第51話:冤罪の内容
レオンは、低く静かな声で言った。
「……レイナにロイドのスキルが確実にかかっていたことは分かった。でも、それだけじゃない。正直、今……少し戸惑ってる」
「戸惑ってる?」ユナが不思議そうに眉を寄せた。
「今日の料理は、本来ならただの補助でしかない。
あくまで体と氣の流れを整えるだけのものだった。
なのに、レイナの反応は……明らかに効きすぎてた。」
「スキルが抜けかけてるってことか?」とラースが問う。
レオンは頷いた。
「一部が剥がれかけてた。まるで、張り付いていた心の鎧が緩んで、ひび割れ始めたような感覚だった」
「でも、いいことなんじゃないの?想定より効果が出るなら、それだけ希望があるってことでしょ」
ユナの言葉に、レオンはわずかに首を振った。
「……それが不可解なんだ」
「本来の解除料理はバクルアの効果と料理に込めた氣の巡りで、時間をかけて調理する必要がある。でも今回は、そこまでの工程を踏んでいない。ただの一皿だった。
それなのにあれほど強く反応したとなると、考えられる可能性はひとつ」
「……ロイドの力自体が、落ちてきてる?」ユナが小さくつぶやく。
ラースが腕を組んだ。
「つまり……以前のように、王都全体に影響を及ぼすほどの力を維持できていない。
おそらく、レオンの料理による底上げがなくなったせいで、スキルの持続力が下がってるんだな」
レオンは深く頷いた。
「……そうかもしれない。俺がそばにいたとき、知らず知らずのうちに支えていたんだ。氣の流れを整え、回復力を補強して……それが、ロイドの能力を本来以上に活性化させてたんだと思う」
「じゃあ、今は――」ラースが口を開いた。
「レイナに、あの頃の信頼がまだ心に残ってたから、料理がきっかけになってスキルの支配が緩んだってことか」
レオンは静かに頷く。
「……あいつの中に、まだ僕を信じてた心が残ってたんだろう。
それが、料理で呼び覚まされた。そのせいで想定以上の効果が出てしまった」
ラースが手元のカップをゆっくりと置きながら、静かに言った。
「ティアナとフローラは……今もロイドの側にいるんだよな?」
レオンは頷いた。
「常に彼の近くに控えている。……つまり、スキルの支配下で最も深く縛られてるはずだ」
「ってことは、スキルの自然解除は難しい……」ユナが眉をひそめる。
「……ロイドは気づいてないんだろうな。自分のスキルが、じわじわと弱まっていることに」
ユナが眉をひそめる。「どういうこと?」
「スキルの支配力は、距離が近いほど強く作用する。
だからこそ、ティアナとフローラが常に傍にいることで、その強さに酔ってしまっているんだ」
ユナが呟く。「……慢心ね」
レオンは頷いた。
「彼は自分の能力が万全に機能していると信じ込んでいる。
だが実際には、ふたりの存在が目くらましになり力が鈍っていることに、まったく気づいていない」
「慢心と過信。そして、それこそが唯一の隙だ。
ロイドのスキルは強力だ。だけど、支配された人間の心の奥にまだ消えていない何かがあれば、そこを起点に壊せる」
彼は拳を握る。
「勝機は見えた。これで王都中のスキル解除の道が見えてきた」
ユナが小さく息をついた。
「やっと希望は見えてきた。」
「……そうだね」
レオンは、膝に置いた両手を見つめたまま、低く答えた。
「でも、これだけじゃ足りない。スキルの解除が進めば、いずれ真実も明るみに出る……そう思ってた。でも、甘かったかもしれない」
「まずはレオンの罪が冤罪だったことを証明する必要があるってことか」
「そう。問題の根幹には俺の冤罪がある。あの時は証拠も弁明の場もなかった。ただ、あいつの言葉だけで全てが決まった。料理人ごときに言い訳は不要って顔でね」
その言葉に、ユナが悔しげに唇を噛んだ。
「……理不尽すぎるよ」
レオンは静かに頷いたが、すぐに眉を寄せた。
「……ただ、それ以前に問題がある」
ユナが不思議そうに首を傾げる。
「問題って?」
「僕は……自分が何の罪で追放されたのかを正確に知らない」
一瞬、場に沈黙が落ちた。
ラースが低い声で問いかけた。
「……どういう意味だ、それは? 普通、追放処分の前には罪状の通告があるはずだろ」
レオンはゆっくりと首を横に振った。
「なかったんだ。僕には一切、告げられていない。
突然、拘束され、ろくに抗弁の機会も与えられなかった。気づけば王命による追放が決定されていた」
レオンは、かすかに顔を歪めて呟いた。
「スキルのせいで嫌悪されたのは事実だ。でも、正式な追放理由は……身に覚えのない罪のはずだ」
「なるほど……その罪を知って冤罪であることを証明しないと、ロイドのスキルを解除してもレオンは罪人のままってことか」
ラースが鋭く目を細める。
「そのために、まずは何が記録されていたのかを知らないといけない。なぜ俺が反逆者にされたのか、誰がそれを主張したのか……そこを洗い出す必要がある」
レオンは静かに続ける。




