#19-1 瞬間の邂逅
深い眠りについた街を、緊急避難勧告が叩き起こす。
2月上旬某日──── 特殊遺伝子細胞総合研究所周辺にて
「現在コトラ事件のあった特殊遺伝子細胞総合研究所の周辺に来ています。今の所特異生物らしき姿は確認できませんが、ご覧ください。あちらに見えます大樹を!」
隣で騒ぐテレビ局のレポーターが手を掲げた方向には、あまりに巨大な大樹が生えている。わさわさと風に揺られるたびに葉が舞い踊り、風に乗せられ足元へ運ばれてきた。どうやら普通の葉っぱみたいだけど、少し気味が悪い。
それ以上に、この状況にもなって未だ余裕そうに中継を繋げている隣のレポーターは気味が悪いけど。
「あの遠くに見える巨大な樹が特異生物……?」
みんなが大樹の方向にカメラを向けている。あれはきっと、植物の女王のモノだろう。彼らは、あれを壊すつもりなんだろうか。
僕と同じ考えの奴が多いのか、周囲には多くの報道陣が集まっている。今まではきっと報道規制をかけられているわけじゃなく、報道協定を結んでいたところ、ラジオにすっぱ抜かれてお怒りのままここにきているんだろう。しかし今朝よりも規制線が強く細かく張られており虫一匹だって通さない勢いだ。これじゃどこの隙間を縫ってもこれ以上近づくのは難しいだろう。
つくづく、こんな状況でよく来たもんだ。僕も含めて、みんな。
規制線から離れて、周りを見渡す。ここからじゃだめだ。現場の様子はここからじゃ到底見えない。高いところに行って、見下ろすような場所から見ないとわからない。
あのあたりのマンションなんてどうだろう。知り合いの一人でもいれば屋上に入れてもらえるかもしれない。
夜道を歩きながらスマホをいじる。記者のコネを舐め────
ガタンっ
「……?」
今、何か物音がしなかったか?
それも上から。上?なんで?
きょろきょろと頭上を見上げる。夜空には満月が浮かんでいて、星々がその光の後ろに隠れているようだ。その他には道に沿って立ち並ぶ民家。何も動く影はない。
頭上から聞こえたような気がするけど、真上って感じじゃない。ちょうど民家の上あたりぐらいだ。
「待て、もしかして……!」
目をかっぴらいて暗闇を凝視する。暗闇に慣れ始めた目がとらえた違和感。ただカラスが屋根にぶつかったとか、猫が屋根を伝った音じゃない。もっと重い何かだ。
予感がする。第六感がそこにいると告げている。
「どこだ」
グルッと回りながら叫んだが反応はない。当然か。
夜の静けさに耳を澄ませる。草木のざわめきも風の囁きも聞き逃さないように、耳に手をあてて。
直接聞かなきゃわからない。彼らに、彼らのしようとしていることは何なのか。
あの大樹を見る感じ、多分あの植物の女王が本気を出して何かをしようとしているんだろう。もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれない。
なら絶対につかむま────
「でっ!?」
うなじに鈍い痛みが走る。視界がぐわんぐわんと揺れて、思わず前のめりになって倒れた。痛い。受け身なんて知らない。でもなんとなく顎だけはやばそうだから、耳を下にして。
吐き気が込み上がっていくのと比例するように暗転していく視界には、僕のカバンに詰めていた書類がゆらゆらと落ちていく。その隙間で、誰かの足が見えた。
ブーツだ。随分と底の厚いブーツ。どこかで見たことがある。どこだ、なんだ。
まさか
「これどうすんの?」
「警察を呼びます」
「もう呼んだよ!」
「ありがと。ったく、足音たてんなって言ったろ」
「ごめん〜!!」
「時間もないし、行こうか」
「えぇ」
そして足音もなくその影は去っていく。
そうか。君たちが足音を隠していたんだ。たまたま聞こえただけの僕が敵うはずもない。
けど見つけた。やっぱ君たちは。
窄まる視界のなか、遠くから赤い瞳が僕を睨みつけているような気がした。




