#17-5 俺たちはいつも理不尽に
「……海美ちゃんが予想している通り、代償っていうのは特異細胞を持ちその力を使う代償のこと。実は、俺はあんまりまだよくわかっていないんだけど、爬虫類に近い体になっている。海美ちゃんは呼吸器と足の運動機能の低下。優也は下がらない体温だ。どれも命にかかわる」
「うん」
「この代償は不可逆だ。戦い続ければ命の保証はないし、これから先の人生を長く謳歌できる可能性は低いだろうね」
「うん」
「この代償に優也は気が付いていた。少なくとも4年前、もしかしたらもっと前から気が付いていたのかも。でも俺はそんなこと一言も相談されたことはなかった」
「なんで?」
「これが昨日の夜に喧嘩した内容。なんで隠してたって聞いても、「言っても無駄でしょ」なんて返されちゃってさ。後になってそれが咄嗟についた嘘なんじゃないかって思えたけど、その場では恥ずかしいことに、怒っちゃって」
「ううん……それは優也が悪いよ。そんなウソ。ひどいもん」
「まぁ……話を戻すと、その代償のこともあるし、それに人殺しを仕方ないと割り切れない所も、全部アイツは1人で背負い込んじまってる気がしてさ。隣に10年もいたのに。相棒なのに、俺、何もできてないなって思ってさ」
年長者として人生の先輩ぶっている俺の隣で、優也は苦しんでいた。ずっと。今日も。
何も気がつけなかった。
「振り返ってみれば、孤虎教授のことも、光莉のことも。俺が知るのはことが起きてからだった。肩を並べた、相棒なのに」
「……私も、優也にいっぱい心配かけちゃったなぁ。変身するのが怖くなって体がおかしくなった時も、お姉ちゃんと話すのが怖くなった時も、いつも優也に助けられて」
海美ちゃんははにかみながら、暗くなった声色でぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。
「だからね、私、優也の力になりたくて。どうすればいいのかなんてよくわからなかったけど、どうにかして不安そうな顔の優也を元気付けたくて。だから、きっとどうにかなるよ、大丈夫だよって、約束したのに。なんもできなかったなぁ」
思えば守られてばかりで、何も守ってやれなかった。
腰かけたベッドの向こう側、海美ちゃんは唇をかんでいた。いつもシャキッと伸びた背中だけ少し丸まっていて、大きな瞳は細められている。
近くを歩く医療部スタッフの足音。金属の器具を動かす音、専門用語の飛び交う会話。
現実を直視できないこの体は、環境音ばかり拾って思考を進めることをしない。守れなかった無力感、絶望させてしまった罪悪感。止めてやれなかった。止めてやりたかった。アイツの優しさが、自分の首を絞める前に。
「……ズッ」
「海美。目をこするな。ほらティッシュやるから」
柏木先生が海美ちゃんにティッシュ箱を差し出す。ひっく、と続いた嗚咽は止まることを知らない。
少ししてティッシュを一枚とり、チーンと鼻をかんでいた。けれど大きな瞳からこぼれ落ちる涙をぬぐおうとはしない。ぽた、ぽた、とベッドのシーツに薄いシミを作っていく。
「海美」
「ひっく……ぐすっ」
「海美ちゃん」
胸がぎゅっと苦しくなる。せめて、せめてそのこぼれ落ちる涙ぐらいは。
ティッシュを数枚とって少したたんで、海美ちゃんに手渡す。涙を拭いてほしいという意図をくみ取ってくれたのか、そのティッシュを見つめて
「いらない」
「……え」
「いらない」
「海美?」
「優也ずびっ、は、ひっく、優也は泣いてないから。私も、ひっく、泣かない」
「……」
「私だけ泣くわけには、ぐすっ、いかないもん。優也と一緒に泣いてあげるんだから。一人で、声もひっく、出せなくなっちゃったんでしょ、ひっ、なら、うぅ、あぁ」
「……そっか」
抱きしめてあげたかった。一緒に、叫んであげたかった。
けれどベッドサイドの機械につながれたせいでろくに近づけない。頭をなでてやれるほど腕も伸ばせない。俺たちはいつだって、理不尽に何もできない。
俺たちはあと何回こんな悔しい思いをすればいいんだろうな。
「起きたか」
「白夜長官」「……ひっく」
海美ちゃんのいる方向とは反対方向。俺か見てちょうど後ろから白夜長官と狛坂がいた。
「フレイムとザセルはロストした。今後、出会うなら敵としてだろう。緊急安全装置も起動できない。お前たちもこのザマだ。正面から挑んだところでまた同じことを繰り返すだけになる」
「そんな」
「そのため、司令部を中心としてフレイムの殺害作戦を計画し、それをストーム、スパークの2名と支援部隊で実行していただきます」
「さ、殺害!?」
「……」
まぁ、そうだよな。
今やフレイムはSCRの敵になった。今俺たちがこんなベッドにつながれているのが何よりの証拠になる。緊急安全装置が使えない以上、俺たちが殺害するしかない。殺害、というか焼却しないといけないと思うけど。
「殺害って……殺害ってどういう事ですか。優也を取り戻すんじゃないんですか!?」
「取り戻す?あの状態のあいつをか」
「自我が戻ってるって先生から聞きましたけど」
「その後また寄生されているだろう。報告では戦意を喪失し、抵抗もなく連れていかれたと聞いた。奴はザセルの傀儡になった。諦めろ」
「諦めろ、ねぇ。じゃあもし優也を殺したとして、その後はどうすんの?焼却ができない以上、うちって結構詰みだと思うけど?」
「その場合、焼却部隊を新たに設置することになるだろうな。フレイムを野放しにし大きな被害を生むよりはましだろう」
「……殺させる前に、殺す、かぁ」
うちの要であるフレイムの殺害は早計だと感じるが、確かにこれ以上被害を広げるよりはましだろう。ザセルに細胞を悪用される前に、あいつが多くの命を手にかける前に、あいつの心臓を止めて殺害する。
大きな決断だ。だけど、
「優也のこと、殺せって言うんですか」
「そうだ」
「優也のこと助けたいです」
「できなかっただろう。お前達がボロ雑巾のようになってここに運ばれてきたのは私の幻覚か?」
「……でも、でも……!!」
海美ちゃんの感情も、もっともだよ。
今まで一緒に戦ってきた。一緒に生きてきたのに。そんな簡単に切り替えられるものじゃない。理屈がどれだけ正しくても、そこに感情が付いていくには時間が必要だ。けれど、俺たちにそんな時間はない。
「お前の気持ち等考えている時間はない。ガキの癇癪など構っていられるか」
「うぅぅうう……!」
「いいな、ストーム。お前を緊急で特殊戦闘部のリーダーとする。後ほど狛坂から作戦概要の説明を受けろ。実行は明日0530」
「……早いですね」
「ザセルにフレイムを悪用される前に決着をつける。準備をしておけ」
「了解」
「ついでにスパークの癇癪もなんとかしておけ。作戦失敗の種になる」
「……了解」
なんとかっていってもさぁ。俺だって、
軽く睨みつけるように白夜長官を見ても、睨んでいることにすら気が付かれていないのか白夜長官はその場を後にしてしまう。柏木先生はため息をついて、海美ちゃんの隣に腰を下ろし、泣き止まないその背中をやさしくなでた。
優也を殺せ、かぁ。
完全に敵判定食らってるもんな。そりゃそうだ。世界の敵、悪役。だから倒さないと。
「龍斗、大丈夫かい?」
「あ、まぁ、えぇ。俺は平気ですよ」
「……」
「それに、殺してやることが優也のためにもなります。アイツだって、きっと傀儡になることなんて望んじゃいない。俺が、俺たちがやらないといけないんです」
「……」
「止めますよ。今度こそ」
口から出てくる言葉こそもっともらしい。噛んだ唇から血が止まらない。無意識に握りこんだ手の平に、月が落ちていた。
だめだ。諦めろ。優しくあれ。優也を思いだせ。
アイツは大切な相手のためなら自己犠牲をいとわなかっただろ。自分がどれだけ傷つくことになろうとも、その手を止めなかっただろ。
優しく、
「っ!!……長官、これ……!」
「なんだ?」
部屋の入口の方から狛坂の焦った声が聞こえる。なんだ、まだいたのか?
顔だけ後ろを見るが、カーテンに邪魔されて二人の様子まではうかがえない。
「どうして……!?」
「これは……一体どういう事だ……!」
「何かあったのかい?」
「え、あいや……長官!?」
コツコツコツ、と急に足音が強まり勢いよくカーテンが開け放たれる。
白夜長官、後ろには目を白黒とさせている狛坂がいる。白夜長官は俺たちにタブレットを突き付けた。
……え?
『特集!!人に化ける特異生物!?』




