#6-13 夜空をかける光へ
嵐のように現れ帰っていく車を見送る。出てきたお医者さん。いつも朝の健康診断とかで会う先生とは違う、けど名前では聞いてたスーパードクターの柏木先生だ、多分。初めて見たけどすごいテキパキしてて想像よりも若いなぁ多分40歳とかかなぁ。すごい
「海美、行くぞ」
「あ、うん。な、何が残ってるの?任務」
「あれを焼却する」
指差した先にはいくつもの杉。人が杉に変えられた跡だ。え、てか待って、あれ!?マスクしてないのに花粉あるところいちゃまずいでしょ!?慌てて口と鼻を塞ぐ。それを見て優也が呆れた顔をした
「花粉なら問題ないぞ」
「へ?なんぇ?」
「あの花粉は人を杉に変える。ただ、それはスカンク杉の命令をうけて花粉を放出するみたいだ。スカンク杉が死んだ今、もう花粉は放出できないし、なぜか残存してた花粉はスカンク杉の焼却と同時に細胞死してる。その証拠に俺たちは杉になってないし、視界も黄色くない」
「ほんとだ」
ぱっと手を戻す。命令受けるだなんだって優也、どこで知ったんだそんなこと。あ、
「実体験?」
「そういうこと。さっさと片付けて龍斗さんのとこいくぞ」
「杉に変えられたとき起きてたの?」
「動けなかったけど意識はあった。頼りになるのは耳だけだったけどな」
そう言って歩き始めるフレイムの後ろについていく。
嵐で壊滅した小さな広場。そこから一つ道に入ると少し寂れた商店街がある。ガスから逃げきれずその場で杉となったのか、歩行者の道沿いに何本か杉が生え、店の中もちらっと覗くと杉が生えてる。こんなにみんな犠牲になったんだ。もしストームとフレイムがいなかったら私も同じ末路だったんだろう。
……任務、やらないと。
フレイムと離れて店の中に入る。中には寄り添う杉が2本。
完全に杉へと変えられてしまった人は元に戻せないんだよね。杉の幹に手を添える。本当に元々人間だったの?って思うぐらい、見た目も触感も杉だ。これに電撃を加えればたちまち感電して黒焦げになる。そうすれば焼却と同じことになる。
「……ふーっ」
これは杉。これは杉だから。元々人でも、もう元には戻れない人。ううん杉なんだ。私のやることは、間違ってない。これは人殺しなんかじゃないから。
息が荒れる。手が震える。正直言えば逃げちゃいたい。逃げたいのに、体が、足が鉛になっちゃったみたいに重くて、怖くて、動けないよ。
何度も自分に言い聞かせる。もう命令違反はできない。やらなきゃいけないんだ。私は!
手を突き出して体から電気を放つ、その時
パシッ
「えっ?」
突然手首を掴まれる。驚いて掴んできた手の先を見ると優也だ。なに!?あっち行ってたんじゃないの!?
「狛華さん」
『こちら狛華。どうぞ』
「スパークの電撃、完全な杉は絶縁体なんで通らないみたいです。焼却は俺1人がやります」
「えっ」
『了解です。所要時間が伸びるので周辺区域への規制を延長しますが、なるべく急いでください』
「了解」
私の手を放し、優也が杉に触れると杉はあっという間に燃え、塵すら残さず燃え尽きる。そしてスタスタと何事もなかったかのように店の外へと歩いて行ってしまった。
……なんで。なんで。なんで?
「優也」
「ん?どうした」
「なんで、庇うの」
ドクンと心臓が大きく音をたてる。知りたい
「私だって出来るよ、でもなんで庇うの?私が……私が弱いから?」
恐ろしい気持ちでいっぱいいっぱいになって苦しくて。任務だって、あれはもう人間じゃないって、私がしないといけないことなんだって、わかってるのに。
それにこんなこともできない弱虫だって言われてるみたいで、すごく悔しくて。
不思議な暗い茜色の瞳は、街灯の灯ひとつない今では真っ黒に見える。けれど、それは恐怖を感じるものじゃなくて、いつものように。
「やろうとした気概だけで充分だ。急ぎでもないし、子供がやることじゃない。それに」
頭をポンと撫でて、ふっと優しく笑った。
「言っただろ、1番やりたいことやればいい。俺は応援するってさ」
「あ……」
この顔、
『好きなことすればいい。1番やりたいことやればいい。俺は応援するよ』
あの時の言葉、覚えててくれてるんだ。
フッと細まって、けれど閉じず私を見つめる瞳。普段は下がることのない眉尻が下がって、ゆるく口角が上がる。
あの時と同じ、優也の優しい笑顔。
心が強いからとか何度もやって慣れてるからとか、杉に変えられた人のことを何とも思ってないとか、そんな理由じゃない。私が弱虫とか思ってるわけでもない。
ただ私のことを守ろうとしてくれている。応援してくれている。純粋にそれだけなんだ。
「…………っ」
いつもみたいにバカだのガキだの言えばいいのに、こういう時に限って優しい顔するんだもん。ほんと嫌になる。
ゴシゴシと目を擦る。涙なんか似合わないから。ぱっと開けた視界は心に乗ってた重しが取れたみたいにスッキリと晴れていた。
「そうだよね。私はやりたいことやりに来たんだ」
「あぁ。見失うなよ」
「誰に言ってんの。私は私。運命に噛み付くシャークガールなんだから!」
「……前から言おうと思ってたけど、それ痛いぞ」
「はぁ!?」
やっべと駆け足で逃げるフレイムを追いかける。気づけば鉛のように重かった足は軽く跳ねていた。そうだよね。応援してくれるっていうんだ。その言葉に子供ながら甘えてしまおうか。
「あ、流れ星」
「えっ、見えなかった!!」
外で夜空を見上げる。周りはさっきのストームが起こした嵐で雲もないし街灯が吹き飛ばされて明かりがないおかげか、視界いっぱいに星が広がっている。わぁすごい!綺麗!
「星が綺麗だね!」
「そうだな。都内じゃこんな時ぐらいしかお目にかかれない」
「あっ流れ星見えた!願いごとしなきゃ!」
「……何願うんだよ」
「え、あーうーん、世界平和?」
「ずいぶん壮大だな……」
苦笑いする優也。何よ。バカっぽいって言いたいんでしょ!
「そういう優也は?」
「俺?んー……願いはないな」
「えぇ?」
「あーー、でも、まぁ。強いて言うなら」
ふふっと何か面白いことを思いついたかのように笑う。仄かな星あかりに照らされる優也が目を伏せ、ここにはいない誰かを想いながら静かに微笑んでいるように見えた。
「アンタの夢が見つかりますように」




