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#9-4 橘光莉の真実


 長官に呼び出されたのは小さな応接室。無機質な蛍光灯が照らす目の前のテーブルに一冊のアルバムがおかれている。


「ディスティニーランド内の監視カメラは壊れて鮮明ではない。解析には時間がかかる。ザセルの顔を見たお前(フレイム)が覚えている範囲で判断しろ」


「了解」


 白夜長官が放つ緊張感の中、ページを捲る。アルバムの分厚さを指で感じて先の長さが思いやられる1ページ目。それは研究所のメンバーの顔写真だった。父さんもいる。


「どうだ」


「特に思い当たる人はいません」


「次」


 ページを捲る。まだ研究所の人の顔写真。ここにもあの顔に思い当たる人はいない。相当な美人だったし、もう一度見ればわかるはずなんだけど。


 ページをさらに捲る。いない。捲る。いない。


 しばらくページをめくり続けて、それでもあの日見た女性は見つからなかった。ここまで入念に見たのに、どうして見つからないんだ。まさか外部の人間が?いや、でもあの日の厳重警戒状態で外部の人間がどうにかできるとは思えないし......


 見つからないことに苛立った長官が俺を睨む。


「研究所の関係者はこれで全員だ。お前、庇っていないだろうな」


「俺の記憶は幼い頃だけで、誰が誰だなんてはっきりおぼえてないです。庇う義理もない」


「研究所の人間じゃないというなら、誰がザセルだ」


「……1ついいですか」


 少し気にかかったこと。白夜長官は視線をあげ顎をクイっと上げ話すよう促してくる。


「ザセルは完全な変異細胞体なんじゃないですか。突然変異で生まれたオリジナルの見た目。だからこの中にザセルはいないんじゃないですか」


 オリジナルの見た目を用意しているだけならこの中にいないことと辻褄があう。そうなればこの確認作業は意味がない。


「その可能性もある。が、あのバイオテロを引き起こした人間がいることが確かにわかっている。そいつが生み出した特異細胞を自身の体に埋め込み特異生物となったのがザセルの可能性もある」


「なるほど」


「それに人間態の見た目が分かれば関連が分かる上にこちらも対策を立てやすい......が、確かにお前のいう事も一理あるな。どうしたものか」


「あの、もう1つ気になることが」


「何だ」


 見てきたページをペラペラと捲る。少し気になっていたというか、結構意識していたのに見つけられなかった。ついでというか、見れたらうれしいなって思ってたこと。


「龍斗さんと的戸さんはいないんですか? 龍斗さんは当時研究所にいましたし、的戸さんは同期のはずですよね」


「的戸はこの時この研究所ではなく海外に出ていた。ストームは……確か特別研修員だっただろう。まだ正規の研究者ではなかったはずだ」


「特別研修員?」


「大学をまだ出ていないが、見込みのある研究者をスカウトしておく制度だ。ストームはそれだろう」


 あぁ何か聞いたことあるような、ないような。


 あの事件のとき龍斗さんは22歳。ストレートで考えて大学4年か。まだ卒業していないけど研究者としての見込みがあって、スカウトされて研究をしていたとかなんとか。相当優秀だったんだろう。


「他にそういう人は?」


「そいつらの中にお前が見たやつがいる可能性もあるか」


 そう言って白夜長官はアルバムの中間ぐらいを開く。そこには研究所で行っていた一年の中のイベントの様子の写真だ。希望者での旅行、学会の打ち上げ、ハロウィンやクリスマスを楽しむ研究所の面々が楽しげに映っている。


「あ」


 その中に龍斗さんもいた。サンタの帽子を被って楽しそうに笑って研究所の人と肩を組んでいる。


「こっちにもあるな。新年の写真だ」


 白夜長官が指を指した写真は餅つき大会をしている様子だった。男性陣が餅をついて配っていて、女性陣はお吸い物を配膳している。




 ──っ!!




「これ!!」


「見つけたか!」


「この、この人!この人です!」


 いた!!絶対に間違えてない。この人!


 長く綺麗な黒髪を一つに縛って、周りにお吸い物を配膳している女性。はっきりとは見えないけど、それでもわかるぐらいの美貌。この人に違いない!


「コイツは……」


「この人、誰ですか?」


「……」


 白夜長官が手元の資料を指で上からなぞっている。間違えない。この人、この人がザセルだ!


「名前わかりますか?これだけじゃ難しいですか」


「……いや」


 白夜長官の顔はどんどん厳しくなっていく。何だ?この人、そんなにやばい人なのか?


「わかった。この時期の特別研修員で、かつ女性となると2人しかいない。この新年会には片方しかいないと記録にもある。確定だ」


「名前は」


「……」


 フーッと大きく白夜長官がため息をつく。その緊張が伝わって、俺も唾を飲み込んだ。


「落ち着いて聞け」


「はい」


 白夜長官の鋭い目が俺を貫く。




「この女は、橘光莉だ」




「……は?」


「もう一度言う。橘光莉だ」


「い、や……そんな、ことは……」


 もう一度写真をよく見る。穴ができそうなほど覗き込んでも、確かに俺が遊園地で見た女性だ。これが、光莉さん?


「本当に、この女性が?」


「間違いない」


「……そ、んな」


 そういえば、事件の時に研究所の人達はみんな失踪したとされているけど光莉さんだけは死亡扱いだ。それはいなくなった後にあんな大量の血があったから。そこでピンとくる。


 そうか。あれは植物になるときに抜いた血か。


 手が痺れたような感覚。やってしまったと頭で警鐘がなる。昔のように、父さんのように光莉さんが責められる。本当に光莉さんが真の首謀者?どうして?


 あの凄惨な事件を起こしたのが光莉さんだなんてわかったら、龍斗さんは?


「これではっきりしたな」


 はっと白夜長官を見る。まずい。ダメだ。そんな結論、認めるわけには──




「ザセルは橘光莉の体を乗っ取っている。真の首謀者はまた別の人間か。全く面倒なものだ」




「……え?」


「孤虎利人、鮫島愛海同様、橘光莉も体を乗っ取られているというわけだ............何だその気の抜けた顔は。何か真の首謀者について心当たりは?」


「あ、いや……その……」


 光莉さんが真の首謀者じゃないってことか?


 目から鱗が落ちる。白夜長官が断定する理由がわからない。何で光莉さんじゃないと考えてる?どうしてすぐにそんな否定できる?


 ついていけない俺を見て察したのか白夜長官は呆れたようにため息をついた。


「橘光莉の事件時の行動はストームから聞いていてアリバイが充分にある。それと彼女に犯行が不可能なことを裏付ける証拠もある。指紋だ」


「指紋、ですか」


「原因になった細胞を管理していた部屋のセキュリティーに指紋認証がある。あれに当時特別研修員だった橘光莉は登録されていない。故に橘光莉にバイオテロを起こすことはできない」


「そんなものが……そこから犯人は絞れないんですか?」


「残念ながら無理だ。孤虎利人の研究室の人間だけでも多いのに、部屋の設備を共有する目的で他の研究室の人間も多く登録されている。特別研修員は無理だが、誰がいつでも入れる」


「指紋認証を使ったときに個人名の記録もされるでしょう。事件直前に入った人は?」


「孤虎利人だけだ」


「……そうですか」


 でも、そうか。特別研修員という学生の立場上、危険な細胞を取り扱う部屋には入れない。それに龍斗さんが事件当時に一緒にいたっていうアリバイもある。なら、光莉さんは真の首謀者になり得ないというわけだ。


 張り詰めていた気が抜けるのと同時に力んでいた肩から力が抜ける。よかった。最悪な未来は避けられた。


「橘光莉が自ら進んでザセルになった可能性はない。だから橘光莉は真の首謀者ではない」


「そうですね。光莉さんが首謀者なわけない」


 ふと脳裏に龍斗さんの顔が浮かんだ。光莉さんのことを話す時の、とても寂しそうな顔。


 ちらっと見ると白夜長官はどこまでも冷徹な目をしている。たださっきザセルの体が光莉さんだとわかって動揺していたところを見るに、人の心はある。なら、交渉の余地もあるってことだ。


「白夜長官、お願いがあります」


「なんだ」



「このこと、龍斗さんには話さないでください」



 白夜長官が怪訝そうな顔をする。


「何故」


「多分、本心じゃ龍斗さんは光莉さんはもう死んだと思ってます。なら、気付かれない内に処分した方が本人のためです。ザセルの体が光莉さんだと知らせて殺すのは賛成できない」


「……なるほどな。特異生物同士同情しているのか」


 白夜長官は鼻で笑う。……同情、


「していません。ただ、ザセルに乗っ取られた以上、俺の父や海美の姉とは話が違う。確実に焼却しないといけない。待っているのは確実な死です。なら、龍斗さんが裏切って庇う可能性だってある」


「ほう」


「裏切れば殺せばいいですけど、特殊戦闘部の数が減るのは司令部が困るでしょう。それを考えてのことです。ご検討いただけますか」


 わかってる。この人は、白夜狼牙という人間は情なんかじゃ動かない人間だ。俺が例え泣いて喚いたってそこにちゃんとしたエビデンスがなければ退けられる。


「それはザセルの人間態をストームが目撃する前に焼却する、と言う意味だな?」


「はい」


「早い分にはこちらも助かるんだ。いいだろう。ストームには黙っておく。ただし」


 白夜長官の厳しい表情が一層険しくなる。


「もしストームにバレた場合、ストームが動く前にお前が速やかに焼却しろ。時間はやる。何があっても躊躇わず、確実に」


「はい」


「その確実な焼却のためにも、早急に研究を進めさせる。お前も手伝え」


「もちろんです」


「よし。話は以上だ。他に何か報告は?」


 今の話を要約すると、ザセルの体は光莉さんで、これは体にザセルの細胞が寄生した状態にある。本人がザセルになってしまっている以上、父さんや海美の姉のように、ザセルを倒せば支配から抜けられ助けられるという理屈は通らない。それに特異細胞を取り除くのは不可能だろう。そう考えるとザセルは殺すしかない。龍斗さんにザセルが光莉さんの体を使っているとバレる前に、俺が速やかに殺さないと。


 さっと振り返ったが、特にないか。


「ありません」


「わかった。それでは解散だ。何か分かればすぐに報告しろ」


「了解」


 白夜長官は応接室から出ていく。緊張がほぐれてふーと息をついた。ふと、机の上のアルバムに目線がいく。開いたままのそのページにはいくつもの日常を切り取った思い出が可愛らしいテープで貼り付けられていた。自分の方に引き寄せ、1番見慣れた顔を見つける。


「……ねぇ父さん」


 研究所の人に囲まれて、優しく笑っている父さんの写真。


 昔のハイライト。あの時見た微笑みと全く同じ微笑みだ。口を開けて笑うというよりは静かに笑う人だった。そんな父さんが俺を抱きしめるときだけ嬉しげな声が聞こえてくるのも、俺だけの時間で、大切で。


 あぁ、父さんがここにいてくれれば。ここにいて、俺を導いてくれればこんなに苦しむこともないのに。


 1人で進むしかないことはわかってる。けど、


「俺、間違えてないよね」


 ポツリと弱音が口からこぼれた。


 間違えてない。間違えられない。

 龍斗さんに絶対にバレないようにすれば良い。そうだよね?


 だってザセルが光莉さんだってわかって、それでどうするんだ。父さんみたいに助けられる希望なんてないのに、わざとありもしない希望をちらつかせて絶望に落とすなんてそんなのあんまりだ。


 幸いザセルは自分の体が龍斗さんの婚約者だなんて気がついていない。早急に焼却すれば間に合う。いや、間に合わせる。恋人殺しの重荷なんて背負わせてたまるか。


 でももしバレたら?


「はぁ……」


 思わず額に手を当て項垂れる。


 もし龍斗さんが庇うならまとめて殺さないといけない。できるかな。できるできないじゃない。やらないといけないんだ。


 龍斗さんに光莉さんを殺させやしない。隠し通すんだ。絶対に。



 この思いは間違いじゃないだろ?



「俺は間違えてない」



 写真の中で微笑む父さんは何も返事をしてくれなかった。


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