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#9-3 孤虎一家と優しい君

「特別な細胞?」


「あぁ。解決策の1つになるかもしれない」


 同日── SCR本部内研究開発室・室長室


「フレイムくぅ〜ん、それ話しちゃうの??」


「もう白夜長官まで話いってるんだからいいでしょ、諦めてください」


 優也と的戸が2人用ソファに座り、その斜め後ろのパイプ丸椅子に来知が座って、その対面のソファには俺と海美ちゃんが座っている。

 優也に呼ばれてやってきたと思えば何故か的戸が明らかに嫌がるこの様子だ。何かあったんだろうが碌な話じゃなさそうだ。


「それで?話って?」


「話したいことは色々ありますが、まずは俺の家族の話からです」


 少し息を飲み込む。隣で海美ちゃんは姿勢を直して緊張した顔だ。


 優也の家族、孤虎一家の話か。


「俺が4歳ぐらいの時、母が交通事故にあって亡くなりました。当時……妊娠中だった母は、突然陣痛が着てタクシーを呼んで、そのタクシーが事故を起こした。爆発を起こして、激しく燃えたそうです」


「……」


「それで、実はそこに俺もいたんです。家に俺一人を置いていくわけにはいかないし、母の手伝いをするために俺もそのタクシーに乗り込んだ。俺も事故に巻き込まれたんです」


「な……大丈夫だったの!?」


「普通の人間なら死んだはずだ。……母さんが死んだのが何よりの証明だ。けど、俺は違った。それはなぜか」


「……優也が、生まれながらにして耐熱細胞を持つ存在────特異生物だったから」


 言葉の先を奪えば、優也はこくりと静かにうなづいた。


 違和感はあった。

 何故優也は学校に行ったことがないのか?

 なぜあんなに幼い少年が研究所にいたのか?

 孤虎教授にも何か考えがあるんだろうと、家庭の事情に首を突っ込むことはやめようと、そう避け続けていた。


 その真実が、これか。


「あの事故で生き残った俺に、父は疑問を感じたのでしょう。そして俺の細胞を調べたところで、俺の細胞の異常性に気が付いた。そして俺の細胞の研究を始めたんです。これは長官にも確認が取れました。どうやら特秘事項だったみたいで」


「特秘事項か。どうして」


「父を追う俺の戦意を喪失させないためでしょう。俺が父に失望して、戦わない可能性を危惧した」


「そりゃまた、勝手な話だ」


「それと父が俺の細胞や血液を採取していたってことも確認がとれました。それが事件の引き金になったことも」


「優也は……その研究をさせられてたこと、知らなかったの?」


 どんな実験するのかなんて、知らないけど……

 海美ちゃんの言葉尻はどんどんしぼんでいく。本人に聞きたくない。傷つけてしまうかもしれない。けど、本人にしかわからないことだしね。


 おずおずと海美は優也の顔を伺う。けれど、優也はなんてことないように返した。


「……学校に行ったことがないのは、そういう事かもしれない。それに俺の小さい頃の記憶殆どがあの研究所だし、知らないうちに研究の試料を取られていたとかあっても、あり得ない話じゃない」


 だけど優也もイマイチはっきりきていないような表情だ。事件のショックで事件当時とそれ以前の記憶があいまいになっていると聞いている。それにまだ年齢が2桁にもなっていないころの話だ。覚えていないのも無理はない。


 その隣でうだうだとしていた的戸が優也に抱き着いた。


「ねぇフレイムく〜ん……SCR全体に話が出る前に、もうちょっと研究させてよぉ」


「もう充分してるでしょ」


「違うよ!君が生まれながらにしての特異生物ってことは、とびっきりの情報なんだよ!?先天的な特異生物である君と、後天的な特異生物である龍斗とスパークちゃんと比較することでもっと面白いことになるんだよ~!?」


「それを独占したい、と?」


「研究において競争相手がいるいない葉本当に大事なの!!成果を誰が出すかって、本当に大事なんだよぉ!?」


「はいはいわかりましたよ。後は長官に直談判してください」


「むぅううううううう……こうして話すこと自体いやなんだよぉぉおおお……」


「ここ貴方の助手の煌湊さんと龍斗さんしかいませんよ」


「だっだれがどこで聞いているかわからないじゃない!」


「誰かいたら俺の耳が逃しませんから。とにかく、この細胞がburn upでも燃えつきないザセルに対する突破口になるかもしれない」


 うっうっと泣きつく的戸を気にも止めずに優也はあっけからんと言ってみせる。

 優也の細胞が、燃え尽きないザセルに対する突破口?どういうこと?




『あの日の再演です。丁度いい機会ですから優也くんもあの日のことを、自分の役割をよーく思い出してくださいね。』




「優也の……『役割』?」


 ディスティニーランドの事件の時、ザセルが言っていた言葉。

 何か意味があるのか?優也には、何か特別な役割があるといいたいのか。


 俺の言葉に役割?と首を傾ける海美ちゃんとは反対に、優也はどこか納得したような表情だ。


「ザセルは執拗に俺を“ギフト”と呼んでいた。理由はわかりませんが、何か秘められた力があるのかもしれない。そしてそれがザセルが俺を狙う理由なんじゃないかと。的戸さんが見つけた限り何か《進化》に関連する能力もあるんじゃないかって」


「ああああああああやめてぇフレイムくんんんんん」


「まだまだ研究途中でわかっていない力もあるそうなんで、それを狙われているなら逆手に取ってこっちが先に利用すればザセルを凌駕できる」


「それでザセルの耐熱を破る解決策を的戸に探させるってとこか?」


「そうですね。煌湊さんもお願いします」


 いきなり呼ばれた来知の背筋がピンと伸びる。


「来知、頼んだよ」


「はい!的戸さんの助手として、精一杯頑張ります!」


 そういえば助手に昇格おめでとう!と海美ちゃんが来知に拍手を送る。照れた様子で来知は礼を返した。

 謹慎が明けた後からもメキメキと力をつけ実績を上げていく来知を的戸が気に入って助手にしたんだ。狛華ちゃんといい、最近の新人はみんなすごいよなぁ。


「フレイムくん、この話はあんまり広めないでよ?」


「わかってますって」


「重大な発見っていうのは研究の1番大事な種になるんだ。下手にまかれれば散々な結果になりかねないんだからね!いいね!」


「わかりましたわかりましたから!俺だって父親が研究者なんです。理解はあるつもりですよ」


 頼んだよー!と珍しく心配そうに言い残して的戸は来知をつれ研究室の方に戻っていく。まぁ話したいことも聞きたいことも終わったし、俺たちも解散しようか。


「お父さんはどうして優也を研究したんだろう」


「え?」


 海美ちゃんがはっとしていやいや何でもない!と慌てて誤魔化す。考えているうちに口に出ちゃったのかな。

 多分、教授が研究対象にしていたことについての話。


 特殊な細胞ってのは何かと厄介だ。息子に普通になって欲しかったのか、それとも研究者としての単に好奇心なのか。教授の性格的に前者だろうけど、後者の可能性がないとも言い切れない。

 けれど、さらに優也の心を抉ったのはもう一つの話


 過去の事件は優也のお父さんが研究していた細胞が引き金となった。どれだけの人が犠牲になって、それを「仕方なかった」「知らなかった」と非情になりきれない優しいアイツがどう背負ってしまうのかなんて見えてしまう。


 チラッと優也を見る。相変わらず平気そうな顔だけは上手いんだから。


「……優也、大丈夫か?」


 返事はなく少しの沈黙の後、優也がインカムに手を当てる。


「了解」


「どうした?」


「白夜長官に呼ばれました」


 優也はソファから立ち上がった。


「別に」


 部屋の入り口、去り際に振り返る。


「俺は何も気にしてませんよ。例え父が俺を実験動物のように扱い研究してたって、コトラ事件の原因が俺の細胞だって、過去は過去です。変えられるなら今、未来を変えるだけですから」


「教授は優也を実験動物扱いしてたわけじゃないと思うけど」


「……どうあれ、俺はいつも通りやるだけです」


 そのまま優也は部屋を出ていった。遊事件からまだそんなに時間も経っていない。父親を利用された怒りも悲しみも、自分が父親を手にかけたことも、過去の事件の残酷な真実も、全部が全部心に大きく傷を残して、



『あぁ、なんて悲しい話なのでしょう!あはは、ねぇ優也くん。今日はずいぶんと遊園地を楽しんでいたようですが───貴方に楽しむ権利って、ありますか?』



 何も言い返さなかった優也はどんな思いだったのか。

 悶々と悩んでいると、海美ちゃんが俺の代わりにため息をつく。


「優也さ、無理してるよね」


「そうかもねぇ。まぁ、あんなことあったんだし、無茶でも何でもやらないとやってられないのかもね」


「優也はどうして躊躇わずにお父さんのこと……その、攻撃したんだろう」


 海美ちゃんの目が軽く伏せられる。そっちか。


「それは何となくわかるかも」


「え?」


 昔長官に『自分の父親を手にかけることになったらどうする』と問われて、『再生の余地もなく確実に焼却します』と即答していた。昔から口からでる覚悟だけは決まっていたんだ。ま、その決意も意思の強さもあるんだろうけど、


「だって優也は、優しいから」


「え?」


「自分の心を簡単に押し潰しながら相手を想いやるぐらいはね。介錯人みたいなもんだよ」


 かいしゃく……?と眉を寄せ、視線が上に上にと上がっていっている海美ちゃん。ハテナマークが頭の上に浮かんでいるのが見える見える。


 本当に教授のことを思うなら、『元に戻って』なんて甘いことを言わずに殺した方がいいんだ。優也は優しいから、自分の手を血に染める。でも本当は、ね。


 とにかく早く決着をつけないといけないかもしれない。長期戦になればなるほどメンタルも持たなくなってくる。もし優也の心が完全に折れて立ち上がれなくなったら?想像だってしたくない。俺のすべきことはわかっている。早くザセルを倒すんだ。


 優也の不器用だけどまっすぐで有り余る優しさが、これ以上アイツ自身を傷つけてしまう前に。


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