第22話 1秒の引き金 -Trigger-
第22話です。
今回は、ひかりの戦いが中心になります。
これまで明るく振る舞ってきた彼女ですが、
その内側にある“見たくないもの”が、敵によって無理やり引きずり出されます。
そしてもう一人――
ハヤトが、初めて“自分のための戦い方”を選びます。
二人がどうやって立ち上がるのか、
ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
カラン。
乾いた音が、斜面に転がる。
透明なビー玉が、いくつも地面を滑っていた。
小石と土の隙間に入り込み、わずかな傾きで位置を変える。
止まっているようで、止まっていない。
その不安定さが、足元の感覚を狂わせる。
その奥で、男がゆっくりと歩み出る。
「初めまして、って言うべきかな」
軽い声だった。
だが、目だけが笑っていない。
「俺は――」
一拍。
わずかに首を傾ける。
「シオン」
短く名乗る。
それだけだった。
だが、その一言に妙な重さがあった。
「まあ、名前に意味はないけど」
肩をすくめる。
指先で、ビー玉をひとつ弾く。
カラン、と音が響く。
「“心を触る側”って覚えてくれれば十分だ」
ひかりを見る。
まっすぐに。
「無理に明るくしてさ」
一拍。
「大丈夫なふりしてる」
口元が歪む。
「君みたいなのは」
「一番、壊しやすい」
一拍。
「――中から」
ひかりは、その場に立ち尽くしていた。
呼吸が浅い。
肺がうまく動かない。
視界の端が、微かに歪んでいる。
「どうしたの?」
シオンの声が、やけに近く聞こえた。
「止まってるよ」
その声が、頭の奥に入り込む。
(……来る)
分かる。
また引きずり込まれる。
あの中へ。
一歩。
音が落ちる。
教室のざわめき。
視線。
空気。
“読まなきゃいけないもの”。
机の上。
握りしめた手。
爪が食い込む。
血が滲む。
それでも――
笑う。
笑わなきゃいけない。
――大丈夫だよ。
――平気平気。
――私、気にしてないから。
全部、自分の声だった。
何度も繰り返した言葉。
「……やめて」
声がかすれる。
シオンが笑う。
「なんで?」
「本当の自分、見せてあげてるのに」
視界が歪む。
地面が遠い。
身体が重い。
立っている感覚が薄れていく。
(いやだ……)
分かっている。
これは敵の能力だ。
でも。
(止まらない……!)
感情が、引きずり出される。
押し込めていたものが、全部浮かび上がる。
そのとき。
カラン。
足元で音が鳴った。
ビー玉。
ひとつ。
靴のすぐ横。
(動かなきゃ)
分かっているのに。
足が、動かない。
「……ほら」
シオンが言う。
「次は踏むよ」
指が動く。
ビー玉が転がる。
逃げ場が消える。
完全に詰んでいる。
(やばい……)
思考が止まる。
その瞬間。
「……大丈夫だ」
低い声。
静かな声。
ハヤトだった。
前に出ている。
ひかりの前に。
その一言だけで。
ほんのわずかに、呼吸が戻る。
「……はやとくん……」
ハヤトは、視線を外さない。
そして、腰のケースを開いた。
黒い装置を取り出す。
銃の形をした武器。
「……それ」
ひかりが呟く。
「はやと、それは……?」
その瞬間、ハヤトの脳裏に記憶がよぎる。
夜の研究棟。
工具の音。
白衣の男――佐伯。
「お前の能力は、単体戦闘には向いてない」
静かな声。
「でもな」
机の上の装置を指で叩く。
「“当たる瞬間”が分かるなら話は別だ」
「撃つな」
「合わせろ」
ハヤトは短く問う。
「外したら?」
佐伯は即答した。
「外すな」
一拍。
「当たる一発に全部賭けろ」
現実に戻る。
「佐伯さんに頼んで作ってもらった」
ハヤトが言う。
「俺が戦うための武器だ」
シオンが笑う。
「へえ」
「やっと前に出る気になった?」
ハヤトは静かに答える。
「違うな」
一拍。
「最初から出るつもりはあった」
視線は一点。
「ただ、“外さない状況”を待ってただけだ」
構える。
「……リンクトリガー発動」
カチ。
世界が、絞られる。
余計な情報が消える。
見えるのは一点。
敵の動き。
ビー玉の配置。
爆発の間。
すべてが重なる。
(ここだ)
「――撃つ」
弾丸が走る。
シオンの目が見開かれる。
「――っ!?」
回避が遅れる。
弾が脇腹に食い込む。
確実に当たった。
シオンの身体が、わずかに傾く。
「……いいね」
シオンが笑う。
だが。
「でも」
一拍。
「次はないよ」
カラン。
ビー玉が一斉に転がる。
ドンッ!!
爆発。
ドンッ!!
連鎖。
「っ……!」
ハヤトが吹き飛ばされる。
体勢を崩す。
立て直す。
だが。
(撃てない……!)
集中が足りない。
敵が、その時間を与えない。
さらに爆発。
距離が詰まる。
ひかりは、まだ動けない。
シオンが踏み込む。
「終わり」
その瞬間。
ハヤトは前に出た。
受ける。
衝撃。
腕が軋む。
それでも崩れない。
――だが、耐えているだけじゃ勝てない。
この敵は、ひかりがいなければ倒せない。
だったら――
言うしかない。
「……雨宮」
低く。
はっきりと。
届くように。
「お前が何を見せられてるのか」
一拍。
「俺には分からない」
ひかりの指が、わずかに動く。
ハヤトは続ける。
「でも」
声を強める。
「こいつを倒すには、お前の力が必要だ」
風が吹く。
木々が揺れる。
「俺一人じゃ無理だ」
「だから――」
――一瞬、言葉が詰まる。
それでも。
「戻ってこい」
その一言だった。
ひかりの視界が揺れる。
暗い教室。
笑っている自分。
押し込めてきたもの。
全部、まだそこにある。
消えていない。
消せない。
(……まただ)
胸の奥が締めつけられる。
(また、こうなる)
怖い。
知られたくない。
崩れたくない。
だから。
隠す。
笑う。
誤魔化す。
(それで……)
一拍。
(何が変わった?)
静かに、問いが落ちる。
答えは、すぐに出た。
(……何も)
ずっと同じだ。
隠して。
耐えて。
でも。
こうやって、また壊される。
何度でも。
(じゃあ……)
呼吸が震える。
(どうすればいいの)
その問いに。
別の声が重なる。
「戻ってこい」
ハヤトの声。
現実の声。
(戻るって……)
ひかりの指が、わずかに動く。
(どこに)
一瞬の沈黙。
そして。
(……私がいる場所)
その言葉の奥に。
光景が、浮かぶ。
屋上。
風に揺れる髪。
少しだけ不機嫌そうに立っている未来。
何も言わないのに、そこにいるだけで安心できた。
訓練場。
真剣な顔で周囲を見ているハヤト。
自分のことじゃないのに、誰よりも先に危険に気づいてくれる。
教室。
何気ない会話。
笑った時間。
どうでもいいことで笑っていたはずなのに――
その全部が、胸に残っている。
(……私、一人じゃなかった)
指が、わずかに動く。
(隠してたのは)
一拍。
(自分だけじゃない)
顔を上げる。
(あの場所に戻りたい)
それは、逃げ場じゃない。
戦う場所だ。
そこにいるのは。
隠してる自分じゃない。
強がってる自分でもない。
全部含めた、自分。
(怖いままでもいい)
(弱いままでもいい)
息を吸う。
(それでも――)
顔を上げる。
敵を見る。
ハヤトを見る。
その一瞬だった。
「……ごめん」
小さく呟く。
そして。
足に力が入る。
ドンッ。
踏みしめる。
ビー玉の位置が、はっきり見える。
「……もう、大丈夫」
その目は、戻っていた。
いや――
さっきより強くなっていた。
ハヤトが息を吐く。
「……来るぞ」
「ああ」
ひかりが構える。
シオンが笑う。
「へえ」
「戻ってきたんだ」
空気が変わる。
ひかりが前に出た、その一瞬で。
ハヤトの視界から、余計なノイズが消える。
カチ。
「今だ!」
ひかりが踏み込む。
迷いはない。
一直線。
ビー玉を抜ける。
最短ルート。
「――ッ!!」
拳が振り抜かれる。
ドンッ!!
衝撃。
今度は確実に入る。
シオンの身体が大きく揺れた。
「……いいね」
笑う。
だが余裕はない。
「それが、お前らの形か」
ハヤトが言う。
「まだ途中だ」
ひかりが続ける。
「でも」
二人が同時に構える。
「ここからは崩れない」
風が吹く。
ビー玉が転がる。
だが。
もう違う。
二人は止まらない。
戦う。
同じタイミングで。
同じ意思で。
「――来いよ」
ひかりが言う。
シオンが笑う。
「いいね」
次回
第23話 1秒の到達
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の話は、「支える側が前に出る瞬間」と
「隠していた弱さと向き合う瞬間」を描きました。
ハヤトの“引き金”と、
ひかりの“戻る決意”が重なることで、
ようやく二人の形が見え始めたと思います。
ただ、まだ戦いは終わっていません。
次話では、この連携がどこまで通用するのか、
そして敵をどう崩すのかを描いていきます。
もし続きが気になると思っていただけたら、
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引き続きよろしくお願いします。




