第3話「キャラクタークリエイト」
どこまでも広がる真っ白な空間。
僕の目の前に現れた女神様が透き通るような神々しい声で優しく、そして厳かに語りかけてきた。
『ようこそ、冒険者よ。あなたの物語を描く、真っ白な世界へ』
『まずは、この世界で呼ばれるあなたの名前を教えてください』
なるほど、キャラ選択イベントってことね。名前かぁ……。んー、現実と同じで良いかな。
「マオです」
『冒険者マオ……。承知いたしました。では次に、あなたの器となる姿を選んでください』
女神様の言葉と同時に、僕の目の前にいくつもの光が集まり、人の形を成していく。
屈強なドワーフ、しなやかなエルフ、猛々しい獣人。
いかにもファンタジーらしい種族たちが、まるでショーケースのフィギュアのように並んでいる。
獣人は狼や猫、竜人など、さらに細かく種族を選べるらしい。すごいな、これだけで一日遊べそうだ。
でも……
「ヒューマンでいいや」
一番シンプルで一番普通。それがいい。
僕が「ヒューマン」を選択すると、他の種族の姿はスッと消えて、代わりに目の前に一人の男が現れた。
少し猫背で、気の弱そうな目をした黒髪の男。どこにでもいそうなモブ……というか、これ僕だ。
どうやらログイン時に、僕の容姿がスキャンされていたらしい。
目の前には髪型、目の色、顔のパーツ、身長などを調整する無数のウィンドウが浮かび上がる。
ここから理想の英雄や絶世の美男子を作り上げていくんだろう。
浅峰なら、きっと目を輝かせて三時間くらい悩むんだろうな。
でも。
「ま、このままでいいや」
僕は全てのウィンドウを閉じ、そのまま決定ボタンを押した。
『……本当によろしいのですか? 全ての項目が初期設定値のままですが』
「はい、大丈夫です」
『……わかりました。では次に、あなたの歩むべき道――ジョブの選択に移ります』
女神様の言葉と共に、僕の目の前に無数の光のカードが展開された。
【勇者】【聖騎士】【竜騎士】【魔道士】【拳闘士】【暗殺者】……。
すごいな。いかにもファンタジーらしい格好いいジョブがたくさんある。
浅峰が選んだっていう【勇者】は、選択肢の一番上だ。
でも僕がやりたいのは、こういうのじゃない。
このゲームでは戦いじゃなくて、癒やしとかリラックスとか……スローライフを追求していきたい。
【鍛冶師】、【錬金術師】……生産系のジョブもあるのか。こういうのもいいけど……あんまり働きたくないな。
【テイマー】は……動物と仲良くなれそうだけど、結局戦わせるよね? 違うなー。
僕は膨大なリストを、ただ下へ下へとスクロールしていく。
そしてリストの一番最後の方、ほとんど誰も見ていないような場所で、それを見つけた。
――【通訳】。
「へぇ、こんなジョブもあるんだ」
そういえばワーキャンは、全世界で大流行中のグローバルなゲームだ。
……もし、散歩中に急に外国の人に話しかけられたら、どうしよう?
僕、英語なんて全然喋れない。言葉が通じなくても、ノリと勢いでコミュニケーションをとる?
……いや無理だね。そんな陽キャムーブは、僕には逆立ちしたってできっこない。
ならば、答えは一つだ。
僕は迷わず【通訳】のカードを選択した。
『……冒険者マオ? そのジョブは一切の戦闘能力を持たない特殊職です。……本当によろしいのですか?』
「はい、大丈夫です」
『…………………………わかりました』
あれ、気のせいかな。
女神様の返事、やけに間が長かったような……?
『……では次に、あなたに女神の加護を与えます。望む力を教えてください』
今度は目の前にステータス画面のようなものが現れた。
【筋力】【防御力】【敏捷性】【魔力】……なるほど、ここで初期能力を決められるのか。パラメーターを割り振れるようになってる。
どうしようかな。パワーとかスピードとか、僕にはいらないし……。
僕は戦闘系の項目を全部無視して、一番下の「一般」カテゴリを開いた。
……ん?
リストの隅っこにひっそりと、【第一印象】という項目があった。
「女神様。【第一印象】っていうのは、どういう加護なんですか?」
『それは、モンスターやこの世界の住人からあなたに向けられる初期警戒度を、少しだけ下げる効果を持つ加護です』
なるほど。モンスターとかNPCに、初対面で怖がられにくくなるってことか。
ワーキャンは、NPC一体一体に超高性能な個別AIが搭載されてるって聞いたことがある。
それぞれ個性があって、現実の人間と同じようにリアルな関係が築けるらしい。
『ただし、その効果は限定的です。この加護を望むのであれば、代わりに【魅力】のステータスを――』
「これに全部で」
『……は?』
女神様の神々しい声に、素の響きが混じった。
「【第一印象】に、100ポイント全部振ります」
なんたって僕は人見知りだからね。
何もしなくても第一印象が良いなんて、最高の加護じゃないか。
『……冒険者マオ? この加護は あくまでも《《第一印象》》だけでして、その後の好感度はあなたの言動次第ですよ?』
「はい。それで大丈夫です」
『……本当に、よろしいのですね? 』
「はい」
『…………ホントに?』
結構しつこいなこの女神。
「はい、大丈夫ですから」
『……わかりました。あなたの新たな門出を、祝福します』
女神様の声が若干疲れているように聞こえたのは、きっと気のせいだろう。
(スタート地点選択へ続く)




