第24話 1秒の衝突
※本話はガイの戦闘回です。
五影との戦いが、それぞれの場所で始まっています。
その中でも今回の相手は、シンプルでありながら厄介な能力。
そして、ガイにとって“真正面から潰される戦い”になります。
ここからバトルは少しずつ長く、そして重くなっていきます。
ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。
さらに別方向の開けた斜面へ着地したガイは、片手の弁当箱を地面へ置いた。
目の前には、巨大な男。
同じような体格。
だが纏う空気は違う。もっと重く、もっと静かだ。
「一人か」
相手が言う。
「十分だ」
ガイは拳を握る。
会話は、それだけで足りた。
強いかどうか。
殴れば分かる。
「来い」
ガイが言う。
相手の口元が、わずかに動いた。
「五影の一人」
一拍。
「――圧砕のドレイク」
その名が落ちた瞬間だった。
ズン、と。
空気そのものが沈んだ。
「……っ?」
ガイの足元が、ぐしゃりと潰れる。
踏みしめた地面が、粘土みたいに沈み込んだ。いや、違う。地面が柔らかくなったんじゃない。自分の身体そのものが、見えない何かに上から押しつけられている。
肩に。
背中に。
膝に。
全身に、鉛の塊を何枚も積まれたような圧がのしかかる。
肺が圧迫される。
呼吸が浅くなる。
それだけで、分かる。
(ヤバいな、こいつ)
「重さを操る」
ドレイクが言う。
淡々と。
まるで天気でも話すような口調だった。
「お前の重さも、俺の重さも」
一歩。
踏み出す。
その一歩で、地面がひび割れる。
「全部、俺の自由だ」
ズンッ。
圧が、跳ね上がる。
「ぐっ……!」
ガイの膝が、わずかに沈む。
だが倒れない。
歯を食いしばる。
腕の筋肉が膨れ、首筋の血管が浮き出る。全身の骨がきしむ音が、自分にだけ聞こえている気がした。
ドレイクが少しだけ目を細めた。
「へえ」
「まだ立つか」
笑ってはいない。
だが、その声には確かな興味があった。
「嫌いじゃねえ」
次の瞬間。
ドレイクの身体が、ふっと軽くなる。
感覚で分かった。
重さが消えたわけじゃない。極端に“軽くした”。
その結果――速い。
「ッ!」
巨体に似合わない速度で、ドレイクの姿が一気に目の前へ詰まる。
振り下ろされる拳。
ガイは咄嗟に両腕を交差させる。
ズドンッ!!
衝撃。
受けた腕ごと、身体が地面に叩き込まれる。
土と石が弾け、視界が跳ねる。
「っ、は……!」
息が抜ける。
肺の空気が強制的に押し出される。
腕が痺れる。
骨の芯まで振動が残る。
だが、それでもガイはすぐに身体を起こした。
立つ。
ただそれだけの動作が、信じられないほど重い。
脚が言うことを聞かない。
それでも、立つ。
「意味ねえよ」
ドレイクが言う。
その足元に転がっていた岩が、ふわりと浮いた。
軽い。
次の瞬間。
ズンッ!!
その岩が、質量を何十倍にもされたみたいに一気に沈み、弾丸のような速度でガイへ叩きつけられる。
ドゴンッ!!
直撃。
「っ!!」
身体が後ろへ吹き飛ぶ。
斜面を転がる。
背中に岩肌が当たり、肺の奥から濁った息が漏れた。
視界が揺れる。
だが。
止まった瞬間には、もう腕をついていた。
起き上がる。
立ち上がる。
それしか考えない。
それ以外を考えたら、終わる。
ドレイクが鼻で笑う。
「本当にしぶてえな」
ガイは血の混じる唾を吐いた。
「うるせえ」
短く返す。
足を前へ出す。
ズン。
また重さが増す。
足首まで地面に埋まりそうになる。
踏み出そうとしているのに、足が抜けない。
力を込めても、地面に縫い付けられたみたいに動かない。
それでも、前へ。
ドレイクが両手をゆっくり広げた。
その動きに合わせて、周囲の地面が沈む。
岩が軋む。
空気まで重くなる。
呼吸が、また浅くなる。
「正面から来るやつは嫌いじゃねえ」
一拍。
「潰しがいがある」
次の瞬間。
周囲に散らばっていた無数の石が、一斉に浮いた。
軽くなった石たちが空中に舞い上がる。
そのまま。
ズンッ!!
全部が一斉に重さを取り戻す。
落ちる。
逃げ場がない。
避けるという選択肢が、最初から消されている。
「っ……!」
ガイは腕で頭を庇う。
石の雨。
ただの落石じゃない。一つ一つが鉄塊みたいな重さを持って落ちてくる。
肩に当たる。
背中に当たる。
腕に当たる。
骨まで響く衝撃が連続する。
それでも。
ガイは下がらない。
「おおおおおッ!!」
踏み出す。
一歩。
また一歩。
頭上から石が落ちる。
拳で砕く。
砕いた破片まで、重くなって降ってくる。
頬を裂く。
肩を打つ。
それでも前へ。
ドレイクが、初めてわずかに眉を動かした。
「馬鹿か、お前」
「そうかもな」
ガイが笑う。
口の端から血が垂れていた。
「でもよ」
一歩。
踏み込む。
もう距離は近い。
「そういうの嫌いじゃねえんだろ?」
ドレイクの拳が振るわれる。
ガイも拳を振るう。
真正面。
拳と拳がぶつかる。
ドンッ!!
衝撃が爆ぜる。
だが、その瞬間、ガイの腕が沈む。
ドレイクの拳が、一撃の直前に“重く”なったのが分かった。
受けきれない。
拳が押し込まれる。
そのまま。
腹へ。
めり込む。
「がっ……!」
胃液が込み上げる。
足が浮く。
地面へ叩きつけられる。
今度は、本気で身体が動かなかった。
呼吸ができない。
肺が潰される。
視界が白くなる。
遠くでドレイクの足音がする。
「力はある」
低い声。
「でも雑だ」
重い足音が、近づく。
「真正面からしか来ねえ」
「背負うものが少ねえやつの戦い方だ」
その言葉が。
妙に、深く刺さった。
ガイの指が、土を掴む。
その瞬間、頭の奥に別の光景が浮かぶ。
⸻
夕焼けだった。
赤く染まった校庭。
まだ今より少し幼い自分。
握った拳だけは強かった。
「ガイ...!」
誰かが叫んでいた。
だが、その時の自分は目の前しか見ていなかった。
相手を殴ることだけ。
倒すことだけ。
それしか見えていなかった。
だから気づけなかった。
背後。
横から伸びる手。
仲間が、押し倒される。
「……っ」
振り向いた時には遅かった。
届かなかった。
間に合わなかった。
力はあった。
殴れた。
倒せた。
でも。
守れなかった。
目の前しか見えていなかったから。
⸻
「……っ」
現在へ戻る。
息が荒い。
全身が痛い。
だが、それ以上に胸の奥が熱い。
(同じかよ)
重い。
身体も。
空気も。
過去も。
全部まとめて、のしかかってくる。
目の前しか見ていない。
力で押し切ろうとしている。
あの時と同じだ。
ドレイクが見下ろしていた。
「終わりか?」
ガイは答えない。
代わりに、ゆっくりと膝を立てる。
腕をつく。
身体を起こす。
立つ。
ドレイクがわずかに目を細めた。
「まだ来るのか」
ガイが顔を上げる。
額から血が流れている。
視界も滲む。
それでも目だけは死んでいない。
「……ああ」
短く答える。
「まだだ」
足を前へ出す。
ズン。
重さが乗る。
だがさっきと違う。
無理やり押し返しているんじゃない。
重さを受けた上で、踏み場を探している。
ドレイクが、それに気づいた。
「……ほう」
ガイは息を吐く。
短く。
熱く。
「重いのは嫌いじゃねえ」
一歩。
「潰されそうになるのも」
また一歩。
膝が震える。
足元が沈む。
それでも前へ。
「嫌いじゃねえ」
ドレイクの周囲の岩が浮く。
一斉に。
今度はさっきよりも多い。
それらすべてが、一度軽くなり、次の瞬間には極端な重量を持つ。
落ちる。
叩きつける。
逃げ場はない。
ガイは、拳を握った。
だが――
そこで、身体が止まる。
右脚が、前へ出ない。
出そうとしているのに、出ない。
力を込めても、地面に縫い付けられたみたいに動かない。
重い。
今までで一番。
視界の端で、地面そのものが沈んでいるのが見える。
周囲一帯。
足場ごと。
全部、重くされている。
ドレイクが静かに言う。
「そこで終わりだ」
その声音に確信があった。
ガイも分かっている。
今度こそ、本当に危ない。
腕も上がり切らない。
足も動かない。
落ちてくる無数の質量の塊。
避けられない。
(ちっ……)
歯を食いしばる。
拳を握る。
まだ折れてはいない。
でも。
届かない。
今のままでは。
落ちてくる。
岩が。
重さが。
圧が。
視界を埋める。
その瞬間。
ガイの頭に浮かんだのは、過去でもなかった。
今だ。
あの時。
拳をぶつけた時の感触。
真正面から来るあいつの目。
未来。
(……あいつ)
一瞬。
理由もなく、確信に近いものが走る。
(狙われてるのは――)
一拍。
(きっと、あいつだ)
理屈はない。
でも分かる。
ドレイクを見る。
この圧。
この力。
(このままこいつを行かせたら)
一拍。
(あいつ、やられるぞ)
歯を食いしばる。
拳を握る。
腕が上がらない。
足も動かない。
それでも。
(……ここで止める)
理由は、それで十分だった。
守るとか、仲間とか、そんな綺麗な言葉じゃない。
ただ。
(気に入らねえ)
一歩。
踏み出そうとする。
だが。
動かない。
重い。
今までで一番。
ドレイクが言う。
「そこで終わりだ」
確信の声。
ガイも分かっている。
今度こそ、本当に危ない。
間に合わない。
届かない。
落ちてくる。
無数の質量塊。
受けるしかない。
両腕を上げる。
間に合わない。
それでも、上げるしかない。
「ちっ……!」
歯を食いしばる。
その瞬間。
ズドンッッッ!!!
轟音。
衝撃。
土煙がすべてを覆う。
⸻
次回
第25話 1秒の重量
⸻
第24話「1秒の衝突」でした。
今回はあえて“勝たせていません”。
むしろ、完全に押し潰されるところまで描いています。
この戦いは1話で終わらせると軽くなってしまうため、ガイ戦は2話構成にしています。
次回、第25話でこの状況がどうひっくり返るのか。
そしてガイがどう“踏み返す”のかを描いていきます。
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら嬉しいです。




