#14-12 水中特訓
「なんで私達水着じゃないの?」
「任務に水着で行くやつがあるか」
翌日───SCR本部、プール室にて
50 mプールのカルキの匂い。ここに来るのはいつぶりだろう。そういや昔は水中訓練とかもやったなぁ幼い優也が足がつかなくて溺れかけてたやつ。今目の前にあるやつより底の深ーいプールがあったんだけど、あれは支部だったかな。じゃ本部からなかなか離れられないし、ここしかないか。
プールサイドのベンチに腰掛け目の前で準備運動を念入りにする2人の後ろ姿を眺める。もちろん水着じゃなくていつもの隊服姿。時刻は17時半を少しすぎたところ。本日の最後の訓練だ。
「確かに。でもこの服水吸ったら重そう」
「水はほとんど吸わないから想像よりはマシだと思うぞ」
「ふーんなるほどね。よーし、じゃあ早速入りますか!」
「平気か?」
「全然平気だし!?全然余裕で飛び込めるけど!?」
「本当は?」
「……死ぬほど怖いです」
昨日の事件で水場が苦手だとカミングアウトした海美ちゃん。今もプールの前で顔色はあまり良くない。だけど、こんなに無理してでも海美ちゃんが水中の訓練を進みでたのには理由があった。
「でも、次ネピアが襲うところはきっと水のたくさんある場所……多分、来週あるサメジマアニバーサリークルーズじゃないかなって。そのクルーズ、お父さんの誕生日をお祝いするやつで一年前から壮大にやるって決まってたし、どれだけ止めるよう説得しても聞いてくれないし」
「昨日帰りに言ってたやつか。クルーズ……船ってことは、周りは海」
「いくらでも昨日みたいに逃げれるし、優也と龍斗さんの攻撃は水中じゃ威力が出ない。肝心要の私はカナヅチで手が出せないから、水中じゃやりたい放題されちゃう。だから……!」
ぎゅう、と海美ちゃんは隊服を掴む。
「水場を克服したい。それに前からずっと苦手なのが本当に嫌で。苦手を治したい。こんなことで足引っ張りたくない」
体は少し震えていても、優也に向き合うその大きな瞳の覚悟は変わらない。自分の苦手に真っ向向き合えるのは彼女の強さなのかもしれないな。
満ち溢れるやる気が逆効果に肩へ無駄な力が入っているのを見て、優也はリラックスさせるように肩を優しく叩く。
「わかった。とりあえず顔を水につけるのは?」
「できるよ。お風呂ぐらいなら平気。海を見てるだけっていうのも大丈夫なんだけど、体がすっぽり沈んじゃいそうな、足がつかないような場所に自分が入るってなると……ちょっと」
「そうか、ならもうゆっくり入るか。あっちにスロープあるからそこから」
向こう岸にあるスロープに2人は歩いていく。あーあ、俺も訓練参加できればなぁ。でも柏木先生に眼は絶対安静にしろプールは入るなって言われちゃったしなぁ。もう結構見えるようになったけど、まだ眼帯も外すなって言われたからなぁ。
するとガチャっとプールへ出てくる扉の開く音がなり、見ると車椅子に乗った招かれざる客がいた。
「よ、龍斗。ハブられてんの?」
「的戸。お前なんでここに?来知まで」
「急にすみません。研究の合間にフレイムくんの訓練見学したいって言われて」
「フレイムくんを水に沈める実験を合法的にできるってことでしょ!?来るしかないじゃん!!」
「お前を沈めてもいいんだぞ」
できないでしょー!と笑う的戸に半分くらいは本気だけどとため息をつく。そんな俺を見かねて来知が俺が監視しておくので見学だけでも、とお願いされれば断る理由は無くなった。てか、お前弟子に監視とか言われてるぞ。
音はプール内に反響して、というかしなくとも当然向こう岸の2人にも聞こえている。優也は呆れたような顔で軽く会釈し、海美ちゃんは元気よく手を振った。
「今はスパークちゃんの水慣れ中か。早く終わらせてフレイムくんの実験に入ろーねー!」
「ゆっくりでいいから!……おい。邪魔すんなよセンシティブなんだから」
「センシティブ?何が?」
「……」
言わなくてもわかるだろ、とは言わなかった。それはきっと本人から言われない限り言ってはいけないような気がしたから。
多分海美ちゃんがあんなに水場が苦手なのは過去の事件のせいだ。彼女は事件のとき逃げている最中に遺伝子プールへ姉に突き飛ばされて溺れ、そこで変異細胞が体の中に組み込まれた。
事件が起きた時まだ海美ちゃんは7歳。小さな体であんな大きなプールで溺れてしまった。それにただ溺れただけじゃない。特異生物に襲われて、さらに怪我だらけの体が化け物のように変容していく光景がトラウマにならないわけがない。足のつかない恐怖だってきっとそれが原因だろう。
でも海美ちゃんは言わない。どんなに仕方ないことでも言い訳にしない彼女の強さに、俺達は黙ることを決めたのだった。
俺たちを気にすることなく2人は訓練を始めている。優也が先に足首ぐらいまで浸かって、その後を海美ちゃんが続く形だ。
「う……優也、ち、ちょっと」
「どうした?」
「手、手、貸して」
「わかったわかった」
両手を掴んで優也は後ろ向きに歩く。あそこで片手掴んでズンズン進んでいかずに、海美ちゃんの様子見ながらゆっくり進もうとしてるの、狛華さんが見たら卒倒しそうだな。いい意味で。
チャプ、と海美ちゃんの足先が水に触れる。少しずつ進んで膝下まで順調に浸かっていく……が、
そこで海美ちゃんの足は止まった。俯いているからよく見えないけど、肩に力が入って目を思いっきり瞑っているようだ。そりゃ怖いよなぁ
「……ぅ、あ、あとどれくらい?」
「まだ膝下だろ」
「……も、むり、かも」
「…………」
2人はスロープの途中で立ち止まる。いや無理もないよ、むしろそこまで進めたことを褒めるべきだし。そんな簡単に乗り越えられるならとっくのとうに乗り越えていただろう。
でも知ってる。これで『仕方ないよ』って声をかけたら海美ちゃんが傷つくことぐらいわかっている。長年の苦手を克服したいから、言い訳をしたくないから、弱音なんてできる限り吐かないように頑張ってここまで来たんだよね。海美ちゃんの努力を簡単に否定できない。
2人の間には静寂が流れる。優也もきっと迷っている。無理をさせてでも進むべきか、戻るべきか。
ここは俺から声をかけて───
「───え!?」
「っ、ちょ、え!?優也!?」
ザバザバザバッ!
突然優也は海美ちゃんと繋いでいた手をパッと離し、海美ちゃんを置き去りにして自分は振り返って水を掻き分けてプールの中心へとどんどん進んでいく。優也の体を中心に波紋が水面を走った。
どこまでいくのかと思えばぴたりと中心あたり、丁度このプールの1番深いところで立ち止まる。男にしては小柄な優也は肩まで浸かっていて跳ねた水が優也の髪先を濡らした。
海美ちゃんに背中を向けたまま、つまり俺に向けて顔を向けたままシン、と静まりプール室にはチャプチャプと波打つ音がする。な、なに?何してんだあいつ?
行動を注意深く観察していると優也は息をゆっくりと吸って、
ポチャンッ!




