#13-11 ガール・ミーツ・ボーイ
「……海美は1人っ子?」
ぐ、と一瞬だけ息が詰まった。気が付かれないくらいの、ほんの一瞬だけ。
てかあれ?え、私のこと知らないの?
「ん?私?あーえーと、お姉ちゃんいるかな。いや、いたって方が正しいか」
「……!ごめん」
「あ!!いやいやいや!全然気にしないで!というかこっちこそごめんね!!……お姉ちゃんのこと久しぶりに聞かれたからびっくりしちゃって」
優也に頭を下げられ、慌てて頭を下げる。
だって、私が鮫島財閥の令嬢だって話はここの学校に来るならどうせ耳にしているだろうと思って。それならコトラ事件で鮫島財閥の2人娘が被害にあった、妹だけが生き残った話も有名だし。きっと知ってると思って。
「もしかして、過去の」「ほら、大体みんな知ってるもんだから。家のせいで」「……え?」
ピタリと動きが同時に止まってお互い顔を見合わせる。
……あれ、もしかして本当に何も知らない?
「あー……私、苗字が鮫島じゃん?聞いたことないかな、《サメジマ財閥》って」
「さめじ……あぁ!!!」
ようやく合点がいったみたいだ。弾かれるみたいに顔を上げて目を丸くしている。あぁー知らなかったんだ。じゃあ、言わなきゃ良かったかなぁ。でも時間の問題かな。ネットで調べればすぐにわかっちゃうよね。
「コトラ事件でお姉ちゃんが死んじゃって、それでその妹の私が後を継ぐって話がSNSとかで広まっちゃって、それで。わー恥ずかしい!自分でサメジマ名乗るの無理すぎ!」
「そうだったのか。ごめん、わざわざ嫌なこと聞いて。知ってれば聞かなかったのに」
「え、あ、いや、ううん!全然問題ナシ!」
言わなきゃ良かった。恥ずかしいとかじゃなくて、知らないならそのままでいてくれたって良かった。そうすれば、いい友達になれたかもしれないし。
鮫島の名前に擦り寄る人も苦手だけど、鮫島だからって一線引かれてしまうのはもっと苦手。あーあ、また「すごい」とか「お金もちなんだ」とか、色々言われちゃって一線惹かれちゃうんだろうな。仕方ないか。
覚悟を決めた。……けど、優也はポカンとした様子で、予想していた反応は返ってこない。
「……え、それだけ?」
「え」
「あいやいや、あの、……いつもはさ。私が鮫島財閥の娘だってわかったら、その、色々あるわけ。なんかこう、色々大袈裟に持ち上げられたりとかさ」
「はぁ」
「それがなくて拍子抜けしたっていうか何というか。初めてで」
「はぁ」
未だ要領を得ない顔だ。本当に?嘘でしょ!?
鮫島財閥のこと知ってても、私が誰なのか知っても、私のこと普通の友達みたいに話して。
「ふふっ」
「!」
「優也って珍しいね。私のこと特別扱いしない人、初めて!」
心が跳ねた。こんなの初めて。初めてだよ!
嬉しさに次から次へと言葉が流れ出る。
「その……ね。よく鮫島家の後継ぎ、コトラ事件の生き残りってだけで変に持ち上げられちゃってさ。高校のクラス委員長だってやりたくないけど『鮫島さんしかいないでしょ!』とか、成績だって別に言ってないのに『きっとトップだ!』とか。私結構アホなんだけどね」
やばい、私何話してんだろ。ほぼ初対面の、しかも転校生に。
でも止められない。今まで誰にも話したことのない、本音。
ずっとずっと誰かに、こうして聞いて欲しかったんだ。
「私はみんなの中じゃ、《鮫島財閥の優秀で気品のあるお嬢様》なんだ。ろくに自分のやりたいこともできない。というか言えない。私、知らないことたくさんあるし……って、自分語りやばいね!ごめんね!」
照れ隠しに笑って少し早歩きになった。うわー何してんだろ。何語っちゃってんの!?悲劇のヒロイン気取りじゃんって。
でも、偏見をもたない優也なら話してもいい気がしたんだ。
君ならきっと、まっすぐに受け止めてくれそうな気がしちゃったから。
……でも恥ずかし!?何浸っちゃってんのもー!!
すると優也は足を止める。……やばいやっちゃった。絶対痛いやつだって思われてる!うわーもう最悪!!
数歩ズレて止まってどうしたの?と声をかける。あくまで声と顔には出さないように。すると優也と目がぴたりと合った。あれ、なんか光が差すと、瞳がちょっと赤っぽい。あれ、おかしいな、
なぜか、その瞳から目が離せない。
「よく事情はわからないけど、海美が生きたいように生きればいい。周りが何て言おうと、海美は海美だろ」
「……え…?」
春の暖かな日差しがスポットライトのように彼を照らす。まるで映画の中のワンシーンだ。眉尻が下がって、目が少し細くなって、柔らかく口角が上がった優しい微笑み。
ドクン、と心臓が動き出した。
「好きなことすればいい。1番やりたいことやればいい。俺は応援するよ」
ポン、と私の頭に優しく手が置かれた。
あったかい。
安らかな眠りを誘うような心地の良いあたたかさ。朝、カーテンの隙間から聞こえた優しい声色と同じ声。甘えて、泣き出したくなるほどの深い深い優しさ。
君は優しく笑った。
君の笑顔が、記憶へ鮮烈に焼きついた。
その瞬間、キャア!?という女子の短い悲鳴が耳を貫いた。それと同時に現実に戻される。
あっそうか。これ頭撫でられてるもんね!?
気恥ずかしさで黙り込んで俯いてしまった。でも……振り払う気にはならない。この温もりを自分から振り払おうなんて、できなかった。
数秒経って、悲しいことに温もりは離れていく。顔を上げるとそこにはどこぞの犯人のように手を挙げて降参ポーズの優也がいた。顔がすこし青ざめていて、魚のようにパクパクと口を動かしている。
ふふっ、あれ無意識にやってたの?なんかずるいなぁ。
「あ、え、あっと、ごめ、」
「ううん。……嬉しい。ありがとうね。じゃ」
優也が挙げている手をぎゅっと掴んだ。ギョッとした優也に向けるのは、お礼とお返しを絡めた、心からの笑顔。
あぁ、なんだかドキドキが止まらない。
緩慢に時を刻んでいただけの心臓が強く速く動き出しそうな予感。
「早く購買いこっ!」
「あっ!?いやちょ、ごめ、わかったから手はなせ、はなしてっ!?」
この人は、私の人生を大きく大きく変えちゃうのかもしれない。
何でかはよくわからないんだけどさ!でも確かに、
心の奥底で燻る何かに、火花が弾ける予感がした。




