第1話 召喚勇者と道連れ
可愛いけど色々と残念な女子高生 早瀬 阿左美と、その担任教師 眞壁 真一の二人が、魔王が復活する直前かもしれない異世界に召喚をされる。
とある秋の平日
そろそろ深夜から早朝になろうかという、微妙な時間帯。
眞壁真一は自室でパソコンに向かっていた。
彼は大きく背伸びをすると欠伸をして、それから気合を入れ直した。
「さあ、いよいよか」
そう言って、27インチ有機ELモニターの画面に目を向ける。
そこには、古代ローマの神殿と中世ヨーロッパの城を足して二で割ったような光景が映っていた。
その中心で、剣と盾を持った甲冑姿の男が呆然と立ち尽くしている。
さらによく見ると、右上には半透明のマップが、右下にはコマンドアイコンが、左上にはHP、MP
表示、その下にはチャットのメッセージが表示されている。
そう、それはゲーム画面だった。
それも、世に言うMMOという奴で、画面の中に次々と魔法使いや弓を構えたエルフ、白い神官服を着た僧侶などが現れる。
『皆さん、準備オケ?』
真一はキーボードで素早くそう打ち込んだ。
左下にそれが表示されると、すぐに『いつでも。』『万全でっせ~。』などのメッセージが増えていく。
『あれ? ルパン17世さんは?』
『途中で寝落ちしたみたい。3層下でフリーズしてた』
『まあ、後はボス戦だから、シーフ(盗賊)はいなくても何とかなるか』
色違いの文字で、次々と文章が流れていく。
今時のオンラインゲームでは、マイク付きのヘッドホンを装着し、直接会話をするのが普通だった。
しかし、夜中に騒ぐと家族に迷惑になるので、このパーティーでは午後10時を過ぎると、昔ながらのこの方法――キーボードで文字を入力する方法――を使用している。
最後に、剣を構えた甲冑姿の女性戦士が現れた。
一見すると、真一のキャラクター――ちなみに名前はテッカマン――と職業は同じだが、鎧は露出が多い上に、剣も細身のレイピアだ。
とても戦闘に向いているようには見えないが、パラメーター上の防御力はプレートメイルを装備した真一のキャラクターよりも高い。
その女性戦士の頭上には、「セイバー」と、カタカナの文字が浮かんでいる。
『テッカマンさん、いつでも良いですよ~』
その女性戦士、セイバーのユーザーがそうメッセージを送ってきた。
『セイバーさん、もう遅いけど、明日大丈夫?』
『これ終わったら寝るんで、手短に行きましょう!!』
「何が手短に行きましょうだよ」
メッセージを読んだ真一が、溜息をつきながらそう言った。
モニターの光に照らされた彼の外見は20代半ばで、もちろん社会人だ。
こう見えて、私立高校の教師をやっている。
『そろそろ来ますよ』
エルフからのメッセージが表示されると、モニターの中で神殿の祭壇から黒い煙が噴き出していた。
自由奔放にたなびくそれが消えると、そこには巨大な玉座に腰を下ろした、黒い甲冑姿の巨人が出現している。
そのいかにも悪の親玉といった感じの巨人こそが、このフロアのボスキャラ、魔王ベゼルヴァルだ。
『愚かな人間共よ、よくぞここまでたどり着いた。その勇気に免じ、余自ら相手をしてやろう』
渋い有名声優の声で、そのようなことを仰る魔王様。
そして、その体から4本の腕が伸び、2本の腕は剣を、残りの2本の腕は掌を開いて魔力を溜め始めた。
遠くにいる相手には魔法で、近づいてくる者には剣で攻撃を加え、さらにダメージを受けると、盾に持ち替えたり、ポーションを取り出して回復したりする、なかなか厄介な奴だ。
「さて、先手を取らせてもらおうか」
眞壁真一は、そう言うとコントローラーを握りしめた。
翌日の午後4時
ここは私立、或祖紅高等学校。
そこそこの偏差値、そしてそこそこの進学率の高校で、今年で創立30年という、こちらも微妙な歴史を誇っている。
眞壁真一は、そこで2年生のクラスを担任し、担当科目は化学だった。
学校が普通なら、そこで働く教師も普通と言わんばかりに、彼の外見も平凡そのものだった。
身長は170cm、中肉中背で顔も少し気難しそうな雰囲気だが、特に特徴はない。
性格も熱血でも地味でもなく、面白い一発ギャグも言えない。
なんとなく、わざと目立たないようにしているのではないか?と疑いたくなるほど、モブ的存在だった。
年齢は24歳で、年末に25歳になる。
独身の一人暮らし、彼女なし。
趣味はオンラインゲーム。
過去に付き合った女性は何人かいたが、皆、途中で平凡すぎる彼に飽きて離れていってしまった。
派手な外見、面白いことが言える、高価なプレゼントをくれる、美味しい料理を奢ってくれる――などなど。
恋愛をしたがる女性たちは刺激を求めるものだ。
まあ、学生時代と社会人になってからでは、その辺りの条件や事情も変わってくるので、一概にそうだとは言い切れないが。
なんにせよ、眞壁真一は、もう現実の女性に幻想など抱いておらず、何も期待していなかった。
まだ若いのに、そこまで達観しなくてもよいのではと思わないでもないが、彼にも色々とあったのだろう。
今日も無事に授業を終えた。
放課後の校舎やグラウンドが夕日に照らされて赤く染め上げられている。
グラウンドからは運動部の掛け声が、屋上からは吹奏楽部の演奏が、そして至るところから生徒たちの笑い声が聞こえてきた。
平和そのものだ。
しかし、眞壁真一は眉間に皺を寄せ、腕を組んでパイプ椅子に座っていた。
スラックスに白いYシャツ、その上にチョークの粉避けの白衣をまとった、一目で教師と分かる格好
をしている。
ここは生徒指導室で、長机を挟んで反対側には、一人の女子生徒が同じくパイプに座っている。
こちらは、平凡な彼とは違い、目立つ外見をしていた。
少し色が抜けた長い髪。
これは染めたり脱色したりしているのではなく、生まれつきの色らしい。
モデルとまではいかないが、それなりに整ったスタイル。
そして、街中ですれ違ったら思わず振り返って二度見してしまうほど可愛い顔。
なによりも、若さと元気さを無制限に全身から放出している。
学校の制服であるブレザーにチェック柄のプリーツスカート。
そして、その足元には学校指定のスクールバッグが置かれている。
彼女の名前は早瀬阿左美。
この高校の2年生で、そして真一が担任するクラスの生徒だった。
そんな彼女が今、顔を伏せ、上目遣いで彼の方を見つめている。
「昨日言ったよな」
「えっ、そうだっけ?」
「明日の授業、大丈夫かって?」
「ええ~、覚えてないなぁ」
「セイバーさん、もう遅いけど、明日大丈夫?」
彼がそう言うと、阿左美の肩がビクッと震えた。
「ボス戦は長引くっていうのは、常識だろ? 結局、倒すまでに30分かかったし」
「そ、それはテッカマンが途中で何回も死んだから、蘇生するまでに時間がかかって……」
「お前が、HPが減ったら俺を盾にして回復したからだろうが。それもボスの大技直前ばかり」
男戦士テッカマンが眞壁真一、女戦士セイバーが早瀬阿左美。
実は、この二人、学校では教師と生徒の関係だが、オンラインゲームではパーティー仲間同士なのだった。
「ましてや、朝は遅刻」
「いやぁ~、目が覚めたら1時限目が始まってて」
「昼からは丸ごとサボり」
「昼休みに図書室に勉強しに行ったら、そのまま寝ちゃって、6時限目終了のチャイムで目が覚めたんですよ。いやぁ~、危なかったなぁ。危うくホームルームをすっぽかすところでした」
「お前なぁ~」
真一の身体がプルプルと細かく震えだす。
「ただでさえ成績が悪いのに、もう一度1年生からやり直すか?」
「り、留年どころか降格?!」
「当たり前だ。自信をもって断言するが、お前、もう一度この学校の入試を受けてみろ。絶対に落ちるから」
「ええ~っ、そんなことあるわけないですよ。私だって、一応勉強してるし」
アハハハと笑いながら、掌をヒラヒラさせる阿左美。
「…………」
しかし眞壁真一は、まるで道端に転がっている石ころを見るような目で、彼女を見つめていた。
「えっ! …………マジですか?」
「ああ、生徒の成績で俺は冗談は言わない」
「お願いです、冗談って言ってください!!」
「そもそも、お前、自分の将来について、少しは考えているのか?」
「やりたいことはたくさんあるんですけど、できそうなことが全然なくて」
「まあ、それに関しては分からなくもないな」
誰だって夢を語るだけなら、何とでも言える。
しかし、それが実現可能かどうかで悩むのだ。
「早瀬は馬鹿だが、見た目は良いし、性格も明るい。いっそのこと、アイドルでも目指したらどうだ?」
「無理ですよ、私なんかじゃ」
「いや、お前がこの学校を卒業するより簡単だと思うぞ」
「ええっ、そこまで絶望的なんですか?!」
「何とか成人式までには卒業させてやりたいけど」
「…………」
「ふぅ、まあ少し脅しすぎたか」
肩を落とし、すっかり落ち込んでしまった阿左美の姿を見て、真一はヤレヤレと肩をすくめた。
「まだ時間はある。少しは勉強にも力を入れろ。俺もできるだけのことはするから」
「せんせぇ~」
「もういいぞ。部活に行け」
「はい!!」
それまで落ち込んでいたのが嘘のように元気に返事をすると、阿左美が立ち上がった。
そして、足元に置いてあった鞄を肩に担ぐ。
実は彼女は弓道部に入っていた。
かなりの腕前で、今年の夏は全国大会にも個人戦で出場している。
大切な試合直前にアイスを食べ過ぎてお腹を壊し、棄権してしまったのだが、そこに至るまではかなりの好成績を残していた。
ちなみに彼女は幼い頃から近所の剣道場に通い、剣道二段の腕前だった。
実際、中学まで剣道部に入っており、そこでも全国大会に出場して、かなりの好成績を残している。
そんな彼女が入学してくるというので、昨年の春には剣道部が大喜びしていた。
しかし、入学式後に阿左美のところへ勧誘に来たところ、
「ちょっと飛び道具に興味があるので」
などというふざけた理由で断られたそうである。
これは真一の勝手な想像だが、中学時代に剣道で結果を出していたのだから、スポーツ推薦などで、もう少し上の高校も狙えたはずだ。
しかし、彼女は高校では剣道部に入るつもりがなかったので、それをしなかったのだろう。
頭は悪いが、そういうところはきちんと筋を通している。
複雑な表情で、阿左美の後ろ姿を見送る真一。
彼女はドアの前で振り返ると、
「それでは、また明日」
と言ってお辞儀をした。
そういうところは礼儀正しい。
それに片手を挙げて彼が答えると、阿左美がドアを開けた。
すると……。
「あれ?」
本来であれば、そこには廊下があり、下校や部活のために移動する生徒たちがウロウロしているはずなのだが、何もなかった。
いや、正確には、真っ暗な闇しかなかった。
「お、おい?!」
驚いて立ち尽くす彼女が、ゆっくりとその闇に右手を伸ばした。
それを慌てて真一が止めようとする。
しかし、彼が駆け寄るより早く、阿左美の指先が闇に触れた。
そして――
「キャー!!」
悲鳴を上げる。
まるで引きずり込まれるように、彼女の身体が右手の指先から順番に闇の中へと消えていく。
「先生!! 先生、助けて!!」
必死に踏ん張りつつ、自分に駆け寄ってくる真一に向けて左手を伸ばす阿左美。
そんな彼女を捕まえようと手を伸ばす彼。
ピタッ!!
しかし、その手が彼女の左手を捕まえる直前で止まった。
「えっ、ち、ちょっと先生?!」
「これ、なんだかヤバい展開だろう」
「もう、十分ヤバイんですけど!!」
「これは、早瀬ごと俺もその闇に引きずり込まれるパターンだ」
「ま、ちょっと待って先生!!」
「安心しろ、早瀬。お前がどこの世界に飛ばされても、俺がきっと見つけ出して助けてやる」
「何を、キメ顔で格好つけているんですか! 手を伸ばして助けて!!」
「俺がお前の手を掴んでも多分無理だ。諦めろ」
確かに、言っているそばから阿左美の身体はジワジワと闇に飲み込まれている。
「こ、この薄情者ぉおおおお!!!」
そう叫ぶと、顔を真っ赤にして踏ん張り、そして一瞬だけ身体が闇から戻った。
ガシッ!!
「えっ?!」
「死なば諸共ですよ!!」
「わぁあああ、離せ! 俺を巻き添えにするな!!」
「ハァ~ッハッハッハッ、死んでも離すか!!」
「いやぁ~、誰か助けてくれ~!!」
こうして二人の姿が、闇に飲み込まれたのだった。




