一本目の尻尾 15
生きている。
狩人四人は立ち上がり、共の骸へ向かってまた同じく膝を着く。
しばしの後、解体が始まる。
一向に、終わりが訪れる気配がない。
ずっと火傷が痛い。
もはや私を気にする素振りもなく、解体に集中する四人。
姿勢を整えていることが莫迦莫迦しくなり、その場に伏せて解体を眺める。
後ろ脚と脳に響く火傷の鈍痛が、共はもう痛みを感じないということを知らせてくる。
いくら大きく育ったとはいえ、四人も手があれば手際よく解体されてゆく。骸はいつしか部位ごとに整理されて並べられた。
首だけが生前の姿を保っているが、残りはもう食料の様相だ。狩人たちの配慮なのか、その首には布が掛けられた。
布がかかる瞬間に見えた共の三つの瞳には、苦痛や憎しみは籠っていなかったように思う。
その場の罠や矢などの回収を終えて帰り支度を整えた狩人たちは、解体した獲物をそれぞれが分担して背負い、帰路に就くようだ。
すると、山猫皮の狩人はこちらへ近づいてきた。
死も訪れない。火傷で素早くも動けない。状況も飲み込めない。なんだなんだと上半身だけを起こした私の元へ近づいた狩人は、私の首へ手を伸ばす。
やっとか?と思うが違った。
首を抱え、私の頬へ自分の頬を寄せた。数瞬の後、ぱんぱんと肩を叩いて離れた。
そして四人は歩いてゆく。
やっと理解する。
私は狩られるのではなく、和解したのだ。
きっと、共を狩られた私を慮り、最大限の敬意を私にも共にも示したのだろう。
狩人たちは猟果を抱え帰ってゆく。ぽかんとその背中を見送る。
まだ、私の生は続くのか。
先ほど終わりを理解して思ったこと。
外の世界を見たいという願い。
ある意味、共はこれから、その世界を見るのだ。
私は、痛む後ろ脚を引き摺って離れてゆく気配を追った。
幸いにも、狩人たちは疲弊していることに加え、大きな猟果を背負って進むため歩みは遅い。
手負いの獣でも見失わずに付いてゆくことができた。
日が落ち、辺りが陰で覆われた頃、狩人たちは樹木で組まれた穴に入り、蓋を閉めた。
これが彼らの塒か?なんとも目立つものを作ったものだ。
ヒト種は我々と違い、道具を用いる。目も鼻も耳も、力も身軽さも私たちに劣るが、道具を持つが故に脅威となる。鳴き声にルールがあり、オオカミ種よりも意思の疎通ができる。
爪も牙も狩りには持たず、刃物を用いる。罠を張り、離れた所からでも命に届かせることができる。
塒もまた、我々とは違って自ら作るのだろう。
敵わない。
私と共は、見逃されていただけなのかもしれないと思った。
日が昇る前、辺りが白み始めた頃に狩人たちは猟果を背負って塒から抜け出し、どこかへ向かう。
ここが住処ではないのか?
私もまた、少し離れて着いてゆく。
火傷の痛みは変わらないかもしれないが、慣れてきている感覚はあった。痕が乾き始めていたことも、風が撫でる刺激を和らげていたのかもしれない。
そして何より、私は興味に支配されてしまっていた。
道具を用いるヒト種はどこに行くのか。どんな所でどんな生活をしているのか。
和解し、危険はないと理解した今、新しい世界への興味を止めることができなかった。
進む先に、濃いヒト種の臭いがする。他にも、炎の臭いや他にも色々な臭いと、騒々しい音がする。
私は狩人達を迂回し、先に進み出て木に登った。
先に見える狩人達の住処は、塒と言うにはあまりにも複雑だった。
そこに森林の姿は無く、丸裸にされた山肌があり、それを木々を組んだものがぐるりと周囲を囲み、そしてその中に今朝まで居た塒のもっと複雑で大きなものがいくつも並んでいた。
ヒト種の姿も多く、雌や子どもも多数暮らしているようだ。
立ち並ぶ塒からは煙が伸び、炎を焚いているであろうことが伺える。
こんなのは、知らない。
混乱する頭を落ち着かせるように、目につくもの一つ一つに注目し、観察する。
あちらこちらに目を奪われているうちに、狩人達が塒の囲いをくぐり、声を上げる。
数人が駆け寄って、歓声を上げている。
一人の雌が泣き崩れ、ドジがその肩を抱いていた。
雌はドジに連れられて塒へ入って行き、他の狩人達は猟果を携え集まったヒト種をかき分けて奥へと進んでいった。
ただ、山猫革の狩人は周囲のヒトに猟果を預けると、振り返る。
気づかれていても可笑しくはない。
身体は万全ではないし、特段隠れて追っていたわけでもない。
じっとこちらを見る狩人をそのまま眺めていると、手を上げ、こちらに何かを叫んでいる。
呼んでいるのか。
和解は済んでいるが、招き入れられて良いものか。
私は奴に服従したつもりはない。
だが、あの住処に何があるのかは気になる。
解体された共がどうなるのか、見届けたい気持ちもある。
ただ、呼ばれて近寄るのは気に食わない。
足元をたしたしと叩き、木から飛び降りた。
多分、私の姿を一度見失ったはずだ。
先ほど狩人達が潜った場所から住処へと立ち入る。
山猫革の狩人はじっとこちらを見ている。周囲のヒト種の目線は狩人と私の方向を行ったり来たりしている。
多分、できた。
私は進む方向を変え、回り込むように狩人の後ろに進む。
狩人の目線は変わらぬまま、周囲のヒト種も変わらず不思議な顔をしている。
私は狩人の真後ろで、居住まいを正す。そして、一声鳴いて見せた。
私の鳴き声に、おや、と振り返る狩人。
周囲のヒト種は私の姿を認めた瞬間、悲鳴を上げ大騒ぎしながら逃げ出した。
混乱が終わるのを待つ私と狩人。
狩人はその場に腰を下ろし、以前とは違って胡坐をかいて座る。そして、両拳を地面につけ、頭を下げた。
きっとなんらかの合図なのだろう。
私も頭を下ろし、顎を地面に漬けた。
遠巻きに私たちを見ていたヒト種たちがざわめく。
そこに、先ほど泣き崩れた雌が寄ってきた。
狩人から何かを伝えられたのか、雌は私の目の前に歩み寄り、座って頭を下げた。
この雌にも同じポーズをとるべきか悩んでいると、顔を上げた雌は涙を流しながら、必死に声を出していた。
その目はまっすぐに私を捉え、一切反らすことなく声を発し続ける。
いくら涙が流れてもその視線は揺るがずにいたが、手が震えていることに気付く。
手は握りしめられ、土を掴んでいた。
そう、震える手に、視線を落としてしまった。
この雌に下ってしまった。
ハッと気付いて視線を戻すも、この雌の目は私を捉えたままだ。
私はこの雌の頬の涙をひと舐めし、脇に移動して伏せた。
私のボスは、私に覆いかぶさり、それまで以上に大泣きしていた。




