#17-26 決戦の地
「では、私が運んで差し上げましょうか」
──は?
この声、
「なんで、」
手応えはあった。はずだった。
「……雑草みたいにしぶといな。何度抜いてもまた生えてくる」
「ふふ、相変わらずうるさい口ですこと」
声のする方向。ぎい、と崩れかけているダイバー大橋の上から、周囲が更地になったここによく響く。
艶のある長い黒髪。風にはためく緑のワンピース。ダイバー大橋の淵に腰かけ朝日に照らされるその姿は嫌になる程様になる。
「ザセル……なんで……!?」
「手応えはあったのに」
『反応では確かに消失したはずですが……』
「ふふ、確かにネイチさんはやられてしまったようですね。しかし、そんなもの瑣末な問題にすぎません。後で再生すれば良いだけの話」
「再生……?」
「私もね、優也くん。進化したのですよ。そう」
俺に向けて手を差し向ける。
「貴方の細胞を取り込んでね」
「俺の細胞を、取り込む?」
「『融合』と『進化』の能力をもつ貴方の細胞を、昨晩取り込んだのです。するとどうでしょう!拒絶反応もなく融合し、『変異』の能力の進化、さらには『再生』の力を手に入れました。流石は優也くんの細胞です。これをもって、」
差し伸べていた手を天へ仰ぐ。天啓を受けたような素振り。そして微笑んだ。
それはまるで、天から舞い降りた天使のような安らかな微笑み。
「人類を全て、変異させることができます」
「な……っ!?」
「今までは『変異』させるばかりで、耐えられたとしても数時間と持たない人類がほとんどでした。しかし、『再生』の能力を得た今、体が持たなくとも幾度となく再生させればいい。そうすれば少しずつ人間の体は進化を受け入れ、地球を害することもなくなる。素晴らしいことでしょう?」
「まさか、お前が言う進化って、」
「地球を人類から救う、『人類緑化計画』。全ての人類は、その身を植物に落としなさい」
コイツは全ての人間を、本当に植物にしようって言っているのか!?
あまりに馬鹿げた考え。それをコイツはあの手この手で実現しようとしている。身の毛がよだつ。コイツ、狂ってる!
「植物に進化……?はっ、生命の誕生って授業受けたことないわけ?」
「生命は無駄な進化を重ねてしまいました。結果、ヒトという下等生物が地球を傷つけ、汚し、破壊しようとしている。それが己の種族の絶滅を引き起こすとも知らずに。だから植物に進化すべきだ、と言っているのです」
「話にならないな。進化の定義でもよく確認するんだな!」
「嵐巻龍斗、でしたか?貴方の売り文句を買うほど暇ではないのです。私が話したいのは孤虎優也くん。貴方ですよ」
龍斗さんには目もくれず、俺とぴたりと視線が合う。
「貴方の細胞があってこそ実現した計画です。これから2人で、全てを植物に還しませんか?」
「断る」
「あら、残念。まぁ、細胞はすでに充分いただいていますから、別に良いのですが。でもこれだけはお伝えさせてください」
その微笑みは、誰もを魅了する。
「貴方がいなければ絶対に成し遂げられなかった。生まれてきてくれてありがとう、優也くん」
「───、っ」
俺は、そんなことのために、
俺を海美に預けて龍斗さんが立ち上がる。握りこんだ震える拳は雄弁にその感情を物語っていた。
「訂正しろ。お前のふざけた計画のために優也は生まれてきたんじゃない!!」
「ふふ、ふふふ」
「そうだよ!優也はアンタなんかに協力してない、勝手にアンタが優也に酷いことしたんでしょ!」
「ふふふふ、あははは、あはははははは!!」
一体何が面白いのか。狂ったように笑いながらその身に風を受け、ふわっと空気を含んだワンピースが揺れる。ボロボロになった橋の柵を手に取りその場に立つと、カラカラ、と崩れた細かなコンクリートの破片が落ちていった。
「さぁ、革命の始まりです。この時が来ることをどれだけ待ち望んだことか!」
「クソ……!」
「優也くんには、共に新たな地球の創生者としてともに見ていただきたかったのですが……そのご様子ですと皆殺しコースですかねぇ。あはは」
シュルシュルとあたりから植物の根が張り、茎や蔦が伸びて花が咲く。物静かな朝焼けが、地獄の舞台へと変貌していく。
────まずい、今動けないのに!
俺の焦りを嘲笑うように、植物は俺たちの周りを囲う。
「あはは、そんなに焦らなくとも。今すぐとって食おうというわけじゃありませんよ。最後のチャンスをあげます」
「チャンス……!?」
「優也くん。君は私たちの住処を知っていますね?」
「!」
「そこまでおいでください。来たならば、貴方達だけは『人類緑化計画』より見逃してさしあげます」
「な、なんで!?私たちだけなんで見逃すの!?」
「……?だって、」
心底不思議そうな表情で、こてんと首を傾ける。
「貴方達、人間じゃないでしょう?」
「……!」
「もとより、私は貴方達とは仲良くしたかったのですよ?お二人にはご家族を用意し、偶然とはいえクソトカゲの恋人の体を奪ったようなので、仕方ないから恋人のフリまでしてあげて。友好的に歩み寄り手を差し伸べたのに、悉くその手を払ったのは貴方達でしょう?」
「……なるほど。仲良くなれなそうだな、一生」
「それに来てくださった暁には、プレゼントも用意していますよ。よーく考えて来てくださいね。」
ザセルはヒラヒラと別れを告げるように手を振る。すると体がどんどん透けていき、その奥の澄み渡る青空が顔を覗かせた。
『透明化……!?なんで、解析には引っかからないのに!』
『落ち着け狛華。おそらく『進化』とやらだろう。始め姿を現したのはアイツのお遊びだったと言うわけだ』
『……っ!』
海美も全力を出し切った後だ。電気感覚を使う余力はないだろう。隣で悔しそうに、元はザセルのいた空を見つめている。
周囲に這い寄った花々はザセルがいなくなった後、burst upの残熱にやられたのかしおしおとかれていき、ジュっと黒く塵になっていった。ただの演出だというのに、ここまでの量の植物を操ることができたのか。俺の『進化』の能力を『融合』させて。
植物の焼き焦げた匂いがあたりに充満する。
「ゲホっ、う、臭……後、追えないよね。きっと」
「難しいだろうな。でも、そんな必要はない」
「え?」
「白夜長官。聞いてますよね」
『……なんだ』
後を追わなくたって、すぐに見つけられる。というかアイツから来いって行ったんだ。
いいぜ、乗ってやるよ。
「優也」
「大丈夫です龍斗さん。全部、ここで終わらせましょう」
「……あぁ」
10年間、ずっと苦しみながら戦ってきた。
これで最後だ。
龍斗さんと目をあわせ、静かに頷く。
「長官、回復して準備が出来次第、敵の本拠地への最終攻撃を。相手が戦力をつける前に」
『場所は』
10年前、全てが始まった場所。
そこで全てを終わらせてやる。
「コトラ事件を引き起こした、特殊遺伝子細胞総合研究所です」




