第二十六話「社会人、課金した能力が弱体化される」
今回は、新しく実装された能力をめぐるお話です。
オンラインゲームでは、新しい武器や能力が追加されると、実装直後から一気に流行ることがあります。
強いから使う人。
新しいから試したい人。
課金してすぐに使い始める人。
そして、そんな新要素につきものなのが――調整です。
今回は、そんなところから始まります。
この間の公式配信から、数日後。
GEワールドに新しいアップデートが実装された。
新しいミッション。
新しい武器。
新しいジャンク。
そして、配信の最後に一瞬だけ映っていた新能力も追加された。
名前は『三銃士』。
中層系統のナノマシン能力らしい。
その日、私はアンナとタクミの三人で、新しく追加されたミッションへ向かっていた。
あと一人は野良募集。
参加してきたのは、ディーンという男性型のサイボーグだった。
全身を黒い装甲で固め、アサルトライフルを持っている。
「よろしくお願いします」
「よろしくー」
簡単に挨拶を済ませ、ミッションが始まった。
今回の舞台は、中層の廃工場。
薄暗い通路を進んでいると、前方から武装した敵が何人も現れる。
「来た」
アンナがショットガンを構える。
その瞬間。
ディーンの周囲に青白い粒子が集まり始めた。
「お?」
ナノマシンが人の形を作っていく。
最初に現れたのは、大型のバリスティックシールドを持った兵士。
続いて、長いスナイパーライフルを構えた兵士。
最後に、工具や小型端末を腰へ下げた兵士。
三人。
「あっ!」
アンナが声を上げた。
「これ、この間の配信に映ってたやつ!」
「三銃士だ」
タクミもすぐに気付いたらしい。
盾を持った兵士が前へ出る。
敵の銃弾が次々と盾へ当たり、火花が散った。
その後方。
狙撃兵がライフルを構える。
一発。
敵の頭部が吹き飛ぶ。
その間に、工兵は床に設置されていた地雷へ近づき、端末を操作して無力化した。
「便利だね」
アンナが言う。
「便利っていうか」
タクミが敵を撃ちながら答える。
「これ、強すぎないか?」
確かに。
三人の兵士を召喚しているディーン自身も、普通にアサルトライフルで戦っている。
盾兵が攻撃を受け止める。
狙撃兵が敵を倒す。
工兵が罠を解除する。
その横で本人も撃つ。
アンナが少し考えてから言った。
「……一人だけ四人パーティみたいになってない?」
「なってるな」
「これいいなあ」
「アンナは上層だから無理だろ」
「分かってるよ」
そのまま戦闘は続いた。
盾兵が敵の攻撃を引き受けている間に、私たちはほとんど邪魔されずに攻撃できる。
厄介な高所の敵は狙撃兵が処理。
途中の罠も工兵が解除してしまった。
ミッション自体は、それほど苦労することもなく終わった。
リザルト画面が消える。
タクミがすぐディーンへ近づいた。
「それ、もう三体使えるの?」
「三銃士?」
「うん。実装されたばっかりだろ?」
「ああ」
ディーンは何でもないことのように言った。
「買ったよ」
「買った?」
「スターターパッケージ」
アンナが首を傾げる。
「何それ?」
「知らないの?」
ディーンがメニューを開いた。
そこには、新能力実装記念の商品が表示されている。
『三銃士スターターパッケージ』
三銃士への即時能力変更。
三種類の召喚兵をすべて解放。
さらに初期強化用の素材付き。
「普通に能力変えると面倒なんだよ」
ディーンが説明する。
「まず今の能力外して、三銃士を取っても、最初は一体しか使えないから」
「そこから素材集めて残り二体作るの?」
「そう」
「大変だね」
「しかも強化も必要」
「それで、このパックを買うと?」
「すぐ三体使える」
「へえ」
アンナが値段を見る。
少し黙った。
「……五千円?」
「だいたいそれくらい」
「高っ」
タクミが即答した。
「まあ、一から素材集めるよりいいかなって」
ディーンはあまり気にしていない様子だった。
「それに、どうせしばらくこれ強いだろうし」
「確かに強かったね」
アンナが頷く。
タクミは商品画面をじっと見ている。
「タクミも買うの?」
「買わない」
「即答だね」
「五千円だぞ」
「使ってみたそうだったけど」
「使ってはみたい」
「じゃあ買えば?」
「だから五千円だって」
どうやら、そこはかなり重要らしい。
「それに、俺の場合は今のダメージ伝播を外さないといけないし」
「ああ」
「また戻したくなったら面倒なんだよ」
「じゃあ普通に作る?」
「それも嫌だ」
「どうしたいの?」
「使ってみたいだけ」
「わがままだね」
アンナが笑った。
私は買う予定はなかった。
新しい能力は気になる。
ただ、今の能力に困っているわけでもない。
もう少し様子を見てからでも遅くはないだろう。
――それから数日。
中層のロビーを歩いていると、アンナが突然立ち止まった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「あそこ」
見る。
一人のプレイヤーの隣に、盾を持った兵士が立っている。
三銃士だ。
「あっちにもいる」
少し離れた場所にもいた。
さらにその向こう。
「……増えてない?」
「増えてるね」
「強いからな」
タクミが言った。
ミッション募集を見る。
『高難度周回 三銃士歓迎』
別の募集。
『三銃士二人以上で開始』
「すごいね」
アンナが言う。
「この間まで一人もいなかったのに」
「新しいからじゃないぞ」
タクミが言った。
「強いからだ」
「新しくて強いんじゃない?」
「もっと悪い」
「何が?」
「みんな使う」
確かに、その予想は当たっているようだった。
新能力が実装されてから、それほど時間は経っていない。
それなのに、中層では三銃士を使っているプレイヤーを頻繁に見かけるようになっていた。
そして。
さらに数日後。
ログインした私は、いつもと違うロビーの空気に気付いた。
チャットが妙に騒がしい。
『マジで?』
『一体はやりすぎだろ』
『返金してほしい』
『いや三体は強すぎた』
『買った奴どうすんだよ』
「何かあったの?」
アンナもログインしてきた。
「みたいだね」
少し遅れてタクミも現れる。
「おい、見たか?」
「何を?」
「三銃士」
タクミが公式のお知らせを開く。
『新能力「三銃士」のバランス調整について』
内容を読む。
「……え?」
アンナが止まった。
「一体だけ?」
変更内容は単純だった。
三体同時に召喚できていた三銃士を、
三種類のうち、一体のみ召喚可能に変更。
「思い切ったな」
タクミが言った。
「ちょっと弱くするとかじゃないね」
「別の能力みたいになってない?」
「まあ、三体同時がおかしかったんだけど」
その時。
「あ」
アンナが誰かを見つけた。
以前ミッションで一緒になったディーンだった。
ロビーの端に立っている。
話しかける前から、何となく機嫌が悪そうだった。
「ディーンさん」
「ああ、この前の」
「見た?」
「見たよ」
間を置いて。
「さすがにないだろ、これ」
「やっぱり?」
「俺、五千円払ったんだけど」
アンナが困ったように笑う。
「そうだったね」
「三体呼べるから買ったんだけど?」
「……」
これは少し答えにくい。
タクミは遠慮なく言った。
「でも、三体同時は強すぎただろ」
「それは分かってるよ」
ディーンもすぐ認めた。
「俺だって使ってて強すぎると思ったし」
「じゃあ――」
「でも、それとこれとは別だろ」
タクミが止まる。
「強すぎるなら、売る前に直せよ」
「まあ……」
「五千円払って買わせた後に、『やっぱり強かったので一体にします』って言われてもさ」
「それは嫌かもね」
アンナが言った。
周囲でも同じ話をしているプレイヤーがいる。
「どうせ最初から弱くする予定だったんだろ」
「新能力売るために、最初だけ強くしてたんじゃない?」
「みんなが買い終わったのを確認してナーフ?」
「いや、ただの調整ミスだって」
「三体出したら強いことくらい、テストしたら分かるだろ」
「実際に何万人も使わないと分からないことだってあるだろ」
いろいろな声が飛び交っている。
「本当に最初からナーフするつもりだったのかな?」
アンナが聞く。
「それは分からないね」
私は答えた。
「運営しか知らないことだし」
「ほら」
ディーンが言った。
「分からないから疑うんだよ」
「……なるほど」
「本当にただ調整を失敗しただけかもしれない」
「でも、売った直後だからさ」
「最初から分かってたんじゃないのって思う奴が出ても仕方ないだろ」
確かに。
事実かどうかは分からない。
でも。
そう考えたくなる理由はある。
「公式から説明も出てるぞ」
タクミが言った。
お知らせの続きを開く。
『三銃士は、戦況に応じて三種類の召喚兵から最適な一体を選択し、使用する能力として設計されています』
「ん?」
アンナが読む。
『しかし現在の仕様では三体を同時に召喚できるため、それぞれの役割を選択する必要がなく、想定を大きく上回る汎用性を持つことが確認されました』
盾兵。
狙撃兵。
工兵。
本来なら、状況に応じてどれを呼ぶのか判断する。
しかし三体出せるなら。
「全部出せばいいもんね」
アンナが言った。
「そういうことだな」
タクミが頷く。
「盾が必要か、狙撃が必要かって考える能力なのに、全部出せるから考える必要なかった」
「そう考えると、一体の方が能力としては正しいのかな」
「たぶん」
私もそう思う。
最初に配信で見た時。
三種類の兵士を状況に応じて使い分ける能力なのだと思っていた。
三体を同時に出せるなら、確かに少し違う。
ディーンも説明を読んでいた。
「言ってることは分かるよ」
「納得した?」
アンナが聞く。
「だから」
ディーンは画面を閉じた。
「なんで三体出せる状態で五千円で売ったんだよ」
「ああ……」
そこへ戻る。
説明が間違っているわけではない。
しかし。
説明が正しいからといって、ディーンが納得するとも限らない。
そして翌日。
私たちは、またディーンと一緒にミッションへ行くことになった。
「まだ三銃士使うんだ?」
アンナが聞く。
「せっかく買ったからな」
ミッション開始。
敵が前方から現れる。
ディーンが少し迷った。
「盾か……」
青白い粒子が集まり、盾兵が現れる。
前方の攻撃を防ぐ。
「前より寂しいね」
「言うな」
少し進む。
高所から敵の狙撃。
「狙撃兵欲しいな」
「盾消さないと出せないぞ」
「分かってる」
盾兵を解除。
今度は狙撃兵を召喚。
高所の敵を撃ち抜く。
さらに先。
床に地雷が並んでいる。
「工兵だね」
アンナが言う。
「また変えるのかよ」
狙撃兵を消して工兵。
工兵が地雷へ近づき、解除していく。
以前なら三体が勝手に仕事をしていた。
今は違う。
何が必要なのか。
いつ切り替えるのか。
ディーン自身が常に考えている。
ミッションを終え、ロビーへ戻った。
「どうだった?」
アンナが聞く。
「めちゃくちゃ弱くなった」
ディーンが即答した。
「やっぱり?」
「そりゃ三人が一人になったんだから弱いだろ」
少し黙る。
「でも」
「うん?」
「前より考えることは増えたな」
タクミが笑った。
「能力としては今の方が面白そう」
「そうかもな」
ディーンも頷く。
そして。
「五千円払ってなかったら、俺もそう言ってるよ」
「……」
アンナが何とも言えない顔になる。
三銃士を一体ずつにする。
ゲームを面白くするための調整としては、間違っていないのかもしれない。
むしろ。
本来作りたかった能力に近づいたのかもしれない。
それでも。
お金を払った人が、その変更に納得できるかどうか。
それは、また別の話なのだろう。
「で」
アンナが聞いた。
「三銃士、このまま使うの?」
「使うよ」
「使うんだ?」
「五千円したからな」
ディーンはそう言って。
また次のミッションを選び始めた。
今回は、課金して手に入れた能力が弱体化されたらどう感じるのか、というお話でした。
ゲームバランスだけを考えれば、強すぎる能力を弱くすること自体は珍しいことではありません。
今回の「三銃士」も、三体を同時に呼べる状態では、
盾役もいる。
狙撃もできる。
罠解除もできる。
本人も普通に戦える。
というかなり万能な能力になっていました。
一体ずつ選んで呼び出す仕様にした方が、
「今は誰を呼ぶべきか?」
を考える必要があり、能力としてはむしろ面白くなったのかもしれません。
ただし。
それを「三体同時召喚できます」と売り出し、課金して完成形を手に入れたプレイヤーがいる。
その直後に仕様そのものが変わったら、
「調整として正しいかどうか」
とは別に、
「だったら、なぜその状態で売ったのか?」
という疑問が出てきます。
しかもプレイヤーには、運営が本当に調整を失敗しただけなのか、最初から強くして売ろうとしていたのかは分かりません。
分からないからこそ、憶測が生まれる。
今回は、そんな「ゲームバランス」と「商売」と「運営への信用」が少しずつ違う問題なのではないか、というところを描いてみました。
そして最後まで三銃士を使うディーン。
五千円は重いですね。




