第69話:封印の晩餐
店の奥の作業場。
レオンは鍋の火を止め額の汗を拭った。
香草の芳香と蒸気の中、静かな声が響く。
「……これで、やっと形になったな」
テーブルには、深い青の皿に盛られた料理が置かれていた。見た目は穏やかだが、微細に練り込まれた氣の流れは常人には感じ取れない。
その傍らで、ユナが目を輝かせた。
「バクルアの料理を改良するなんて、本当にできると思わなかった……。これでロイドのスキルを抑えられるのね?」
レオンは頷き、料理の表面を箸で軽くなぞった。
「そう。これを食べればスキルの根源を一時的にだが封じることができる」
ラースが腕を組み、感嘆の息を漏らす。
「つまり……ロイドの支配の源を一時的にでも止められるってことか」
「そうだ」
レオンの声には迷いがなかった。
「完全な封印ではない。だが、ロイドのスキルは洗脳に分類される類のもの。
一度でもその力を封じることができれば、彼の支配下にある人々をすべて解き放つことができる。」
ユナが顔を上げ、問いかけるように言った。
「本当に……そんなこと、できるの?」
「できるさ」
レオンは静かに微笑む。
「料理は、誰かを縛るためのものじゃない。心を解き放つためにある。あいつの偽りの力なんかより、ずっと強い」
ラースが拳を握りしめる。
「なら、俺たちも動く。準備は任せてくれ。祭の当日にこの皿を出すんだな?」
「……ああ」
レオンは頷き、湯気の向こうに仲間たちの顔を見つめた。
「その日、王都の全てを縛る鎖を断ち切る。フローラを……皆を、自由にするんだ」
三人の視線が交わる。
そこには恐れよりも、確かな希望が宿っていた。
「ただ、一つだけ問題がある。」
レオンの声がわずかに低くなる。
「ロイドは用心深い男だ。王になってからは何を食うにもまず毒見をさせるそうだ。もし、この料理を誰かに先に食わせるようなことがあれば――」
ユナが息をのむ。
「まさか……その誰かが」
「そうだ。」
レオンは苦い表情で頷いた。
「もしそれがフローラだったら最悪だ。封印の効果が先に彼女に発動すれば、ロイドはすぐに異変を察知する。そうなれば、もう二度とチャンスはない。」
ラースが拳を握りしめる。
「……そういうことか」
レオンは深く息を吸い、静かに続けた。
「ロイド自身に食わせる、それも自然な流れで。誰の疑いも招かず、彼の自尊心に触れない形で……完璧に仕組まなければならない。」
「そのためには、ティアナとレイナの協力が絶対に必要だ」
レオンはゆっくりと言った。鍋の蒸気が二人の顔をぼんやりと包む。
ティアナとレイナは互いに目を合わせ、頷く。二人の決意は揺らいでいない。それが何よりの答えだった。
「私たちに毒見させてほしいのね?」
ティアナが静かに訊く。声は震えを含んでいたが、迷いはない。
「そうだ。ただし本物の皿は、お前たちには出さない。・・・あいにくと封印の料理は一皿分にしか準備できなかったからね」
レオンは説明を始める。
言葉を一つひとつ丁寧に置くように。
「祭の広場では演出用の皿を用意する。だがロイドには誰かが先に食べて異常はないという印象を与えられる。彼の不安を和らげ、本命の皿を安心して口にさせるためのカモフラージュだ」
「味も見た目も同じなのに、効果がないなんて本当にできるの?」
ティアナが目を細め、不安げに訊ねる。
レオンは、ゆっくりと頷いた。
「このスキル封印の料理は、ただの調理だけで成立しているわけじゃない。霊草の刻み方、出汁のとり方、熱の入れ方、一つでも狂えば、封印の回路は途切れてしまう。」
「観客の前で行う味見は、あくまで演出にすぎない。
ロイドには誰かが先に食べても何の異常も起きなかったと思い込ませるための、完璧に仕組まれたフェイクだ。」
レイナが小さな声で呟く。
「でも演技って……難しいわね」
「分かってる」
レオンは二人の手を見つめ、低く言った。
「だが、演技は嘘じゃない。嘘の中に真実を混ぜるんだ。お前たちの恐怖も、戸惑いも、すべてがリアルだからこそロイドの疑いを溶かす。だが同時に、もし何か異変が起きたら即座に中止の合図を出す。ユナの笛はそのためのものだ。誰かの命を危険に晒すわけにはいかない」
ラースが真剣な表情で頷く。
「リハーサルを何度もやろう。本番の1分1秒をすり合わせる。誰が視線を作るか、誰が笑顔を崩すか、誰が笛を吹くか。失敗の余地は最小限にする」
ティアナとレイナは互いに視線を交わし、深く息を吸った。その目には揺るがぬ決意が映っている。
「わかった。演技は任せて」ティアナが小さく言う。
「私たちが先に食べて何も起こらない。それをロイドに見せて、彼の油断を引き出す。フローラは絶対に近づけさせない」
その言葉に、一瞬全員の顔が固まる。だが次の瞬間、ティアナが力強く拳を握りしめた。
「私たちがやる。演じ切って、ロイドを欺いて、フローラを助ける。それが私たちの選んだ道だから後悔はしない」
レオンは深く息を吸い、二人の手を自分の掌で覆った。その手の震えは収まらないが、暖かさだけは明確だった。
「ありがとう。祭の夜、みんなでこの街の空気を変えよう」
窓の外では祭りの喧騒が近づいてくる。灯りに照らされた影が揺れ、準備はもう秒読みだ。最終の段取りを確認し、各々の役割を胸に刻んだ。




