第67話:料理人の正体を暴け
ロイドは椅子に深く身を預け、指先で卓上を軽く叩いた。
「……フローラ。下がれ」
虚ろな瞳のフローラが無言で一礼し、静かに部屋を出ていく。
重い扉が閉じられる音を確認すると、ロイドは近侍の騎士に目をやった。
「ティアナとレイナを呼べ。……今すぐだ」
ほどなくして、二人の足音が廊下から近づいてきた。
やがて扉が開かれ、ティアナとレイナが姿を現す。
「呼び出しと伺いましたが、どうされました?」
ティアナが恭しく頭を垂れる。
その横でレイナも静かに膝を折った。
「レイナ、ティアナ」
低く名を呼び、二人の前に紙を突き出す。
「こいつを見ろ」
二人は同時に視線を落とし、次の瞬間、胸の奥が激しく揺さぶられる。
(……レオン!)
(まさか……バレて……!)
心臓が早鐘を打ち、喉が焼けつくように乾く。
ロイドの声が鋭く突き刺さる。
「……どうだ? お前たちには、こいつがあのレオンに見えるか?」
一瞬、室内に重苦しい沈黙が落ちた。
ティアナは深く息を吸い、必死に笑みを作る。
「……似ていますが、違うと思います。レオンは……もうこの世にいないのですから」
レイナもすぐに続く。
「はい、私もそう思います。あれはあくまで……別人です。雰囲気こそ似ていますが、あの焼きただれた顔から想像することは到底できません。」
言葉は淀みなく、完璧に聞こえる。
だが、瞳の奥に宿る微かな揺らぎをロイドは見逃さなかった。
「……ふん」
ロイドは低く鼻を鳴らし、似顔絵を机へ投げ置いた。
「死んだはずの男に似ているだけの料理人、か。……そうであるならば、それでいい」
冷ややかな声音。
しかしその瞳は鋭く細められ、二人の内心を抉り出そうとするかのようだった。
ティアナとレイナは、冷ややかな空気の中で頭を垂れ続けていた。
だが、どうしても飲み込めない疑問が胸を圧迫する。
やがてティアナが恐る恐る口を開いた。
「……ロイド様。差し支えなければ、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「言え」
短く返すロイドの眼差しは鋭い。
ティアナは喉を震わせながらも続けた。
「なぜ、この料理人が……レオンだと、お考えになられたのですか?」
レイナも横で小さく息を呑む。
ロイドはゆっくりと目を細め、二人を見据えた。
「……理由は簡単だ。フローラがそう口にした」
「……!」
二人の瞳が大きく見開かれる。
ロイドは立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。
その表情は苛立ちと薄い恐怖に歪んでいる。
「フローラは、レオンが火傷を負う以前の素顔を唯一知る存在だ。
その彼女が似顔絵を目にした瞬間、思わずレオンと呟いた。」
ティアナとレイナの胸は激しく高鳴った。
(フローラが……! まずい……何とかごまかさなければ!)
だが二人は必死にその思いを押し隠す。
少しでも動揺を見せれば、即座に疑いをかけられるとわかっていた。
ティアナは低く首を垂れ、震える声で答えた。
「……フローラが……そのようなことを……」
「はい……しかし、それは……」
レイナも続ける。必死に言葉を探しながら。
「きっと、ただの記憶の混乱かと……」
ロイドは二人の顔を冷ややかに舐めるように見渡した。
「……だろうな。あんな雑魚の料理人が魔獣の森で生き残れるわけがない」
吐き捨てるように言い放ち、椅子へ腰を下ろす。
胸の奥にまとわりついていた冷たい影が、わずかに和らいだ。
ロイドはゆっくりと椅子に背を預け、指先で卓を軽く叩いた。
「……よし。試す方法は一つでいい」
冷ややかな瞳が、ティアナとレイナに突き刺さる。
「お前たち二人に命じる。奴の営む店に行け。そして、わざとフローラが私に虐げられていると噂を口にしろ」
「……わかりました」
彼は薄く笑みを浮かべる。
「奴がただの料理人ならば黙って聞き流すだろう。だが、もしレオンであるなら黙ってはいられぬはずだ」
言葉には確信めいた響きがあった。
「奴の弱点は正義感と執着だ。フローラの名を出された時、必ず反応する。
反応した瞬間――奴の正体は暴かれる」
重苦しい空気を引きずったまま、二人はロイドの私室を退出した。
「……ティアナ」
レイナが小声で呼びかける。
その瞳には、決意の光が宿っていた。
ティアナも周囲を確かめ、廊下の人影が遠ざかるのを待ってから小さく頷いた。
「……ロイドは、私たちがまだ完全に支配されていると思っている。だからこんな命令を出したのよ」
「うん。……でも、もう違う。あの料理で私たちは心を取り戻している」
ティアナは唇を引き結び、低く囁いた。
「命令には従ったふりをする。レオンの店に行って、フローラ様のことを話す……表向きはね」
「……でも実際には――」
レイナが言葉を継ぎ、強く頷いた。
「フローラがレオンの名を思い出しかけたことを教えてあげるの」
「ええ……フローラもきっと元に戻せる。レオンに教えてあげないと」
胸の奥で小さな炎が、二人の間に確かに灯った。
や二人は互いに深く頷き合い、足早に廊下を進んだ。




