第52話:協力者を探す
レオンは、黙ったまま目を閉じた。
呼吸を整え、胸の奥に沈めていたある思いに向き合う。
心に湧き上がるのは、かつて見た光景。
仲間とフローラに背を向けられ、何も言い返せなかったあの瞬間。
言葉にしようとするたび、心が焼けるように痛んだ記憶。
だが、今は違う。
だからこそ、言わなければならなかった。
「……ラース、ユナ。協力してほしい」
重くも静かなその声に、ふたりは反応する。
ユナが目を上げ、ラースがゆっくりと腕を組み直す。
その目に浮かぶのは、冗談や軽口を差し挟む余裕など微塵もない真剣な色だった。
「……おう。何だって言ってみろ」
ラースが低く言うと、ユナも頷いた。
「私たちにできることなら、なんでもやるよ」
レオンは短く頷き、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「探してほしい人がいる。……王族の関係者でもいい。ギルドの人間でもいい。
共通してるのは一つ。ロイドに大切な人を奪われた人物だ」
その言葉に、一瞬ふたりの表情が揺れる。
「大切な人を奪われた人?」
ユナが眉をひそめた。
「ロイドに、スキルで女を寝取られたりした奴ってことか?」
「そうだ」
レオンは声を濁さずに、まっすぐに言い切った。
「ロイドは、自分のパーティーメンバーの女たち全員に手を出していた。
しかも、それを当然のように扱い誰にも咎められずにいた」
「……クズだな」
ラースが吐き捨てるように言った。
「だが……それがロイドの本質だ。力を背景に人の心を踏みにじる。
そして、それを正しい関係にすり替えてしまう」
レオンの瞳が、静かに光る。
「そのスキルに支配された女たちは、自分の意志で選んだと錯覚する」
ユナが拳を握る。
「……そんなの、酷すぎる。精神まで壊されてるじゃない……」
「だからこそ必要なんだ。気づいてる人を見つけることが」
レオンは続ける。
「心の奥に納得できないという違和感を抱えたまま、日常を送っている者がいるはずだ。彼らこそが、ロイドの被害者であり……同時に、俺の冤罪を晴らすための協力者になり得る」
ラースが真剣な眼差しで問い返す。
「目星はあるのか? 誰が、いつ、どこで……」
「まだ分からない。けど、記録や噂を追えば必ず見つかるはずだ」
ユナの目が鋭くなる。
「なるほど……そういう人物を探して、冤罪の記録を盗ませるのね」
「その通りだよ」
「だが、それだけ絞って探すのは難しいぜ。ロイドのスキルで、まだ被害者が自分を被害者だと思っていない可能性も高いからな」
「だからこそ矛盾した記憶を持つ者を見つけてほしい。
恋人を急に奪われたとか、婚約者が突然別れを切り出したとか……そういった不可解な破局をたどれば辿り着けるはずだ」
レオンが頭を下げた。
「頼む。僕ひとりじゃ手が回らない。君たちの目で、真実を抱えてる奴を探し出してほしい」
「わかった。任せとけ。必ず探し出す」
ラースとユナはそれぞれ準備を整え、王都の情報網へと動き始めた。
「ギルド周辺の酒場と情報屋は俺が回る。泣き言の裏に怒りを隠してる奴を見つけてやるさ」
「私は魔具を使って、感情の乱れを検出してみる。納得してない目は嘘をつけないからね」
レオンはふたりに深く頷き、静かに見送った。
そのころ――。
王都の一角にある、静かな裏通りの小さな食堂。
木の扉が、控えめな音を立てて開いた。
「……また、来てしまったわね」
入ってきたのは、レイナだった。
彼女は以前と同じ席に腰を下ろし、落ち着かない手つきで湯呑みを手に取る。
厨房では、レオンが静かに鍋の音を立てていた。
その気配に、レイナの目がほんの少しだけ和らぐ。
(あの時の料理の味……あの瞬間、何かが揺らいだ。でも、それが何か判らない……)
レイナは自分の胸元に手を当てる。そこには、まだ答えの出ない違和感が残っていた。それは、ただの食事で得られる感覚ではなかった。
(あれは……何だったの?)
「いらっしゃいませ」
低く、穏やかな声がカウンターの向こうから届いた。
レオンは変わらぬ調子で彼女に一礼し、手際よく器を並べる。
「本日は……薬膳仕立ての蒸し鳥です。氣の巡りを整える効果があります。どうぞ、ごゆっくり」
レイナは言葉を返さず、ただ頷いて箸を取った。
一口。
また一口。
そのたびに、胸の奥に揺らぎが広がっていく。
(……なんなの、これは。何をされているわけでもないのに、心が……)
彼女の目がふと、レオンの手元を見つめた。
無駄のない、けれど優しさを宿した包丁さばき。
気づけば、あの支配の感覚は、また少しだけ薄れていた。
レイナは食べ終えると、黙って席を立ち――
けれど扉を開ける寸前、ふと立ち止まり、振り返ることもなく小さく呟いた。
「……明日も、来るかもしれない」
レオンはただ、微笑みを浮かべたまま深く礼をした。
その背に、レイナはなぜか胸が苦しくなるのを感じて、そっと扉を閉じた。




