#11-16 夢の始まり
ふーっふーっ、と荒れる息を深く吸って、吐いて、ゆっくり整える。先ほどよりも強く俺を睨んでくるが知った話じゃない。当てつけで無実の子供を虐げていた事実はかわらねぇぞ。
しばらく睨み合いが続く。後ろにいた数人の白衣を着た人間達は怯んだのか、青い顔をして逃げ腰になっていた。
「あ、の」
その静寂を破ったのは、掠れた声。
「え、」
「すみま゛せん、」
クイ、と服の端を引っ張られる方向を見れば、そこにはベッドから降りた子供が俺の服を弱々しく掴んでいた。俺を見上げる瞳は異様に赤く、涙をたっぷり溜めていて。
「どうさん、知りませんか」
「……父さん?」
「俺の゛父さん、どこにいるのか知りませんか。孤゛虎利人っていうんです」
「……」
ボロボロと大きな雫が溢れ落ちていく。
「俺のこと、ぎっど探しでるんです。でも、ゴホゴホゴホッ、ぁう、おれ、喧嘩しちゃって」
「!……」
「俺がいうこと聞がない悪い子供だったから、父さん、怒らせて、あんなことになって……まだっまだ、ごめんなさいっていえなくて」
思い出した。事件直前のこと。
この子を追っていた孤虎教授のこと。親子の問題って言ってたけど、親子の喧嘩ってことか。喧嘩したまま、謝る前にあんな事件が起きてしまった。
「でもきっと俺のこと心配してくれてるはずなんでず、ひっく、ひっく、探してるはずなんです!!俺のこと!!」
「……」
「父さんが俺のこと置いてくわけない。きっとずっ探してる!だから会いに行かないと、謝らないと、だから、だから……だから!」
掠れていたはずの声は静かに熱を帯び芯をもって。
「俺の父さん、どこにいるか知りませんか」
次々に溢れる涙を拭うことなく、ただひたすら真っ直ぐに俺を見つめていた。
そっか。そうだよな。
「フン、何を話すかと思ったら『父親に会いたい』?少し前まで父親の無実を叫んでいたくせに、今は会いたいの一点張りか。信じられなくなったか?自分の父親のこと」
「黙れ」
「!」
「この子は誰よりも孤虎教授を、父親を、たった1人の家族を信じてる。ずっと、ずっと、ずっとな」
ポン、と頭を優しく撫でる。
「ごめんな、…………優也、くん。俺は優也くんのお父さんがどこにいったか知らない」
「……」
「でも俺も信じる。お父さんが君を探してるって。だからさ、」
『大丈夫。一緒にお母さん待とうね』
「大丈夫。一緒に父さんを待とうな」
ニッと笑った。久しぶりにこんな笑ったかもしれない。光莉のように、うまく笑えているかな。
でもそんな心配は無用だったみたいだ。張り詰めていた緊張がほどけたみたいに、少し表情が柔らかくなった。良かった。
「子供は笑顔が一番、ってな」
「……気は済んだか?」
振り向くと腕を組み指ぇトントンと急かすように叩いている。
俺がここからいなくなったら、多分コイツらは同じことを繰り返す。その度この子が辛い思いをするのは、もう絶対に見過ごせない。
なら、俺は
「なぁ、取引しないか」
「取引?」
「SCRの件、やってやるよ」
「!!」
最強のカードを切るだけだ。
俺の言葉に女が目を見開く。なんだ、一丁前に感情はあるわけね。鉄仮面の仏頂面で、怪物みたいに感情がないのかと思ってたよ。
「本気か」
「その代わりこの子にはもうこれ以上手を出すな。過剰な危害を加えてみろ。俺は一切お前達に手を貸さないし、それどころか人間を殺しまわってやる」
「!?」
「俺が唯一の対抗手段、だっけ?ははっ、最強生物兵器がお前らに牙むいたら、ただじゃ済まないだろうな?特異生物ってすぐに死ぬから今までなんとかなったんだろうけど、俺は死なないからさぁ!」
「お前……!」
「さぁどうする。この取引、悪くないと思うけど?」
おーおー動揺してるおもしれー!ありえない、とか言いたげな顔してんなぁ。狂人見るような目しちゃってさ。
しばらく沈黙が続く。後ろ手に優也くんの頭に手を置いて、後ろに隠すように立ち塞がった。大丈夫だ。俺が守るから。
「……一つ、聞かせてもらおうか」
「ん?」
「お前がそこまでそいつに執着するのは何故だ。絶対でないにしろ、ほぼそいつの父親が主犯である可能性が高いことは事実だ。それに、そいつが錯乱状態である可能性も、孤虎利人による洗脳を受けている可能性もある。もしお前が同情しているのなら、後々後悔することになるぞ」
「後悔、ねぇ」
すんのかな。いや、しない。
真っ直ぐに見つめてきた赤い瞳に、嘘をついている様子も混乱している様子も見られなかった。少なくともここ1ヶ月の中で、誰よりも誠実で澄んだ瞳だった。
それに、
「同情なんかしてないよ。同情するなら、あの時手を差し伸べてるさ」
「あの時?」
「この子が階段から突き落とされた時。可哀想って同情するなら、ちゃんと手を差し伸べてたよ」
「!」
「でもしなかった。今更それを開き直るつもりもない」
「では何故」
「……まぁ、俺は俺で目的があるんだよ」
「目的?」
「この子を守り抜いた先に、光莉の見た夢がある気がするんだよね」
「亡き婚約者の想いを継ぎたい、と?」
「まーね。本当に見つけられるのか、そもそもそんなのあるのかすらよくわからない。けど、確かにここで見つけたからさ」
「何を」
女は眉を寄せ怪訝そうに俺を見る。いやいや、そんな大したもんじゃないけどさ。
一つ息をついて目を瞑った影に映るのは、いつの日かの愛しい笑顔。
ここ1ヶ月、光莉のことを思い出そうとすると、あの日のフラッシュバックで吐き戻してしまっていた。それから思い出さないようにしていた。
なのに今は
『夢を叶えるまでは必死こいていたいのよ』
貴女の声がクリアになって聞こえる。
貴女の想いがこんなにも側に感じる。
ねぇ、光莉。
貴女がいなくなってしまっても、貴女が持っていた輝きに目を焼かれてしまった俺はどうやったって逃れられないままだ。
「譲れない夢のありか、ってやつ?」
嵐の前のように静かな部屋の中
はるか彼方から、確かに貴女の光を感じていた。




