第48話 1秒の攻防
第48話を開いていただきありがとうございます。
選抜試験、第一試合。
未来の相手は、“霧島レンの弟”と呼ばれ続けてきた一年生、霧島リオ。
力だけではなく、それぞれが抱える感情もぶつかり始めます。
選抜試験編、本格戦闘回となります。
ぜひ最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
床を裂きながら伸びる亀裂を、未来は横へ跳んで避けた。
「ライン」
リオの低い声。
直後、さっきまで未来がいた場所が一直線に割れる。
鋭い。
速い。
そして、無駄がない。
未来は着地と同時に距離を取る。
だが、リオは止まらなかった。
踏み込む。
さらに一歩。
「ライン」
今度は横薙ぎ。
床を削りながら亀裂が走る。
未来は咄嗟に身を沈めた。
頭上を裂け目が通り抜ける。
風圧だけで髪が揺れた。
「っ……!」
危ない。
ほんの少し反応が遅れていたら持っていかれていた。
観覧席がざわめく。
「速ぇ……」
「一年の動きじゃねえだろ」
「霧島レンの弟って聞いてたけど……」
その言葉に、リオの目がわずかに細くなった。
未来は見逃さなかった。
今、空気が変わった。
リオ自身じゃない。
周囲の言葉に反応した。
未来は息を整えながら、リオを見る。
リオは笑っていた。
でも、その笑みは少しだけ冷たい。
「聞こえてんだろ」
リオが言う。
「ずっとこんな感じだ」
未来は構えを崩さない。
「……兄貴の弟」
リオが吐き捨てる。
「どこ行ってもそればっかだ」
次の瞬間。
踏み込みが速くなる。
「ライン!」
今までより深く床が裂けた。
未来は後方へ跳ぶ。
着地。
その瞬間にはもう次が来る。
「ライン」
斜め。
未来は横へ転がるように避けた。
床が爆ぜる。
観覧席から小さく悲鳴が上がった。
「おいおい……」
ガイが低く笑う。
「完全にやり合ってんじゃねえか」
「リオの出力が上がってる」
ハヤトが静かに言う。
「感情に引っ張られてるな」
ひかりは無意識に手を握っていた。
「未来くん……」
未来は呼吸を整える。
速い。
けれど、見えないわけじゃない。
リオは直線的だ。
最短距離で来る。
だからこそ、予兆がある。
「……見てんだろ」
リオが言った。
「俺のこと」
「見てるよ」
未来は答える。
「戦ってるんだから当たり前だろ」
「違ぇよ」
リオの声が低くなる。
「お前も結局、同じ顔してる」
未来は眉をひそめた。
「同じ?」
「“霧島レンの弟”がどんなもんか見てる顔だ」
未来は数秒黙った。
否定しようとして、止まる。
完全には否定できなかった。
昨日、リオの名前を聞いた時。
確かに未来も思った。
――あのレンの弟。
その瞬間、自分も“比較”していた。
リオはそれを見抜いていたのだ。
「……ごめん」
未来が言う。
リオの目が少しだけ揺れた。
「は?」
「無意識だった」
未来は正直に言った。
「でも、たぶん見てた」
観覧席が静まる。
試合中に謝るやつなんて普通はいない。
ガイが呆れたように笑う。
「何やってんだあいつ」
「でも、未来くんらしいね」
ひかりも笑いながら呟いた。
だが、リオは笑わなかった。
むしろ、少しだけ苛立ったように眉を寄せる。
「……はっ」
乾いた笑い。
「そういうとこだよ」
リオが肩を回す。
「お前、ムカつくな」
「なんでだよ」
「真正面からぶつかってきやがる」
次の瞬間。
空気が震えた。
リオの足元から、怒気みたいなものが広がる。
アフェクトが濃くなる。
「俺はさ」
低く言う。
「ずっと“弟の方”だった」
一歩。
「兄貴の方が強い」
一歩。
「兄貴の方が才能ある」
一歩。
「兄貴の方が完成してる」
未来は目を逸らさない。
リオのアフェクトが揺れる。
怒り。
でも、ただ暴れるだけの怒りじゃない。
押し殺してきた感情が、ずっと底で燃えていたみたいな怒りだった。
「だから証明したかった」
リオが右手を上げる。
「俺は、俺だって」
その時だった。
「……お前はいいよな」
リオが低く言った。
未来は目を細める。
「何が」
「希望アフェクト」
その言葉だけで、空気が少し変わった。
観覧席の何人かも反応する。
リオは視線を逸らさない。
「特別で」
「最初から期待されて」
「勝手に“主人公”みたいに見られる」
未来は黙って聞いていた。
リオは小さく笑う。
でも、その笑い方はどこか苦かった。
「こっちは何やっても、“兄貴の弟”だ」
「なのにお前は、“お前自身”を見てもらえる」
その声には、怒りだけじゃなかった。
悔しさ。
羨望。
ずっと飲み込んできた感情が混ざっていた。
未来は数秒黙ったあと、静かに言う。
「……そんな簡単なもんじゃないよ」
リオの眉がわずかに動く。
「希望アフェクトだからって、最初から何かできたわけじゃない」
未来は右手を握る。
「1秒しか使えないって馬鹿にしてくるやつだって大勢いた。今だって、ちゃんと使いこなせてるわけじゃない」
「それでも」
リオが低く言う。
「お前は、“お前”として見られてる」
未来は答えなかった。
否定できない部分があったからだ。
リオが踏み込む。
「ライン!」
今までで最速。
床が大きく裂ける。
未来は前へ出た。
裂け目の内側へ。
リオの目が見開かれる。
「またそれか!」
「お前のラインは一直線だ!」
未来が叫ぶ。
「だったら、入る場所はある!」
未来は拳を握る。
1秒。
世界が沈む。
音が遠ざかる。
リオの動きが落ちる。
未来はその中で踏み込んだ。
近い。
届く。
だが――
リオの目は、まだ死んでいなかった。
「……っ!」
リオが無理やり体を捻る。
未来の拳が肩へ入る。
衝撃。
だが浅い。
世界が戻る。
未来はすぐに距離を取る。
リオは肩を押さえながら、小さく息を吐いた。
「マジかよ……」
でも、笑っている。
悔しそうに。
そして少しだけ楽しそうに。
「普通、そこで突っ込んで来ねえだろ」
「俺の能力は1秒しか使えない」
「だから、普通じゃ勝てないから」
「なるほどな」
リオは制服の裂けた肩を見る。
そして、小さく笑った。
「……なんか初めてだ」
「?」
「俺を、“俺”として見てくるやつ」
未来は数秒黙った。
それから、静かに言う。
「だってお前、霧島レンじゃないだろ」
リオの目が止まる。
「お前は霧島リオだ」
観覧席が静まった。
ガイが小さく息を吐く。
「……あいつ」
ひかりは未来を見つめている。
リオは何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を落とす。
その顔から、一瞬だけ力が抜けた。
ほんの一瞬だけ。
張り詰めていたものが緩む。
「……はは」
小さく笑う。
「ほんとムカつくなお前」
でも、その声はさっきまでより少しだけ軽かった。
リオはゆっくり構え直す。
「でも、悪くねえ」
未来も拳を握る。
「そりゃどうも」
空気が変わる。
さっきまでとは違う。
敵意だけじゃない。
互いを見始めた空気だった。
レイナは黙って試合を見ている。
止めない。
口も挟まない。
ただ、生徒たちの感情を見ている。
それが教師として必要だと分かっているみたいに。
「行くぞ」
リオが言う。
「次は避けんなよ」
「無茶言うな」
「避けてるから言ってんだ」
リオが踏み込む。
「ライン!」
未来も前へ出た。
亀裂が走る。
拳が唸る。
選抜試験。
その第一試合は、まだ終わらない。
けれど――
未来はもう分かっていた。
リオはただ、兄を超えたいわけじゃない。
“霧島レンの弟”ではなく。
“霧島リオ”として見てほしかっただけなのだと。
そしてそれは、未来自身も少しだけ分かる感情だった。
特別扱い。
期待。
勝手に貼られる名前。
その中で、自分として立とうとする苦しさ。
だから未来は、もうリオから目を逸らさなかった。
目の前にいるのは、“誰かの弟”じゃない。
霧島リオという、一人のアフェクターだった。
次回
1秒の理解者
第48話をお読みいただきありがとうございました。
今回は、未来とリオの戦いを通して、
“比較され続ける苦しさ”や、
“自分として見てほしい感情”を描きました。
アフェクトは感情そのものです。
だからこそ、強さだけではなく、
その感情がどこから来ているのかも、
この作品では大切にしています。
未来とリオの戦いが、これからどう決着していくのか。
ぜひ次回も読んでいただけると嬉しいです。
次回、第49話「1秒の理解者」。




