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第七話 喪失

 身体は柔らかい何かに包まれていて。

 思考するまでもない。俺は布団の中で横たわっていた。

 まぶたが弾む。指先が動く。足先の感覚が蘇る。自身のすえた汗臭さを認識する。

「クライト、気がついたのか?」

 傍らから聞こえるのは男の声。

 息遣いからするに、それ一つだけでは無いようで。

「ああ、なんとかな……」

 目を開ける。ぼやけた視界から、やがて室内の明るさ以外のものが認識できはじめた。

 まずは褐色の影。

 その奥に側頭部から後ろへと角を生やす――。

「っ!」

 ラフト。その姿を見た瞬間に、俺は思わず身体を跳ねて寝台の上から逃げようとしていた。

 それを抑えつけるのは、その傍らで俺の様子を見ていたローゲンで。

「慌てなさんな。おれはもう、お前に危害を加えるつもりなんて無い」

「そうだ、むしろオレたちゃお前を助けに来たんだぜ」

 長い金髪は後ろで首元で一つに纏められていて、その碧眼は鮮やかで色っぽい。

 ラフトの容姿は優れていて、先日の、

「あんた、怪我は?」

「はん、あまり見くびられても困る。確かにお前には負けたが、死なない限り治るさ」

「悪魔はみんなそうなのか?」

「ま、基本的には頑丈だな。言っておくが、ブロウのアレとは別物だからそこに期待されても困るぞ?」

「ああ、わかってる」

 ようやく落ち着いてきた。

 辺りを見渡せば、そこがどうやら俺が受付をした宿で、ここがその部屋なのだとわかったけれど。

 彼ら以外は、誰も居なくて。

 それを疑問に思えば、寝台に腰掛けるローゲンが言った。

「席を外してもらった。明日の船の乗船券も買わなきゃだしな」

「明日……そうか、良かった」

 時間はまだ、そう経過していないようだ。

 深呼吸をしてから、寝台の上であぐらをかく。腰に手をやるラフトは、そのまま話の軌道をもとに戻す。

「一応ドラから話は聞いているが……ノーシスノウスはブロウが手を下したわけだな?」

 ドラ?

「ああ。俺たちが到着した時には、もうあのザマだった。残ってたのはルゥズって女だったけどな」

「それで、ついさっきまでブロウと交戦してたわけだ……そうだな? ヒィ」

 ヒィ?

 ちょっと馴れ馴れしくないかい?

「あんたらと、あのオリジってやつが来なけりゃやられてたけどな」

「だからよ、本気出せって言ってんだろクライトぉ」

「あんたは俺を買いかぶり過ぎなんだよ。マジに強い奴が真正面から来たら、俺なんか屁でもねえよ」

「そんな事を言ったら、真正面から挑んだおれの立つ瀬がないな。しかし正直、お前の実力はお前がそう卑下するものでもないぞ? 今回、本当に追い詰められていたのだとしたら、お前が本気じゃなかったって可能性のほうが高い」

「あんたらは……」

 俺がそんな強かったらいちいち悪魔なんかにビビらないし、どんな状況でだって強気に叩き返せる。

 彼らに認められるほどの力が本当にあったなら、こんなことにもならなかった。

 だから呆れるように嘆息すれば、ラフトは上肢を倒して俺の肩を叩いてみせる。

「自信を持てよ。少なくとも、おれたちを負かしたのは事実だろう?」

「そうだ、さらに言えばそん時は四大精霊すら使って無いんだ。本来ならパーティ組んで後方支援しか脳のない精霊術師が、だぞ?」

 二人がそれぞれ俺の肩を、背を叩いて励ましてくれる。

 されど、それは実績を伴った事実の確認じみたことだ。認めろ、というような気迫さえ感じる。

 俺が彼らに一度は勝ったことは事実なのだから、ここで俺が頑なに否定すれば、彼らの敗北は酷く無意味で惨めになってしまうから。

「ああ、まあそれは分かった。だがともかくとして、だ」

「そう、本題だ」

「あんたらが来たのは、ノーシスノウスの件だけだろ? もう帰っていいよ、ここまで運んできてくれたのは感謝するが――」

「いいや、違うな」

 言葉を遮るのは、意外にもラフトで。

 続けるのは、ローゲンだった。

悪魔ラフトの話じゃ、今回相手にしている連中はかなりヤバイみたいだ。昨日の、あの『疾い奴』居るだろ、あいつは……ああっと」

「おれが説明する」

 額に指を当てて考えこむローゲンを見て、苦笑交じりにラフトが言った。

「オリジと呼ばれた悪魔は、おれたちの始祖たる存在だ。悪魔の起源は諸説あるし、今となっては最初期の魔女なんて名前も知らない。だが初めに居たのは”あいつ”だった。少なくとも二千年前からあいつの存在は確認されているらしい」

 ラフトが続ける。

 オリジの能力は誰にもわからない。だが少なくとも、オリジに挑んで勝利した者はおらず、またその実力を見たものも居ない。されど、少なからずとも挑戦者の敗北は一定で――スタミナ切れだったらしい。

 しかしそれが関連した能力とは言い難い。彼は持ち前の移動速度が既に常軌を逸している上に、能力を使用している気配すらない。

「悪魔は相互で契約している場合が殆どだ。例えばブロウは、そのオリジと契約しているし、オリジもブロウと契約している。ブロウは仲間内で、どうしてか唯一オリジを信頼し、唯一あいつの言うことだけなら聞くんだ」

「……ちなみに、あんたは?」

「オレだよ」

 問えば、答えるのは傍らのローゲン。言いながら、彼は服をまくって腹を見せた。

 浮き出る腹筋。というか筋肉しか無い身体。ちょうど鳩尾の辺りに、指先ほどの黒点から放射状に線が刻まれている。まるで白い紙に、上からインクを垂らしたような印だった。

「……なんつーか、嫌な偶然だよな」

 ラフトはライアの言うままに戦いを挑まされて俺に負けて。

 彼に契約させられているのは俺の旧友であるローゲン。契約者が違えど、俺たちの関係は似たり寄ったりだった。

「話を戻す。ヒィ、お前はルゥズが来ていたと言ったな」

「ああ。知ってんのか?」

「知らなかったらそもそもライアの言葉にすら乗らなかった。ま、これも嫌な偶然ってやつか」

「でもお陰で俺たちは逢えた」

 とでも言っておこうか。

 こいつそんなの好きそうだし。

 そうして俺の言葉を受けて、ラフトは少し驚いたように俺を見てから、口角を上げてにやりと笑った。

「そうだな」

 嬉しそうだった。

 ちょっと打算的に言ってみた俺が恥ずかしくなる。

 だけれど、あながち上っ面の言葉じゃない。これから協力してくれるというなら、彼らほど頼りになるのは居ない。

 なによりも、ラフトの砲筒だ。

 威力が抜群にして射程が長く、速度が異様なまでに疾い。さらに一秒の内に二十以上の弾丸をぶち込むという兵器は、全てが圧倒的だった。

 そこにローゲンの、そもそもの白兵としての脅威をぶち込めば攻守ともに完璧にして最強の布陣が出来上がる。

「それで……ルゥズが居るってことは、『フリィ』も確実に一枚噛んでるだろう」

「フリィ? なんだよ、恋人的なのか?」

「女だよ。凍えるくらいの美人で、そこにライアを入れた三人は仲が良かった。ライアはともかくとして、他の二人は誰が見ても分かるくらいにな」

「姉妹か?」

「わからない。そもそも悪魔おれたちにそんなものがあり得るのかすら、な。もっとも、仮にそうだとして、だからどうということもないんだけどな……少なくともおれたちは、仲が良くとも関係を公言することは無かった」

 少し困ったように肩をすくめてから、

「オリジに続いて、フリィの方は能力が厄介だ。彼女に限って好戦的という事はないだろうが」

「なんだよ。ヤバイったらブロウよりか?」

 傷すらも”燃焼”してしまう手合いよりも、となると。

 いよいよ手に負えなくなる。

 国をあげての総出で対応して欲しいくらいだ。世界各国の特務機関が手を合わせれば、決して難しい相手ではないのだから。

 そりゃ最初のうちは、初見だから死人は出るだろうけれど。

「ああ、耳をかっぽじってよく聞いておけ。悪魔との戦いはいかに敵の能力を把握しているかにかかっていると言っても過言ではない」

 言われて、ルゥズの時を回想する。

 確かに、あの時は彼女の能力なんてものを知らなかったからむざむざ引っかかって泥沼にハマった。

 ブロウも脅威を覚えた。

 スミスに至っては今まで切り捨てていたし、脅威にすらならなかったけれど――思い出せば、虚空から突如刀剣を出現させていた。どうでもいいし、とるに足らなかったけれど。

 イルゥジェンは……あの時どうにも出来なかった時点で、もう手を出す方法すら無いだろう。

「正確かわからないが、”冷却”だろう。少なくとも俺が感じたのは、気温が急激に下がる感覚だった。地を這う蟻んコですら”動きを止めて”いた」

「冷却、か」

 ならば、サラマンダーが居ない今は少し不利かもしれない。

 だけれど、気になるのは能力よりも、

「なあラフト。『彼女に限って好戦的じゃない』って? 穏便なやつなのか?」

「ああ。正直彼女が参加しているかすらわからないが、ルゥズが居るなら確定しているといってもいいはずだ。彼女はそれでも中立だと思う。それくらいには穏便で、穏やかで、すごくいいやつなんだ。悪魔だからこんな事を言うのは可笑しい話かもしれないが、それこそ女神のような女だった」

「惚れていたのか?」

 随分な饒舌に、勘ぐらずには居られなかったけれど。

 その指摘に、ラフトは顔色一つ変えずに、静かに首を振った。

「女性としても魅力的だったが、そんなのじゃない。高嶺の花すぎるし、そもそも彼女はどちらかと言えば保護者のようなものだった」

「そうか……なんだか、悪魔連中ってのも印象が変わってくるな」

 イメージではもっと殺伐としているようなものだったけれど、聞く限りでは人間とそう変わりは無さそうだった。

 そして、俺の言葉にラフトが頷く。そのとおりだ、とでも言いたそうな顔だったけれど、だけれど口には出さない。

「同情はするなよ。少なくともお前の命を狙っている以上は敵だし、俺も同胞だが今回のやり方ばかりは気に食わない。おれもライアの能力は知らないが――言うことを聞かないだけで殺すなんてふざけている。そんな事をするような奴に目星がないのが、口惜しいさ」

「いや、あんたのお陰で覚悟が出来た」

 随分と強い連中ばかりなのだと。

 本当に、俺一人では太刀打ち出来ない連中ばかりなのだと。

「あんただって、協力すれば故郷に戻れないかもしれないのにな」

「何を言っているんだ?」

 不思議そうな顔で、だけれど口元は小刻みに痙攣している辺り、それは”フリ”で。

「おれの故郷は、もう人間界ここさ」

 ようやく言ってから、満足気に、にんまりと笑った。

「良い相棒だな」

 茶化すようにローゲンの脇腹を小突く。彼は苦笑しながら、俺の背中に腕を伸ばして肩を抱き、その身に引き寄せた。

 男の臭いが鼻孔いっぱいに充満する。男臭さは、だけれど今は懐かしく居心地が良くて。

 やはり、こんな風に色恋沙汰なんて無縁の、やり易く信頼しやすい関係のほうが、俺には性に合っていた。

「それで、大陸は離れられないが、船が出るまではここで待機だ。もっとも――転移球で呼ばれちゃ、オレたちゃどうしようもないんだが?」

「ああ、ありがとう。本当にどうしようもなくなったら、うっかり祈っちまうかもな」

「ははっ、それがいいよ。祈ったら、神や仏なんかよりよっぽど即物的なご利益がある」

「俺は縁が無いけど、現金な奴だから。その方がずっといい」

 それじゃ、よろしく。

 そんな風に俺たちは握手を交わして――。

 久しぶりに感じ良い、心の落ち着く、癒されるこの空気を堪能した。

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