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第2部:痛み-7

本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。

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 わずかな沈黙の後、信吾は口を開いた。

「……ええ、そうね。たしかにそうよ」

 信吾は開き直った。

「これは賭けだったのよ。

 あなたは連中に殴られ、あのピーチと《日向》の関係に怒って、あたしたちの仲間に加わるって、シナリオを描いてたの。だって、殴られるったって、カズヤくんならあしらえると思ってたもの。だから多少の過激なことも大丈夫だろうとね。

 でも、結果はこれよ。世の中大丈夫なことは何もないって教えられたわ。連中が行きすぎたことをしてくれた。もう、諦めてるわよ、あたし。

 諦めついでに喋らせてもらうけど、どうせあたしもあの連中と似てるわよね。どんなことをしてでも、欲しいものを手に入れようとするところなんて」

「……」

「でも、連中の被害に遭った内容は、何も暴力や進路妨害だけじゃないわ。男も女もお構いなしに、一生を台無しにしてしまうようなことなんかもあるのよ。

 暴力にだったら声を大にして立ち上がれる人もいる。けど、被害者が大声で口に出すことのできない暴力ってのも、この世の中にはあるの。きっとカズヤくんの生まれ育った場所から想像もつかないでしょうけどね。

 でもね、どんな罪だって、あのピーチのことだから、証拠がないとか言っちゃって、(うま)く逃げるに決まってるわ。あたしだって、世間に大声で、『あたしはあの男に犯されました』なんて、とても言えないわよ!」

 腹の底に(よど)んでいた憎悪を吐き捨てるように、苦しげな表情で信吾は叫んだ。


 何と言ったらいいのか判らず、ただ戸惑いの表情をしているカズヤを見て、信吾は哀しげ笑みを浮かべた。

「ごめんなさいね、また押しつけでものを言っちゃったわ。今度は同情路線なんて、あたしも汚いわね。懺悔(ざんげ)でもすれば赦されるわけないのにさ。笑っちゃう。

 あたし、これ以上何か喋ったら、余計なこと言っちゃいそうだから、このまま黙って家まで送るわ」

 信吾はカズヤに手を差し出した。

 その冷たい手は一度噴き出してしまった怒りの所為で、小刻みに震えていた。そのあまりの冷たさに、カズヤは思わず手を引っ込めた。ただ漠然とだが、そうした手から感じる負の感情が怖かった。

「松葉杖あるから平気」

 瞬間移動するつもりだったから、かえって信吾がいる方が都合が悪いのだが、そうはっきり言えるわけがない。結局カズヤの住むマンションの戸口の前まで、信吾は送ってきてくれた。


「信吾、寄ってかないのヮ?」

 カズヤは信吾に声をかけた。

「いいえ、今日は失礼するわ。《反日教(はんにちきょう)》の集まりがあるの」

「はんにちきょう?あ、省略してんだな。何処でやってるの?」

「知ってどうするの?ま、モグリの所だけど」

 明らかに、信吾はカズヤとの間に一本線を引いた言い方をした。それに苦笑しながら、カズヤは言った。

「盟主はちょっとだけど、考えとくよ。アキラの代わりじゃないみたいだっけ」

 それを聞いた信吾の顔が、喜びで(ほころ)んだ。しかしカズヤは、その喜びの裏に隠された、策士信吾の顔には気付いていなかった。


 信吾は足取りも軽やかに、茂木(もぎ)接骨院へ向かった。

「大丈夫だったか、かすみちゃん。話は聞いたけど……」

「ええ、ちょっと言い過ぎましたわね。でも大丈夫。半分は計算したことですもの」

「ならいいけど。ところで、例の彼、どうなった?」

「結果的には成功しましたわ、鈴木和哉でしょ。

 ええ、彼はアキラちゃんの右腕に間違いありませんわ。彼こそが《夏青葉》。アキラちゃんは彼を大事にしているようですので、アキラちゃんには内緒にしていて下さいね。

 あたくしが何も知らない彼のことを、《夏青葉》に育て上げてみせますわ。面白くなりそうだと思いませんこと……」

「大事?」

「そう。彼にはアキラちゃん、《夏青葉》の意味を何も教えてないようですの。《日向四天王》ばかりかあたくしとも付き合うなって言ったみたいですもの」

「そりゃ、大事にしすぎだな。自分で言い残した補佐官の《夏青葉》ならば、しっかり教育しておいてもらわんと。聞けば結構な甘ちゃんらしいじゃないか」

「駄目よ、焦っちゃ。ゆっくりあたくしが育ててみせますわ。お二人とも、楽しみに見てて下さいな」

 信吾は暗い診療室で、二人の男とひそひそと話していた。

「しかし、あと一月半だが」

「大丈夫ですとも。彼はとても素直な性格よ。年寄りはせっかちだからいけないわ」

「年寄りとは何だ」

「あら、あたくしと比べたらねぇ」

「そりゃ中学生と比べたら、どうしようもないだろ。反則だって」

「あら、でも事実よ」

「社会人、または大人と呼べ」

「別にどうでもいいじゃないの」

 信吾は楽しそうに笑った。

「あとは学生たちをまとめておかないと」

「解ってますわ。明日、こちらで集まるつもりです」

「かすみちゃん、任せたからな」

「ええ。そちらは大事な所を抑えて下さいね」

 暗い診療室の秘密の会話は、そこで終わった。




次回から第3部;反日向・反教師同盟〜を始めます。




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