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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第3章 ブロンテスの追憶
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ブロンテスの追憶(2)

 英雄サトミ・フジサキは、幼少期をヤポニア南東部の沿岸地方ですごしていた。あの『ブロンテス』による被害を受けた地域だ。詳細をここに記すことは出来ないが、十年前には海岸線の形が変わるほどの大津波に見舞われた。今では山の斜面にみかん畑が広がる、のどかで穏やかな街となっている。

 当時のことを知る住民たちの口は重かった。こと、魔女であるサトミとその家族については、皆一様にして語ろうとはしてくれなかった。サトミが星を追う者(スターチェイサー)候補生であると知られた頃、報道関係者はこぞってその素性を探ろうとしたが、ことごとく真実に辿り着くことは出来なかった。それはサトミのことを知る人たちの、固い結束からもたらされている結果だった。


 今回、筆者は自らの素性を明かし、絶対にこの土地のこと、そしてインタビューに応えてくれた方々の名前を出さないことを条件にして、特別に話を聞かせていただける運びとなった。それ故に、細かい地名を明らかにすることは伏せさせていただきたい。この土地に住む人々は、ここを星を追う者(スターチェイサー)サトミ・フジサキが落ち着いて帰ることのできる故郷であり続けようと努力している。報道関係者や物見遊山の野次馬たちに荒らされることを、よしとはしていないのだ。ヤポニアの魔女にも、休息は必要だ。読者諸兄には申し訳ないが、筆者はその意志を尊重したいと思う。


「サトミちゃんはお父さんと弟さんの三人暮らしでした。お母さんはこちらに引っ越してくる前に、病気でお亡くなりになったと聞いています」


 サトミは三人家族で、生活ぶりはそれほど楽ではなかったが、取り立てて貧乏という訳でもなかった。

 この辺りは大きな都市の外縁部に位置している農村地帯だ。高台の上にある初等学校に、サトミは弟と二人で通っていた。


「お友達とも良く一緒に遊んでいました。家族想いの良い子でね。魔女だなんて、ちっとも知りませんでした」


 魔女であることは、家族以外には秘密であったということだ。近所の住民も、初等学校時代の友人たちもサトミが魔女であるとは気が付いていなかった。サトミは子供の頃、意識して魔女であることを悟られないようにしていたとのことだった。赤みを帯びた瞳を見られるのが嫌で、色つきの伊達眼鏡までかけていたくらいだった。

 サトミの母親が亡くなったのは、ある意味『排魔女』の影響である。かかっていた病院が、魔女に対する治療を遠回しに拒絶したためだ。少し前のヤポニアでは、魔女と関わることはそれだけで忌まれる行為であった。幼いサトミとその弟を連れ、サトミの父は今の土地へと転居してきた。その際に、サトミに魔女であることを隠すように教えたのだという。


「サトミは自分が魔女であることを、ずっと悩んでいる様子でした。母親から受け継いだ大切な力ですが、それが世間に認められないということが、あの子を苦しめていたと思います」


 魔女は血族だ。魔女の家系に生まれた女子は、魔女になる。ある日突然魔女が生まれるなんてことはない。家系図を辿れば、どこかで必ず魔女の血統とぶつかっているのが見つかる。サトミの父は、相手が魔女であることを判っていて結婚を決意した。それは当時のヤポニアにおいては、相当に勇気のいる行為だった。


「魔女に魅せられた、なんて言われもしましたね。実際綺麗な女性ひとでした。でも、それだけですよ」


 魔女だから愛したのではない。愛した人が魔女だった。魔女がその本質においては普通の人間と何ら変わらない存在であると、今の筆者であれば理解することは容易たやすい。しかし、サトミの父の周囲はそうではなかった。時代はまだ、そこまで進んではいなかったのだ。


「サトミちゃんはいつもぼんやりしてて、魔女だって言われても、何だかピンときませんでした」


 初等学校時代の友人は、サトミのことをそう評した。学校の成績は中の上。目立ち過ぎず、なんとかして周囲に溶け込もうと努力した形跡がうかがえる。参考までに、国際高空迎撃センター時代のサトミ候補生の筆記テストの成績は、常に単独トップだった。筆者のインタビューに対しても、「勉強は嫌いではない」と回答している。初等学校生活の大部分は、仮面を被ったものであったのだろう。


 それでも、一般的なヤポニア人の少女時代ではあったようだ。サトミについて質問すると、みんな口を揃えて第一声は「良い子でしたよ」と応える。地域の中で愛されて、その一員としてしっかりと認められている。サトミ・フジサキはこの土地によってはぐくまれた、一人のヤポニア人だった。


「津波の時は、本当に驚きました」


 話題を十年前の『ブロンテス』に移すと、サトミを知る住民たちは一様(いちよう)に遠い目をした。夏の日の明け方、この静かな街にも隕石の脅威は襲いかかってきた。落着の衝撃による地震と、そのおよそ二十分後に襲ってきた大津波だ。建物は倒壊し、道路は寸断され、電気も水も止まった。街は高台の上の初等学校を除いて水没し、海岸線の形が変わった。


「助かった人もいるし、助からなかった人もいる。私らは、サトミちゃんに感謝してもしきれないくらいだ」


 ヤポニア全体での死者行方不明者数は五千人以上。この地域でも、被害は決して小さくはなかった。

 そんな中で、サトミの住んでいたこの一角は奇跡的に死傷者の数が少ない。高台への避難がスムースにおこなわれた、ということが主な要因として挙げられている。当時の新聞記事でも、普段からの避難訓練の成果であるとして称賛されていた。


「避難訓練? そんなのしたことないよ。する理由がないだろうに」


 ヤポニア南東地方は、取り立てて地震や津波の群発地域ということはない。隕石の落着も、魔女たちの活躍によって随分と長い間起きていなかった。冷静になって考えてみれば、おかしい話なのだ。なぜこの街だけが、都合よく避難訓練によって被害を最小限に抑えることが出来たのか。


 答えは国際高空迎撃センターの資料室にあった。『ブロンテス』の災厄にまつわる大量の報告書の中に、筆者は以前この件にまつわる興味深い記述があることを発見していた。地上での証言によって裏が取れたので、次にワルプルギスに上がった際には本人から直接言質(げんち)を取る予定だ。


 英雄サトミ・フジサキは、英雄となる前にすでに小さな英雄であった。この事実はヤポニアの民に大きな驚きと、魔女に対する意識の変革をもたらすだろう。


降臨歴一〇二六年、一〇月五日

フミオ・サクラヅカ




 その朝も、暑い夏の一日の始まりを予感させた。

 サトミは夜が明ける前から早起きして、お弁当の準備をしていた。料理に関しては、父親に任せておくと面倒なことになる。家計を考慮して、一ヶ月分の献立をきちんと考えておく必要があった。

 自分の分に加えて、二つ下の弟と父親の分。まとめて作ってしまえば、その分安上がりだ。野菜は近所のおばちゃんに譲ってもらった。その代わり、秋にはみかんの収穫を手伝わなければならない。サトミの家には出せるものがないから、お返しは基本的に労働力の提供だった。


 今日も夏休みで学校は休みだが、近所に住んでいる同級生、ミサコの家にいくことになっていた。ミサコの祖母は足が悪いのだ。それでも毎日広い畑を巡って、虫を取ったりなんだりと色々とみかんの世話をする必要がある。ミサコには弟の相手をしてもらったりと、普段から迷惑をかけている間柄だ。返す恩は探すまでもなく幾らでもある状態だった。


「おはよう、サトミ」

「おはよう、お父さん」


 新聞を持った父親が、のっそりと台所に入ってきた。父親はヒナカタの市街の方で働いている。乗合自動車バスに揺られて、毎日大変そうだ。少しでも楽はさせてあげたいし、弟にも苦労はかけたくなかった。朝御飯を茶碗に盛ると、サトミは椅子に座って新聞を読み始めた父親の前に置いた。弟はどうせまだ当分起きてこない。夏休みに入ってから、すっかりダレきっている。


「ああ、サトミ、ラジオを点けてくれるか?」

「もう。そのぐらい自分でやってよ」


 ラジオは冷蔵庫の上、高いところに置いてあった。父親でも椅子に乗らないと届かない位置だ。そこまで手を伸ばして操作するのが億劫なので、サトミがいつもラジオの当番にさせられていた。

 右手の人差し指をかざして、軽く振る。加減の方もだいぶコツを掴んできた。ラジオのスイッチが入って、朝のニュースの声が流れ出した。音量と周波数のチューニングも少々。こんなところか。もう手慣れたものだが、近所の誰かに見られたりなんかしたら大変だ。


「ラジオくらいならバレやしないさ。前から調子が悪かったとか言っておけば良い」


 父親は能天気にそんなことをうそぶいた。それで魔女であることが知られて困るのはサトミだし、巡り巡って家族全員が影響を受けるだろうに。サトミはあきれて言葉もなかった。


 ヤポニアの世間は、魔女に対して冷たい。それはこんなヒナカタの外れであっても同じことだった。やれ、どこそこに嫁に来た奥さんが実は魔女だったとか。流れ者の魔女が橋の下に住みついて、夜な夜な野良猫の生き血を集めているだとか。住民たちの間では、根も葉もない噂がしょっちゅう飛び交っていた。

 サトミ自身、ミサコの祖母にことあるごとに「魔女には気を付けるんだよ」なんて注意される始末だった。だったらお宅のお嬢さん、もう手遅れですよ、とはなかなかに言いづらい。魔女は自ら望むことなく、魔女となってしまう。魔女に生まれたからには、魔女であることはやめられない。不便なことこの上なかった。


 サトミが魔女であることは、家族以外には誰にも明かしていない秘密だった。弟はサトミが魔女であることを、心の底から嫌がっている様子だ。姉弟きょうだい喧嘩の時にはいい攻撃材料だったが、普段の態度に透けて見えると少し傷付く。父親はサトミのことを受け入れてくれているが、魔女ではない。サトミには、魔女としての悩みを共有できる相手がいなかった。


 母親は、サトミが幼い頃に死んでしまっていた。大きな病院で、しっかりとした治療を受けていれば助かったかもしれない。母親は魔女だったから、良い医者にかかることが出来なかった。父親はたまにお酒を飲むと、その話ばかりをした。


『サトミのお母さんは、それでも最後まで毅然きぜんとしていたよ。魔女であることを誇りにしていた』


 どうしたら、そう思えるようになるのだろうか。学校でも、魔女に関しては怖い話ばかりだった。人間そっくりだけど、本性は人間じゃない。魔術を使って、悪さばかりをたくらむ。先生の中には、母星ははぼしを隕石から守ってくれている大切な存在であると言う人もいたが、ごく一部だった。

 魔術は、異質な行為だ。人間は平等に、科学の力で幸福を追求していかなければならない。社会の授業で、サトミは教師からそう教わった。

 飛行機械は魔女や魔術師の活躍領域であるためまだ未発達だが、すぐに完成度が上がっていく見込みとなっている。ロケットの技術も後ちょっと成熟すれば、宇宙にまで手が届くようになる。今は魔女たちの世界となっているワルプルギスや、二つの月フダラクとボダラク。いつかはそこにも、普通の人間たちが住んで暮らしていける世の中がやってくる。


 果たしてそれは、幸せなことなのだろうか。ヤポニアでこんなにいじめられた魔女たちが、ワルプルギスに逃げていって。そこを追い出されたとしたら、今度はどこにいけば良いのだろうか。

 人間は科学で隕石から身を守る手段を手に入れれば、きっと魔女なんていらないと言い出すに違いなかった。そうなると魔女たちは自らの存在意義を失って、見知らぬ星に向かって旅立ってしまうかもしれない。そこには、サトミも含まれている。サトミはヒナカタにも、ヤポニアにも。母星ははぼしにすらもいられなくなって、暗い宇宙に放り出されるのだ。

 ――そんな夢を視て、泣きながら目を覚ましたことがあった。


 それが嫌なら、サトミは魔女であることを隠しているしかなかった。この家に引っ越してきてからは、薄っすらと色のついた伊達眼鏡をかけて瞳の赤味を判らなくしていた。クラスメイトたちと一緒になって、ふざけて魔女の悪口を言い合った。大声で笑って、後で一人になった時に涙を流した。魔女であることが嫌だった。どうしても人間でありたかった。

 サトミはこの土地が好きだった。お父さんの給料が安いと文句を言って。毎日三人分のお弁当を作って。みかん農家のお手伝いをして。いつかは、誰かと恋をして結婚して。家族に囲まれて。みかん畑の手入れをしながら、静かに老いていく。そんな、このヒナカタに住んでいる、何でもない普通の女の子でいたかった。



「……あれ、なんかラジオの調子、本当に悪くないか?」


 父親の言葉に、サトミはふと周りの音に意識を集中させた。電波が乱れている。それだけじゃない。空気が振動して、誰かが大きな声でわめいている気がした。

 胸騒ぎがする。サトミは勝手口を開けて、外に飛びだした。良く晴れた青空。そこを真っ直ぐにつらぬいて――


 あかね色の閃光が、海の方角に向かって一直線に落下していた。


『ヤポニア政府より回答ありません!』

『『ブロンテスB』、落着します!』


 唐突に、頭の中に誰かの悲痛な叫びが響き渡った。なんだこれは。『ブロンテス』とは何だ。

 確か、そんな名前の隕石が接近していると最近のニュースで聞いたと記憶していた。それは魔女の仕事だと、皆ロクに話題にもしていなかった。極大期は、魔女たちのイベントだ。魔女と関わらないヤポニアにとっては、大したことではない。

 どうせ今年もまた、何事もなく終わるんだ。


 ――本当に?


「お父さん!」


 サトミが父親を呼ぶのとほぼ同時に、凄まじい轟音と共に地面が揺れ動いた。文字通り、大地が波打っている。立っていられなくなって転倒したサトミの視界の先で、巨大な火柱が噴き上がった。はるか遠くの海の中から、母星ははぼしを打ち据えた大いなる天災。絶え間なく続く低い地鳴りは、まるで母星ははぼしが痛みにもだえるうなり声のようだった。


『観測班より報告、『ブロンテスB』は母星ははぼしに落着。震度計に感あり。海面に隆起を確認。ヤポニア沿岸部に津波接近中』


 大空の彼方で魔女たちが交わしている念話を聴きながら。


 サトミは、絶望に目を見開いていた。


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