#10-17 まぁまぁじゃない関係
雑談がほどほどに弾むと司令部の入り口の扉が開かれ優也と海美ちゃんが入ってくる。2人とも骨折はもう大丈夫そうだね。しっかり歩けてるし。
2人は長官に報告して解散する。横でその話の流れを聞き流し、都合の良さそうなタイミングでお疲れ様、と声をかけた
「龍斗さん。足大丈夫ですか?」
「ノープロブレム。そっちは?」
「俺は問題ないです。海美は切り傷はだいぶ閉じて、完全に治ったわけじゃないですけど経過観察で問題ないそうです」
「痛い」
「痛いそうです」
「痛そうだねぇ」
目につく大きなガーゼが貼られた額の切り傷。ガーゼに血が滲んでおよその大きさが想像できてしまう。女の子なのに顔に傷があるのはさぞかし嫌だろう。早く痕を残さないように回復できればいいけど。
痛がる海美ちゃんを横目にバツが悪そうに優也がため息をつく。
「俺なんて庇わず逃げればよかっただろ」
「そんなのできるわけないでしょ!?もうっっ!龍斗さんも言ってやってよさっきからずっとこうなんだよ!?」
「優也。そう言うのはほんとダメ。だろ?」
「………ごめん」
「わぁ素直」
「分かればよろしい!」
優也の頭をわしゃわしゃと撫でまわしやめてください!と抗議が入っていつもの調子に戻る。他人からの優しさを受け取る受け取らないは自由だけど、乱暴に踏み躙っちゃいけない。優也には小さなころからずっと言っている、大事なことだからね。
するとあれ?と狛坂が首を傾げる。
「優也くんと海美ちゃん、もう仲直りしたの?」
「「え?」」
「え?あ、いや。僕はてっきり海美ちゃんはまだ優也くんのこと避けているのかなって思ってて。いつの間にまた一緒にいるからさ」
「………」「あーー……」
困ったように2人は顔をあわせる。わだかまりは昨日で解けていたし、改まってみるとちょっと気まずい雰囲気。それに耐えられなくなったのか優也はフィッと視線をそらしてしまい、海美ちゃんはクスッと笑った。
「ま、まぁまぁって感じ!」
「そっかそっか。それはよかった」
「……もういいだろ。腹減ったし早く部屋戻るぞ」
「え」
「え?」
「え?」
順番に海美ちゃん、優也、海美ちゃんの交互に困惑する声。これは……
静かに狛坂の肩を叩いてクイっと服を引っ張り2人からそれとなく距離を取る。今2人は2人だけの世界だ。離れた俺たちに気づかずそのまま会話はつづく。今まで3人で過ごしてきた時間、長くはないけど濃い時間を過ごしてきた俺にはわかる。
これは……チャンスだ。
「え、部屋って、優也の?」
「当たり前だろ。龍斗さんの部屋とか何もないぞ」
「そういうことじゃなくて……その、あの……いいのかなって」
本当に心当たりのなさそうな優也に言葉を詰まらせながら海美ちゃんは苦笑いをこぼす。
「私の勝手でなくしたもんだし、それに私優也に酷いことしたし」
「それは『まぁまぁ』って感じなんじゃないのか?」
「でも!その、私は……」
海美ちゃんの笑顔に影が差す。額の傷が気になるのか、隠すように珍しく前髪を手で弄って視線は左にずれている。
「寝坊してきてお手伝いとかろくにしてなかったじゃん。きっと騒がしいでしょ優也にとって。ほら朝苦手って言ってたじゃん!せっかく静かな朝を過ごせるようになって清々してるんじゃないのかとか、私なんていない方がいいんじゃないかなーって……思っ」
「そんなわけないだろ!」
優也の突然の大声に司令部がシンッと不気味なほどに静まる。来た!!
強められた言葉に驚く海美ちゃんの前髪を弄る手を優也が掴む。海美ちゃんの視線が自然に上がって優也と目がピッタリとあっている。
「ゆう、」
「朝のいつもの時間がなくなって俺がどれだけ寂しかったか!海美がいない違和感がどんだけ気持ち悪かったか!それ、に……」
優也の言葉は急ブレーキをかけられ飛び出しかけた言葉が少し溢れたところで何とか止まった。ついでに衝動のまま捲し立てていた優也の動きも石像みたいに固まって、やっと動いたかと思えば手で口を覆って視線を横に逸らしまた固まる。時が止まったようなその様子に思わず溢れそうになる笑いを何とか喉の奥へ奥へと引っ込める。
本当にすごい。海美ちゃんは優也の本音を曝け出させる天才かもしれないな。
「……寂しかった……?」
「い、や……その」
「朝の時間とかご飯の時間、イヤイヤ付き合ってる感出してたのに??」
「あの……うぅ……」
つい数十秒前から立場が逆転し、言葉を詰まらせる優也に海美ちゃんは目を輝かせ好奇心で詰め寄っていく。
「てっきり私、優也はあの時間は別に好きじゃないって、付き合ってくれてるんだと思い込んでたけど、違うの?」
「違う。けど、違う……けどその、別にあの時間が恋しかったというか、あぁいや待てそれも違う。その別に、違くて……」
どんどん優也の耳が真っ赤に染まっていく。手で覆い隠された顔もさぞ赤いことだろう。優也の体が熱で赤く染め上げられるのは初めてじゃないけど、耳から頬にかけて赤くなっていくのは初めて見るかも。
海美ちゃんは何かを確信したのか口角を大きく上げ、花が咲くような満面の笑みで固まる優也飛びつく。優也もそれを慌てて抱きしめるような形になった。
ひゅ〜と囃し立てる俺の声は聞こえなかったらしい。じゃなきゃ、今頃俺はぶっ飛ばされてる。
「うわっ!?」
「なーーんだ!!優也も寂しかったかったんだ!!私ももうすごく寂しくってみんなでご飯食べたかったんだよ!」
「何!?やめっ!?」
「あはははは顔赤い!耳赤い!!」
「やめろっ!懐くな懐くな!別に俺は寂しくない!なんともねぇ!!」
「えぇちょっと、素直に言ってよ!!」
いい子いい子と頭を撫で回される拘束に普段では聞いたことのないような情けない叫び声を上げ、ふらつく足取りながらその俊足を生かして司令部から飛び出していく。待てー!と笑顔の悪魔がその後を逃さないと言わんばかりに追いかけていった。
もう『まぁまぁな感じ』ではなさそうだね。
隣でふふっと笑う狛坂に俺もははっと堪えていた笑いが溢れた。
「ふふ、今のくだり、見なかったフリしといた方がいいですか?」
「聞かなかったことにしといてもらった方がいいね。ついでに司令部の皆様にも」
ほんわかとした暖かい空気に包まれる司令部に伝わるように少し大きめな声で言えば、無意識に緩んでいた顔を引き締める人やあらやだ〜と更に笑いを誘うことに。
司令部とも随分仲良くなった。あたたかな視線が二人に注がれている。もうこっちも昔のような心配することはなさそうだ。
「あはは、なんだか2人の年齢相応な感じ見たら安心しちゃいました」
「年齢相応ってよりはちょっと幼い感じもするけど、それぐらいが丁度いい」
「私はどんなカップリングでも好きです」
「「うわっ!?」」
突然俺と狛坂の間の一歩下がった間から高い女性らしい声がし、驚いて振り返るとそこには狛華ちゃんがいる。
「か、カップリング……?」
「赤面推し尊い……ゆううみ尊い……」
「狛華さん??」
「いえ、何も聞かなかったということでお願いします」
「狛華ちゃん??」
「あ、そうでした。龍斗さん、ザセルの解析について報告なんですが」
「急に落ち着かないで?」
手を合わせて神様にお祈りするように一礼する様子のおかしい狛華ちゃん。何を言っているかはイマイチピンとこない。まぁ、オタクって基本正気が無くなった存在だしな…こんなもんか……
「戦闘中の解析で、最後に優也さんがburst upを放った瞬間、数コンマに満たない瞬間だけ反応がありました」
「ザセルの細胞がアースダンゴームの体から出てきたとか?」
「だと私も推測しているのですが、確かだとは申し上げられません。それにアースダンゴームの話では『ザセルはまだどこかで生きている』とも。少しに気になる発言かと」
「……まだ一波ありそうだね。ありがとう。覚えとくよ」
どこか、ねぇ。全くどこにいるもんかわかったもんじゃない。それにまだ教授──ネイチの行方とかもわかってないし。まだまだやること山積みかぁ。
ピピ、と耳元で通信音がなる。インカムの通信か。
「はーいどうしt」『龍斗さんっ!?あの!今どこいますか!?』「うるさ」
ぎゃんっと叫ぶ優也の声が耳を刺す。インカムの向こうの優也は息を切らした様子だ
「落ち着いて。どうしたの?」
『い、今必死に逃げてて。海美から逃げてて、アイツなんかめっちゃ怖くて!?でもどこに隠れてもアイツ俺のいる場所分かるってあの電気感覚!!』
「あぁそっか良いハンデじゃん」
『何がハンデですかめちゃくちゃホラーですよ!?』
「ホラー平気じゃん優也。俺と海美ちゃんと違ってさ」
『ちがっ!?映画とは訳がちが──』
『優也、みーつけた。』
『ヒィッ!?あ、待て、待って……!?わかった、ご飯食べるから。一緒に食べるからその変な手下せって!』
『素直に寂しかったって早く言え〜!』
『わ゛っ!?や』ブチッ
切れた音声とともにあっはっはと笑う。いやぁ楽しいことなってんな。流石海美ちゃん。
「何か楽しいことが?」
「うん。2人のところ行ってくる」
じゃ、と狛坂と狛華ちゃんに手を振って2人が居るであろうところへ向かう。
できることならずっと、2人があんな風に笑っていられる世界であれば良いのに。軽い足取りで司令部を出れば、昨日までのどこか陰鬱とした雰囲気は初めからなかったみたいな晴れた気分。
戦いなんてまるで遠い世界。
……なんてわけにはいかないけれど。今ぐらいはね。
そう遠くもない未来に思いを馳せながら、2人のいるであろう方向にスキップのような軽やかな一歩を踏み出した。




