第2部:痛み-6
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
http://ncode.syosetu.com/n9537d/
バンッ!と勢いよく扉が開かれた。
「カズヤくん、カズヤくんっ!」
赤い夕日に照らされているのに、信吾の顔が青ざめているのがよく判った。
「ああ、信吾」
思わず笑顔が出てしまったのには、感情の抑制を解いたからで、決して怒りが消えたからではない。
「笑わないでちょうだい。あたしの所為よ、どうしたらいいの。あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
信吾は涙声で言いながら、カズヤのことをおぶい上げた。
「知り合いに骨接ぎがいるの。そこに連れてくわ。病院だと融通利かないから」
「肩貸してくれるだけでいいって」
「ダメよ、折れてるんだから。まさかこんなに……。あたしが連中を甘く見てた所為だわ」
最後はまるで独り言だった。
信吾の身体つきは華奢で、百八十センチ近いがっしりした体躯の持ち主のカズヤとしては、背負われるのがあまりに申し訳ないくらい。その華奢な信吾は三十分もかけて、ようやくその接骨院に辿り着いた。普通に歩けば十分とかからない距離の所だ。
「モグリ先生、診てくれる。犠牲者よ、また」
「はいはい」
明るい診療室の奥から、まるでモグラを連想させる、イガグリ頭の男が出てきた。
「どうでもいいけど、かすみちゃん、モグリって呼ぶなよな」
「あら、だって、モグラとイガグリをかけただけよ。それとも身に覚えがあるのかしら」
「ないに決まってるだろ。でも、ほら、他の患者さんも、それにこの男の子だって、知らなきゃモグリの医者だと思うじゃないか。オレは骨接ぎ。柔道整復師なの」
モグリと呼ばれてしまった接骨院の先生は、部屋の隅で埃を被ったまま忘れられたように飾られている、資格の免状を指差してみせた。が、信吾がそうそう動じるわけがない。
「そんなの、知ってるわよ」
「はいはい、またいつもの漫才になっちまうよ。かすみちゃん、ついでだから手伝ってくれよ。男手が足りなくてさ」
「えー、あたしでいいの?ま、一応男だけどさぁ」
「勝手知ったる仲じゃないか。機械の取り外しくらいやってくれよ。オレはこの……」
「鈴木です」
「そう、鈴木くんの治療入るから」
「いいわよ」
信吾は本当に勝手知ったる仲のようで、そこにいる患者さんの名前を親しげに呼びながら、低周波治療機の取り外しを始めた。
「ああ、ピーチにやられたって言ってたから、多発骨折じゃないかって心配だったんだけど、単純な骨折で良かった。あのね、この左側の脛の、外側の骨が折られてるんだけど、きれいにポッキリやられてるから、きちんと固定すれば大丈夫だから」
モグリと呼ばれた骨接ぎ、茂木は、患部を念入りに調べて言った。
「君、何かスポーツやってた?普通痛がるよ、これだけきっちり折れてれば。妙に我慢強いみたいだけど」
「あ、空手とハンドボールを少々」
「少々だなんて、結構しっかりやってたでしょう。鍛えてあるのくらい、一応専門家だからね、すぐ判るよ」
「そうですか」
カズヤは簡単に話を終わらせ、自分が訊きたいことを訊いた。
「あのー、あの連中の犠牲者って、結構いたんですか?」
「んー、そうだねえ。かすみちゃんがここに連れて来ただけでも三十人はいるかな。あのピーチがここに来て十二年間で考えると、数えきれないなぁ」
「えっ、そんなに?」
「カズヤくん、明日、何なら会ってみる?」
横から信吾が口を出した。
「ちょっと待てよ。それだけいたら、信吾の作ろうとしてる同盟は作れるじゃん」
「それはできてるのよ。けどね、誰もその盟主になれるだけの勇気も力量もないの。勿論、あたしも含めてね。あたしにそれだけの器量があったら、とっくの昔に旗揚げしてるわ」
信吾が小声で話し出したので、カズヤも声のトーンを落とした。
「オレ、信吾ならあると思うけどなぁ」
「カズヤくん、それは買い被りすぎよ。あたしは霞、霧霞よ。お膳立てもできるし後片付けもできるけど、実体のないあたしを盛り立てることはできないのよ。あたしはずっとアキラちゃんのことを陰で見て、陰になることでアキラちゃんを立ててきて、それしかできない人間なの」
信吾は自分を卑下しながら、アキラを熱心に崇拝する信者のようだった。
そんな信者にカズヤは騙されはしない。
例え自分も彼女の崇拝者であったとしても。
「で、お前はオレをアキラの代わりにしようとしてるんだろ。だとしたら、どう考えたって、オレには無理だ。あいつとオレじゃあ格が違いすぎる」
「誰も代わりをしてくれなんて頼んでないでしょ。アキラちゃんは正義感は強いし、あのカリスマでしょ。あれは誰にも真似できない、天賦のものだわ。
でもね、そんなアキラちゃんにも、決定的なものが欠けてたわ」
カズヤは、そう言う信吾の中に、アキラと同じ何かを見た気がした。怖ろしさを抱かせる何かを。可愛らしい外見の信吾の中にも、計り知れない闇がある。
「痛みよ」
吐き捨てるように信吾は言った。
「アキラちゃんはね、あの連中にやられる痛みを知らないのよ。
彼女は頭もいいし、腕もたつわ。要するに優れすぎているのよ」
信吾のその一言を聞いて、カズヤの気持ちは急に萎んでいった。
あの、須らく絶妙なタイミングの理由に気がついた気がしたのだ。
「まさかとは思うんだけどさ、信吾、今日のことも前の時も、お前、計ってピーチを煽ったんじゃ……」
信吾ははっと口を抑えたが、その仕草が全てを物語っていた。
作者補足:
作中では病院だと融通が効かない、などと発言していますが、そんなことはありません。接骨院が融通効くというわけでもありません。
誰かに負わされた怪我というのは『第3者行為』と見なされ、健康保険の適用外となります。その場合は100%自己負担となり、加害者との相談で示談金が被害者に支払われるような形となります。
よって、融通が効くというのは、話が通りやすい程度のものとなるはずです!
管理人が今の仕事に就く前に書いたのでご容赦下さい
↓↓↓先行記事&物語の世界観解説を連載している作者のブログです。是非おいで下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/alfraia
また、日本ブログ村とアルファポリスに参加しております。
お手数ですがバナーの1クリックをお願いします。