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ラブコメのライセンス  作者: 青木りよこ
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恋とは

「先生、つまり恋とは?」

「つまり?」

「ずばり?」

「嫌つまりだろ」

「畢竟?」

「よく知ってんね」

「兎角に」

「偉い偉い」

「せーんーせーいー」

「はいはい」

「恋、とは?」

「他者への執着?」

「それでいいの?」

「うーん、人間を駆り立てるもの?」

「えー?」

「死んでもいいと思わせるもの」

「先生死んでもいいの?」

「嫌だよ。でも文学なら死ぬだろう?」

「先生の好きなのは皆死んじゃうよね」

「そうだな」

「私も先生が面白いって思うものを面白いって思うようになりたいよ」

「何を面白いと思うかは人それぞれでいいと思うけど」

「先生不思議だね」

「何が?」

「同じ物見てたって同じようには思えなかったりするわけでしょ?」

「うん」

「心中物だって見方を変えたら二人きりの死を迎えられて、もう今後一生互いに他の人のものにならないんだと思えばこれ以上ないくらい完璧で幸せな結末でしょう?」

「そうなるな。もうこれ以上何も不幸なことは起こらないんだからハッピーエンドだよ」

「そういうんじゃなくってね、何と言うか綺麗だなって思うでしょ?それを一緒に見たいんだよ」

「随分難しいこと言うんだな」

「どこが?これ以上ないくらい単純だよ。鼻を見て綺麗だねっていうあの感覚だよ」

「それこそ別にわざわざ一致させる必要なくないか?」

「あー、今思いついたかも」

「何?」

「恋とは花を見て思い出すこと」

「あー」

「沈む夕陽を見て思い出すこと」

「うん」

「流れていく電車の景色に相手を探すこと」

「あー」

「向こうから来る傘を差した人が貴方だったらいいと思うこと」

「傘はいいな。雨はいい」

「先生、結局恋とは?」

「わかんないよ」

「大人になってもわからない?」

「わからない。まあ人を狂わせるものってのはわかる」

「先生ネガティブなことしか言わないね。もっと楽しい印象ないの?」

「楽しい?」

「楽しいよ。もっと楽しくってキラキラしてるもんじゃないの?」

「どうもそういうのとは縁がなかったから」


ラブコメとは縁がない。

まあ大概の人間はないだろうし、一度もそういう展開のないまま一生を終える人間がほとんどだろう。

何の取り柄のない平凡な人間がそれぞれ個性を持った髪の色の違う美少女達に囲まれるなんて有り得ないし、そもそも美少女が校内に何人もいるって設定もない。

美少女とは本来選ばれし者であり、特殊な才能と言える。

その出会いはやはり運命的なものであって人生を変えるものだろう。

つまり?


「恋とは人生を根本から変えるもの」

「え?」

「前にも話したかもしれないけど、まずさ、出会いから始まるだろ?二人が出逢うところから物語は始まって、主人公は変わってく。過酷な運命があるかもしれないけど、それを二人で乗り越えていく。もしくはヒロインが囚われている何らかの世界から救ってハッピーエンド。だからかな、これだと物語が始まった時点で主人公と既に出逢っていた幼馴染ヒロインは負けフラグになるんだよな。主人公が変わってく成長していく過程において何らかの影響を及ぼせなかったことになるから。あー。可哀想」

「先生、幼馴染ヒロイン負けフラグ説?」

「そうだな。もうこっから幼馴染ヒロインが勝つには運命ヒロインの死って結末しかないだろうな。そうなるともう永遠に勝てないんだけどな。もう同じステージにいないわけだから」

「そんなに幼馴染ヒロイン負けてる?」

「負けてる気がする。俺達は物語の最初を第一話からだと考えているが本当は主人公にもそれ以前の人生があるわけだ。まあ高校入学から始まったとして十五歳からか。それまでの十五年間を共に過ごすよりも高校に入って出逢った主人公の人生におけるポッと出ヒロインの方が意味を持つ。それはいわばそれまでの十五年間など捨てられるくらいの衝撃なわけだから」

「うん、わかるよ」

「それは究極死んでもいいに繋がる感情なんだろうなって」

「恋とは死を伴うもの?」

「そうだろうな」

「恋とは命がけ」

「うん」

「何か違う。もっと暖かくって嬉しくなるものじゃないの?」

「実際はな」

「実際って」


そもそも現実世界において皆恋をしているのだろうかって話だ。

俺は恋と好きにはとんでもなく深い隔たりがあると思う。

好きで結婚はできても好きで心中はできないのではないか。

死んでもいいと思わせるものが恋で、それ以外は唯の特別な感情でしかないのではなかろうか。

しかし真面目に考えてるな。

答えが出ないのに。

恋問答。

こんなん日曜日の昼間からやってるの俺達だけだろうな。

しかも教師と生徒。

何やってるんだか、ホント。


「もっと単純になれるといいのにね。先生と私」

「単純だろ。付き合ってるだけだし」

「うーん、単純じゃないよ。単純ていうのはね」

「単純ていうのは?」

「今日私達いっぱい食べたよね」

「ああ」

「いっぱい食べたけどいいよね。この後運動するしってやつだよ」

「運動?」

「ベッドで」

「しねえよ。つーか、どこ知識だよ」

「漫画ではそうだよ」

「どんな漫画だよ。つーか、そんなこと言う彼氏嫌だわ」

「いいじゃない。プリン食べたから運動しましょうって言う彼氏いいじゃないですかー」

「良くないわ。そいつは何?成人男性なの?」

「男子高校生です」

「それならいいけど、何そいつはそれを言いたいばっかりにプリンいそいそ買ってきたの?」

「違うよー。でもほらアイドルだからカロリー気にしてるから」

「アイドルなの?どっちが?」

「どっちも。同じグループなの」

「男同士なんだ」

「うん」

「それでもそのセリフはなくないか?」

「可愛いからあり」

「そうですか」


漫画か。

蓮と付き合ってから教師と生徒ものの漫画を読んでみたけど、男同士でも男女でも女同士でも大概やることやってるんだよな。

もういっそ潔いくらい。

何だろう。

俺何話か飛ばして読んでんのかな。

何であんなに葛藤ないんだろう。

犯罪なんだけど。

あれかな、漫画世界においては法律が違うのか。

ファンタジー適用法案なのか。

同意があっても犯罪は犯罪だろ。


「先生?」

「なあ、さっきの話に戻るけど、どういう展開で二人はプリンを食べたの?」

「二人で夕君の作ったご飯食べてデザートにプリンだよ」

「夕君が運動しようっていう彼氏?」

「そう。で、プリン大好きな受けちゃんが梓ちゃん」

「プリンってさカロリー二百くらいだよな?」

「そんなもんじゃない」

「それっぽっちのカロリーを消費しましょうって言うのにベッドに行きましょうって、やっぱりそれは嫌だわ。だってそいつ梓ちゃんとやりたいばっかりにプリン買って梓ちゃんにプリン食わしたわけだろ。カロリー取って逃げられないように」

「えー」

「えーじゃない。卑怯だよ。何と言うかどうしてこう男側に都合よく話が進行するのか不思議でならないんだよ。何でもかんでも。たかがプリン一個で」

「そんなこと思うの先生だけだよ。でも大好き」

「ありがとねー。兎に角プリン一個でかって思うんだよ。何個でも食わしてやれよ。プリンくらい」

「カロリー気にしてるって言ったでしょ」

「若いんだから二百キロカロリーくらいいくらでも消費できるって」

「やらしいことすると肌の調子がいいらしいよ」

「誰情報?」

「梓ちゃんが言ってた。最初それで夕君を誘うんだよ」

「梓ちゃんが誘うの?」

「そうだよ。アイドルだからスキャンダルはダメでしょう。だからお互いの性欲の処理のために俺達付き合いませんかって梓ちゃんが誘うとこから始まるんだよね」

「へー」


美少女に性欲の処理とか言わせるの申し訳ないな。

何かもっといい日本語ないだろうか。

劣情を催したときの対処法、とか。

嫌もっとオブラートに、ファンタスティックに。

ないか。


「でね、付き合いだしたら夕君がお料理上手だったり、甲斐甲斐しく面倒みてくれて、夕君もいつも澄ました顔して本音を曝さなかった梓ちゃんと徐々に距離がね縮んでいくんですよー。その過程がね、いいのっ」

「へー」

「先生私の肌ぷりぷりにしたくない?」

「今でも十分ぷりぷりですよ」

「肌の調子が良くないな。一発やろう」

「は?」

「梓ちゃんが夕君を誘う時のセリフ」

「梓ちゃん男らしいんだね。そんなに誘ってくれんならプリンいらなくない?」

「いらないよ。プリンは多分あれだよ。夕君の照れ隠しなんだよ」

「そうなの?」

「長くなるんだけど、プリンはね初めて梓ちゃんが笑ってくれたんですよ。もう先生今度持ってくるから読んで。本当に面白いから」

「わかった。読むわ」

「うん」


蓮が笑うが、俺はつられて笑ったりはしない。

この場に蓮以外の笑顔は不要だ。


「私達いつもくだらない話ばっかりしてるね」

「皆そうだよ」

「えー、そうかなあ。皆もっと真剣に恋をしてるよ」

「そりゃそうだろ。梓ちゃんも夕君も皆恋をするために生まれてきたんだから」

「私達は違うの?」

「わかんない。でも一生に一回でいい」

「恋は?」

「ああ。自分で自分を制御できなくなるなんて一生に一度で十分だよ」

「今私達は恋をしている?」

「してるだろ。してなかったら生徒と付き合ったりしないよ。普通は我慢だよ」

「そっか」

「そうだよ。あれだ、恋は文学。好きは消費」

「えー。文学なら性愛が付きものじゃない?文学とは愛欲」

「それこそ消費だろ。俺はお前とまだ・・・」

「私と、まだ?」


恋がしていたい。

こんなこと二十八になる人間が言うにはみっともなさすぎる。

でもそれは本当だ。

まだもう失ったはずのファンタジー世界という暖かなお湯の中にいたい。

そこには恐らく何もないだろう。

恋とはこの世のあらゆる問題から切り離されること。

でもそれが許されないから死を迎えるしかなくなるのか。

二人きりの世界で生きることなどできないから死者になる。

俺達の間にはまだ何もない。

誰もいないし、見えない倫理に俺が勝手にしがみついているだけだ。

でもこれこそが恋だろう。

目の前にいるだけで心が震えるのだから。


「ねえ先生ラブコメは?」

「は?」

「ラブコメは?」


ラブコメか。

そんな選択肢はなかった。

そもそももうラブコメ主人公になれる年齢はとっくに通り過ぎてしまったし、職業も職業だ。

ラブコメ?


「ラブコメならどっちもいけるよね?」

「どっちもって?」

「みだらな展開でも清らかな展開でも笑って泣いて最後はハッピーエンドでしょ?」

「そうだな」

「最強じゃない?」

「最強かもな」

「ラブコメ最強説」


確かに笑って泣けてその前の鬱展開が嘘のように力技でハッピーエンドにもっていけるのはラブコメだけかもしれない。

笑いあり涙あり、悲しいこと嬉しいこと全部詰まって、日常で非日常。

ああ、そうかラブコメこそ人生か、今気づいた。

恋が何なのかはさっぱりわからないし、人が何故恋に落ちるのかもわからない。

そして恋に落ちた果ての果ては何処に行きつくのかも。


俺の目の前に恋がいる。

その恋はとても美しい。

それだけは痛いぐらいわかっていて、まあ何はともあれ恋は続く。

















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