#11-1 いつもとは違う夜
あの時、手を離さなければ
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#11 Before the storm
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あとこれだけ。あとこれだけ。
それを何度も繰り返していたら、いつの間にか時計の針の音が聞こえなくなっていた。
10年前2月某日───特殊遺伝子細胞総合研究所、5階某研究室にて
フラスコを振って、中に入れた粉末がサラサラと動くことを確認する。よし。これでしばらく置いといて、脱水がある程度済んだら濾過しよう。その間に溜まった洗い物を片して……って、あれ。そういえば論文はどうしたんだっけ?あと──
「龍斗!」
「っわ!?」
後ろから突然名前を呼ばれて持っていたフラスコを落としそうになる。なんとかこらえて振り向くとそこには、
「光莉!?なんでここに」
「なんでここに、じゃないでしょ!今何時だと思ってんの?」
「えっ、」
慌てて時計を見ると約束の17時はとうにすぎている。あっちゃー、やっちまった。実験に集中しすぎた。
おしゃれな白のブラウスに細い青のスキニー。いつもは巻いていない長い髪をふんわりと巻いて一つにした光莉を見て、今日が何の日だったのかを突きつけられる。
「今日は孤虎教授のお祝いパーティなの、忘れたの!?」
「いやぁ、ははは………」
なんでも一つ下階にある孤虎研究室の孤虎教授が大きな研究成果を出し、それが国に未来ある研究だと認められて資金を出してもらい、さらに大きく発展させることになったそうだ。
そして偉大な研究成果を讃えて、なんと外部からも人を呼んでの正式なパーティをするそうな。
まぁ、まだまだ学生の身分の俺には遠い話だ。特別研修生として呼ばれているけど、こういう時にはしっかりと学生扱いされる。初めにその話を聞いた時に参加できるのかと聞いたら、ダメだって先輩に笑われたし。
でも
「せっかく孤虎教授から直々にパーティに来てもいいよって言われたのに」
「いや……その……」
「後で怒られるよ〜?ヒビキさんとかカンカンだよ!?」
うぐ、と音が詰まってぐうの音も出なかった。
学生だからと省かれていたところ、孤虎教授が学生のみんなも来たければ来ればいいよと鶴の一声。一人暮らしのやつなんかは飯代が浮くと大手を振って喜んでいた。
でも別に、強制じゃないし。心の中で言い訳しながら実験器具を片していく。
「い、急いでくよごめんって。あ、でも倉庫にあれ取りに行かないと……」
「りゅ、う、と!」
「ごめんって!でも片梨さんにお願いされてることだから。それにフランクなパーティだから遅れてもいいし、来なくても目立たないって言われてるし」
「……んもー。わかったよ」
パーティ後に取りに行ってもいいけど、片梨さん、パーティ抜けて実験しに戻ったりしにきたら困っちゃうよな。うんうん。先に取りに行っとけばよかったってツッコミはなしにしとこう。
悪態を吐きながら光莉は近くの椅子に座って足をパタパタと暴れさせている。艶のある綺麗な長い黒髪が緩く巻かれて蛍光灯の光を柔らかく跳ね返していた。研究のためか、いつもは見かけない指先のアクセサリーが増えている中で、
左薬指に嵌められたリングの小さな青の宝石が、一層キラリと輝いた。
「それつけてくの?」
「ん?何?」
「指輪」
「あぁ、うん。ダメ?」
「ううん。別に。隠してないしね」
謎にちょっと嬉しいだけ、とは言わないでおく。
それでも隠しきれない上ずる口角に気がついたのか、クス、と光莉は笑った。
光莉に指輪を渡したのは半年前のこと。学生なのに、と周りには言われたが、どうしても取られたくなくて必死だった俺に効果はなかった。別に禁止されてるわけでもないし。
「なになに?嬉しくなっちゃった?」
「別にいいだろ」
「あはは。照れ隠し!」
「照れてないし。それに俺たちが婚約したことみんな知ってるし」
「飲み会でね」
「……ごめんて」
元々周りには隠そうとしていたが、飲み会でついうっかりバラしてしまった。まぁ、言わずともバレてたかもしれないけど。
鉄籠の中に洗ったガラス器具を入れて乾燥機に入れる。パーティから帰ってくるころには全部乾いてるはずだ。
「よし。じゃB1いって頼みものとってきたら行こう」
「……そのカッコで?」
「まさか。途中で着替えてくよ」
休憩室に置いた鞄を持ち、外の廊下に繋がる扉のロックを解除する。
今日は外部の人も多いから必ず施錠するように言われてる……けど。あれ?
「光莉、どうやって入ってきたの?今日施錠してるし、個別の登録ないと特別研修生のカードじゃ入れないでしょ」
「先輩に研究員証借りたの。龍斗呼んできますって」
「あーなるほど」
ガチャ、と重い扉を開いた。廊下は随分と静かで、途中にあるラウンジスペースにも誰もいなかった。みんなパーティに出てるのかな?
ここは5階。目的はB1階。
「きっと誰もいないし、エレベーター使っちゃおう」
「お、いいね。5階だと気まずいよねー」
「特に教授が乗ってきてたらマジでやばい」
「まぁ9階の人からしたら5階なんてエスカレーター使えって思うよね」
「そりゃ同感」
他愛もない話をしながら廊下を曲がり、さらに奥へと進む。突き当たりを曲がればすぐにエレベーターだ。
「目的のモノ持ってきたらまた研究室?」
「うん。ごめん手間取らせて。待っててもいいよ?」
「ううん、ついてく。B1の資材保管室でしょ?私あんまり行ったことないから行ってみたい」
そっか。光莉はあの部屋なかなか使わないだろう。
すると俺がもつ鞄をジロジロと光莉が見ている。え、なんだろ。
「なんかついてる?虫?」
「んー……着替え、帰ってきてからでもいいんじゃない?」
「いや、B1にある更衣室借りちゃおうかなって思ってさ。トイレで着替えんの、窮屈だし」
「なるほど。頭いい」
「でしょ。ま、俺って天才──」
タッタッタッ
「どけ!!」




