#8-1 茹るような暑さの中で
交錯する視線
目の前にそびえ立つ大きな門。豪華な装飾が施されたそれは、サマーフェスティバルに足を浮かせポップな音楽と共に流れていく楽しげな人々を見下ろしていた。
8月某日──ディスティニーランド園内にて
「こんな暑いのに、みんなよく来るよなぁ」
パタパタと手で軽く仰ぐもあまり体感温度は変わらない。いつもの詰め詰めバックは置いてきたからその分楽だ。あのバッグは雑誌や記事の切り抜きを詰め込みすぎて正直あれ以上入らないし、時々外で参照したい時以外は不要だし、持ってこなくて大正解!だけどやっぱ日差しの強さが辛いなぁ。
今日は特異生物を追うために来たんじゃない。とある出版社から依頼されたこのディスティニーランド新設アトラクションの取材だ。特異生物に集中したいのは山々なんだけど、生計を建てるには受けるしかない。
「さて、新アトラクションから行こうかな。何々?『映画の中に入ってしまったかと思うような景色』『ストーリーをなぞる水流コースター』……なるほど。ま、一つずつ見ていこうか」
ポケットにメモ帳を突っ込み、スマホをかざして改札のような入口を通り抜け門を潜る。周りは友人恋人家族連れ。べ、別に、寂しいとかじゃないし。
目的地までの道はほとんどが屋外だからジリジリと太陽に焼かれる。ジリジリと音がしてしまいそうな日差しにあっつ……と声が漏れた。
近くの売店やアイスを売るワゴンには長蛇の列。簡単に息もつけなさそうなこの国での熱中症患者はいかほどなんだろう。
「あの、すみません」
「はい!?」
突然声をかけられて振り返るとそこには僕の大きな声に驚いたのか耳を塞ぐ若い男性がいる。黒のTシャツとズボン、緋色と黒のおしゃれな薄い七分丈デザインシャツを着ている。僕から見て右側の横髪はおしゃれに編み込まれ左側の跳ねた横髪とはアンシンメトリーになっておしゃれだ。
園内で買える大きめのファッション用サングラスをかけているせいで顔はよくわからない。
「これ、落としました?」
「えっ、あ!すみません!ありがとうございます!」
「……じゃ」
落としたメモ帳を渡され男性はその場を後にする。いかんいかん。僕も取材に行かないと。優先チケットは貰ってるけど人気エリアだからすぐにいっぱいになっちゃうよ。
走らずけれど足早に目的地へと向かう。途中でアトラクションのスタッフさん──いやキャストさんって言うんだっけ?──に手を振られて思わず振り返す。なんか、こんな大人でもはしゃげるなんてすごいなぁ
結構歩いて、やっと目的に辿り着いた!ちらっも待機列を見ると先は見えない。列は奥の奥まで伸びてる。結構長くなりそうだな。
「岸谷さん?」
「はい!?」
「わっ!?びっくりした。奇遇ですね」
突然隣から声がかかる。見れば誰しも一度見れば忘れられないほどの美貌。緑と黒のワンピースにバケットハットを被った美しく艶やかな長い黒髪。橘さんだ!
「え!!本当に奇遇ですね!!」
「お一人なんですか?」
「うっ、まぁ、仕事ですし……」
「そうでしたか。失礼しました」
別に、1人ディスティニーも悪くないし!
「お仕事というのは、特異生物の?」
「あぁいえ、これは副業のような、本業のような。副業のはずが本業になっているような」
「そうなんですね。特異生物の方はまだ記事にされないのですか?」
心配そうな表情の橘さん。昨今有名な特異生物の脅威をより多くの人に知ってほしい。その思いで情報提供をしたというのに、肝心の記者が記事にしないとなればそれは確かに不審がるだろう。でも……
「えぇ。最近思うところがありまして」
「思うところ、ですか」
「はい。あの特異生物達って、本当に悪者なのかなって思って」
「特異生物を擁護されるのですか?」
「いやいやいや!!危険なのは変わりないですし、悪意を持った特異生物がほとんど全部だってことはわかってます!わかって…」
あの雨の日、どうして子供を助けたんだろう。
「わかって……いるんですけど。でも、あの時の3体は、なんだか悪いだけの奴らとは思えなくって。もっと入念に調べてから記事にしようかなと。なんてったって、『truth』ですから!」
そう笑って橘さんの顔を見ると怖い真顔でビクッとした。怖!?え、えと、その情報を提供してもらったのはありがたいけど、真実を見つけ出すまでは待っていただけないかな。申し訳ないんだけど。
「そうでしたか。特異生物が完全に悪い生物とは思えないと」
「す、すみません……」
橘さんの表情は真顔のまま。ひぃ、怖い!ごめんなさい!
「……それなら、仕方ありませんね」
すると打って変わって可愛らしくニコッと笑う。あ、よ、良かった……!?
「すみません。私はそろそろこのあたりで。待たせている方々がいるので」
「あ、は、そうでしたか!すみません立ち話しちゃって!」
「いえいえ、こちらこそお仕事のお邪魔をしてすみません。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます!橘さんも楽しんで!」
手をブンブンと振って別れる。さて、じゃあこのアトラクションからの乗ろうかな〜。
「──岸谷さん」
「はい!?」
振り向けばまだそこには橘さんがいる。え!?何!?
「充分、お気をつけてくださいね」
「あ、そうですね。暑いので!橘さんも熱中症にはお気をつけて!!」
そう言って今度こそ別れて橘さんを見送る。小さくなっていくその背中を追うように、僕の死角から出てきた男性と女性が1人ずつ橘さんの後を追っていく。待ち合わせしてたんだ。ご家族とかかな?
「さて!仕事仕事〜」
遊びじゃないよ、一応ね。
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#8 知らない顔
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