SSー8.鬼の灯火、偽りと誤魔化し
ブラウンのスカートにベージュのニットセーター。肩からショルダーバッグをかける。昨日は充分な睡眠をとったし、化粧ノリもバッチリ。お気に入りのリップを塗って、いざ。まるで戦いに赴く兵士の気分だ。いや、大袈裟なんかじゃない。これは戦いだ。律さんに、流されないための!
そわそわしながら、待っていると後ろから肩を叩かれた。どきりとして振り返れば、律さんが。スーツ姿でそこに立っていた。
「お待たせ」
「律さん! お久しぶりです」
「はい、久しぶり。どのくらいぶりだっけ?」
「一カ月ぶりですよ」
「おや。そんな経ってた?」
「はい。でも、律さん。メッセージくれるので」
例え、私から始めたメッセージだとしても。
「なんだか寂しくはなかったです」
「ふぅん? 贅沢言わないね。もっと我が儘でもいいんじゃない?」
「我が儘言ったら律さん、叶えてくれます?」
「時と場合によるね」
「やっぱり」
苦笑しながら、さすがに冷えてきたので店に移動する事にした。今日は律さんのオススメの創作和食のお店。偶々、個室が取れたと言っていたけど本当は予約してくれていたのだろうか。謎である。
「なに飲む?」
「日本酒……といいたい所ですが、あまり飲んだことがなくて。わからないんですよね」
「へぇ。そうなの」
「そうなんです。なので、とりあえず果実酒を」
「じゃあ俺はコレ、日本酒。後であげるよ。飲んでみれば?」
お料理もいくつか見繕って注文する。さつま揚げ……美味しそう。
「さて。さっきから、何か言いたそうだけど。なに?」
「へ!?」
「気付かないと思った? ちらちら俺の事見てる。目を合わせようとすると、逸らす、唇を少し噛む。気付くなという方が無理でしょ」
「う……」
「それとも」
「お待たせ致しました」
従業員さんがお酒とお通しを持ってきてくれる。従業員さんがいなくなると、頬杖をつきながら。
「お酒が進んだ方が、言いやすいかな」
すべてお見通しだった。
決して嫌な事を言うわけではない。ただ、一歩踏み込もうとするといつもするりと抜けて行くから。聞いて良いのか迷うのだ。果実酒を煽りながら、律さんの目を見つめる。
「律さん、もうすぐお誕生日ですよね」
「ん? あぁ、ひと月くらい先だけど」
「お誕生日来たら……おいくつになるんですか?」
「男の年齢なんて知りたいの? 変わってるね、
藤花ちゃん」
「そうでなくて! 律さんだから知りたいんですよ!」
「大胆。そうやって、男を籠絡しないの」
「ぬぬ……してませんよっ。お誕生日、これじゃあケーキにロウソクだって揃えられないじゃないですか」
「ロウソクは二本で充分。年齢分立てたら、ケーキの見た目が悪くなっちゃうでしょ」
「それは、そうですが……」
は、まずい。また流されそうなパターン。
「律さんは、私にお歳は言いたくないんですか?」
「そういうわけじゃないけど。言ってがっかりされたら嫌だなと思って」
「な……しませんよ! 律さんですよ!? そんな事ありません!」
「きっぱり言うね。じゃあ教えてあげる。でも」
すっ、とメニューを渡してきて。
「飲み比べで勝てたらね」
そんなに言いたくないのか。
「わかりました。受けて立ちます」
「男前だね」
「飲み比べ途中でうっかり口を滑らすかもしれませんし」
「はは、期待しないで」
そう言って、日本酒を口付けるのも様になる。何故こんなにも、知りたいと思ってしまうのか。答えは決まってる。好きだからだ。




