのだろう。何故今まで忘れていたのだろう。
大事に大事に甘やかされて育ったカズヤは、ここに来て初めて怒りや憎しみという感情を知った。そうして、ようやくサキの本当の姿を知ったような気がしていた。
今まで些細な感情に振り回されていたのはカズヤの方で、サキはあまり感情を見せていなかった。それは外見だけで判断すると、感情が豊かなのはカズヤで、サキは感情が乏しく見られる。
しかしサキの家庭環境を身近に知るカズヤから見ていると、サキは感情を表に出していないだけで、実際は彼の方がカズヤよりも感情が激しいはずだ。彼はそれをいつも理性で抑えているだけなのだ。
あの優しさ、真面目さ故に抱くであろう怒りの数々を、愛する者に向けない為に必死に抑えている。だからいつも瞳を伏せているのだ。
サキこそ《夏青葉》だ。
カズヤはその事実を信吾には言えない。誰にも言えない。つまり今、カズヤは周りの人全員を欺いている。そうすることが良いことだと信じ、《反日教》の集まりを無視して、彼は家路に着いた。
どうせ明日に報告はされるのだし、信吾がある程度シナリオを考えているだろうから、それに従うしか今はない。それより何よりも、人を欺くことの辛さを処理するほうが、今の自分には重要なことだと、カズヤは考えていた。
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