#12-19 見つけてくれてありがとう
階下から漏れる光。それだけが光源のこの場所は薄暗く、奥に行けば真っ暗だ。
同日───SCR本部内、ラウンジスペース上階にて
「あ!龍斗さん本当にいた!すごい!」
明るい高い声と階段を上がってきた2人分の足音がなければ、誰にも見つからなかったはずだった。
振り返ると逆光となった2人分のシルエット。ぴょんと両方向に跳ねた特徴的な髪の男とそれより少し背丈の低い女の子が1人ずつ。それと男の横には点滴が引きずられている。
「ラウンジにこんな上の階あったんだね。知らなかった!」
「一般の人も使うけどこの上階への階段はわかりづらいところにある。昼間でもあまり使ってる人はいないしこんな時間になれば誰もいない。それを好んで来る奴を除いてな」
ラウンジスペースは一般の人も俺たちも使えるスペースだ。部署にいるだけじゃ息が詰まるからとつくられたスペースで、いくつかある中でここが1番広い。
でもこの上階は上がる階段が何故か離れた場所にあった隠れ家的なスペースになっている。普通人はほとんど来ない。だから選んだのになぁ。なけなしの抵抗でもしてみようか。
「こーゆー大人のしんみりした雰囲気ではね、1人放っておいてやるのがいいんだよ」
「ん〜でも私はまだモラトリアムだから」
「覚えたての言葉で威張るな」
コツンと優也が小突く。言ったやった顔の海美ちゃんは不服そうだ。
2人が俺の元へと歩いてくる。目が慣れていけば、優也のあちこちに貼られたガーゼに巻かれた包帯、顔色の悪さが全てを物語っていた。
「優也、体は?」
「問題ありません。そっちこそどうなんですか」
トントンと左目を指差すジェスチャー。それを半分になってからまだ間もない視界で捉える。
「全治約2ヶ月だって。特異生物様々だね」
「もう2度と見えないわけじゃないんですね」
「まぁね。ただ眼細胞は治りがかなり遅いみたい」
「頬は」
「あのフレイム様に本気の1発決められちゃあ中々ね。腕も然り。でもどっちも眼よりは先に回復するだろうってさ」
三角巾に吊るす包帯でこれまたぐるぐるに巻かれた右腕をひょいと上げればそうですか、とそっけない返事が返ってきた。代わりにははぁと深い頷きが海美ちゃんから返ってくる。
「うわぁ2人ともボロボロじゃん……こりゃ私がしっかりしないとだね」
「どの口が」
「なっ!?間違ってないでしょ!?」
ギャアギャアと雰囲気に合わず騒ぎ始める2人にクスクスと笑った。間違ってない、かぁ。
『俺は間違えたくない!!』
「……なぁ優也」
「はい!?なんですか!」
騒ぐ海美ちゃんを抑えながら半身でこちらを向く。
優也はきっと知ってたんだよな。
だから俺に黙ってたんだろ?間違えたくないって、それはきっと言わないことを選んだことだよな。ザセルが光莉の姿をしているだなんて、伝えれば俺が苦しむってわかってたんだよな。
「謝んなよ優也」
「……」
「間違えじゃない。お前の判断」
含みを持たせれば自然と空気は冷たくなった。優也は半分海美ちゃんに向けていた体を正面に向け、視線をぴたりと合わせて当たり前のように返す。
「当然です。俺は間違えてない。でも、」
フッ、と小さく笑った。
「アンタも間違えてない。謝らないでくださいね」
「……なぁ、俺の心臓まだ動いてる?」
いつもの調子で。いつもの軽いふざけた感じで。
それでも暗くなってしまった声に優也は俺から目を離さない。その目に映る俺はなんて頼りないことか。顔に貼り付けた笑顔の裏側に気づいてなんて、素直になれない子供みたいに。
仕方ない人間だ。しょーもない化け物だ。だけど俺には、今はこれしかできない。
優也は目を伏せ、声のトーンが落ち、
「聞かなくとも分かります。それに」
そして不敵に笑った。
「俺が止めさせなんかしない。仲間なんだから」
「………そっ、か。はは、……ずりぃなぁ」
鼻の奥がグッと熱くなる。仲間だから。否定できないその言葉で言われたら、そうだよなって返すしかなくなる。溢れそうになる涙をバレないように上を向いて誤魔化す。あーやだやだこんな情けないところ見せられ──
トンッ!
「!?」
「よーし湿度高いのは終わり!ご飯食べよう!」
「あー腹減った。最近粥しか食べてねぇし。久しぶりに肉食いたいです」
「あっ!私唐揚げ作ろうか?」
「暗黒物質の間違いじゃねぇの」
「はぁ!?」
俺の後ろに回り込んだ優也と海美ちゃんが背中を叩いた勢いで上を向いていた顔は前を向き、堪えていた涙が目からこぼれた。拭おうとして咄嗟に伸ばした右腕は三角巾に変に絡まり取れない。左手で拭うも時すでに遅し。あ、やば、
「前だって龍斗さん美味しい美味しいっていってたし!!ねぇ龍斗さ……ん」
「あの時の龍斗さんの死んだ目を見てねぇのか少しは遠慮ってもんを……」
「ズズッ……ぁ、ごめ、ぅ」
「「……え!?」」
「ち、ちょっと優也!!龍斗さん泣いてるんだけど!?」
「なんで、え、なんで、俺なんかしました!?あ、傷!?傷が痛むんですか!?」
先を歩いていた2人が慌てて俺に駆け寄り海美ちゃんは俺の背中を熱くなるほどさすって、優也は俺の頬のガーゼや腕の包帯を確認している。それが心に沁みてまた視界が曇る。左手で抑えても流れていくそれを止める術などなく、ただ2人に冷たくなっていた手を握られ背中を摩られ、どうしようもなく笑ってしまった。
「優也がいじめたんだ!絶対!」
「海美の唐揚げ想像してトラウマ発作でたんだろ!」
2人がこうして言い合ってるのがおかしくて。
2人のそばにこうしていられるのが嬉しくて。
涙が止まらないのに、笑いも止まらない。
寂しさに溺れ冷えた心が暖かくなっていく感覚がする。光莉がいない世界だって、太陽のように明るく、月光のように優しく照らしてくれる2人がいれば、光の無い真っ暗な場所でも怖くないような気がするんだ。
「見つけてくれてありがとうね、2人とも」
2人をまとめて腕の中に入れて抱きしめる。突然のことに困惑しながらまだ俺を心配そうに下から見つめてくるのが愛おしくて、さらに腕に力がこもった。
大丈夫。大丈夫。
光莉のいる場所はわかった。今までの俺なら自分を殺してでも迎えにいこうとしただろう。
けれどごめん。今俺の居る場所を離れるにはすごく惜しいんだ。この子達が何も背負わず、自由に笑って暮らして穏やかな最後をとげるその日まではここにいたい。2人のそばで笑っていたい。だから、
空の上でもう少しだけ待ってて、ごめん。




