SSー16.花の王様、どうかこの傷を癒して下さい
律さんはどこからどこまでが本音なのか、見抜く事が難しい。最近は前に比べて分かりやすくなったとはいえ、冗談と本音の区別がつきにくい。ただ、この人は。私を傷つけるような冗談は決して言わない。
露天風呂は女湯、男湯に分かれていてそれぞれ三つお風呂があるみたいだ。それは、三つの温泉源に分かれている。
ちゃぷん、という音をさせながら肩までしっかり浸かる。ふわぁー……気持ちいい。やはり、寒い日は温泉に限る。これでおでんが食べられたら最高だ。
少し濁ったお湯で顔を擦りながら、そう思う。
お肌がつるつるぴかぴかになったところで、露天風呂から上がった。ふと空を見上げれば白くて小さな雪が、ふわりと落ちてきていた。どうりで、冷えるはず。
浴衣に身を包み、仲居さんから借りた褞袍を羽織る。寒いだろうからと、貸してくれたものだ。褞袍、有り難いです。
露天風呂から外へ暖簾をくぐれば、律さんの姿はまだなかった。あれ、私の方が早かったかな? とりあえず、と。近くにあった自販機でコーヒー牛乳を購入し、その辺の椅子に座る。旅館の中は、ちらほら人はいるようだが比較的少なめだった。考えたら、今日は平日だものね。うん、コーヒー牛乳美味しい。
ぐびぐび飲んでいると、すっ、とその自販機に人が近付いてきていた。これはまた、美人なお姉さんだ。身長高くてスレンダー。まとめ髪が美しい。
私がぼけっとして見ていると、私の視線に気付いたのかお姉さんがこちらを見た。わ、目が合ってしまった。
「……」
お互い特に何も言う事はなく、お姉さんはフルーツ牛乳片手に歩いて行ってしまった。
「綺麗な人……」
あの人、どこかで。つい最近、見た気がする。何処だったか……もう少しで思い出せそうな気もしたが、声をかけられその思考は端へと寄せられる。
「藤花ちゃん」
「律さん」
「お待たせ」
「いえいえ。ちょうどコーヒー牛乳を飲んで待ってました」
「へぇ。美味しそうだね。フルーツ牛乳もあるのかな」
「あ、律さんはフルーツ牛乳派ですね?」
「コーヒー牛乳も嫌いじゃないけどね。あった」
がこん、と。音と共に出てきた紙パックのフルーツ牛乳を取り出す。
「部屋でのんびりするかい?」
「そうですね。本当はお散歩を考えましたが、雪ですし」
「明日、また止んでたら行こうか」
「はい」
そっと触れた手を握り返して、部屋へと戻る。部屋はガスストーブを効かせていたおかげで、とても暖かい。
「そういえば律さん、手の怪我良くなりました?」
「あぁ。もうすっかり元通りだよ。ちょっと捻ったくらいだったからね」
「ここの温泉、打ち身とかにも良いらしいですから。沢山入りましょうね」
「……」
しん、と。音が突然しなくなった。あれ。どうしたんだろう。
「りつさ」
「藤花」
何の前触れもなく。そして、唐突に。後ろから抱きしめられた。
「ど、どうしたのですか?」
「ん」
首筋に顔を埋められて、ちゅ、という音が鳴る。ひぇ。
「律さん……っ、どうされました!?」
「いや。なんでもないんだが」
「なんでもない……?」
どう見たって、なんでもなくはない。そろりと後ろに目をやれば、その高い身長をぐっと屈めて目線を同じ高さに。そして、やや伏し目がちに。
「風呂……一緒に、入る?」
その時の律さんのお顔はなんていうか、もう。犯罪級だったのだ、とだけ言っておこう。




